連載
#12 未来空想新聞
光学迷彩を実現、稲見教授 「攻殻機動隊」が教養本だった研究室
SF漫画「攻殻機動隊」に出てくる技術「光学迷彩」を実現させてしまった慶応大の稲見昌彦教授が語るロボット社会とは?
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#12 未来空想新聞
SF漫画「攻殻機動隊」に出てくる技術「光学迷彩」を実現させてしまった慶応大の稲見昌彦教授が語るロボット社会とは?
自分の後ろ側の景色が投影されるマントをつけると、姿が消えてしまうように見える「光学迷彩」。慶応大学大学院の稲見昌彦教授が開発したこの技術は、士郎正宗さんが1989年に発表したSF漫画「攻殻機動隊」に出てきます。スターウォーズやスタートレックなどのSF作品が、研究者にインスピレーションを与えることは少なくありません。稲見教授は「ポップカルチャーとテクノロジーの距離は、どんどん近づいている」と話します。
誕生から25年を迎える「攻殻機動隊」は今もテレビで続編が放送され、6月には映画「攻殻機動隊 新劇場版」が公開予定です。人工知能や「義体」と呼ばれるサイボーグ技術など、作中で描かれたテクノロジーは次々と実用化されています。
稲見教授が研究室に入った時、渡されたのが「攻殻機動隊」の漫画でした。「『攻殻』を読み、その世界観を体に染みこませていなければ、研究室の会話についていけなかった。『攻殻』は、まさに教養書でした」と振り返ります。
稲見教授は「SF作品は、頭の中の考えを研究室内外の相手に分かりやすく伝えるためのツールにもなります」と言います。 例えば「ガンダムでいうと○○みたいな感じ」という言い方をすれば、詳しい背景の説明をせずにメッセージを伝えられます。そして、日本生まれのフィクションはいま、研究者にインスピレーションを与えたり、一般の人に研究成果を説明したりするツールとしてどんどん浸透しています。
以前はスターウォーズやスタートレックなどハリウッド映画が目立ちましたが、最近では、アジアなら「ドラえもん」、アメリカやフランスでは「攻殻機動隊」のテクノロジーが共通言語として通用するそうです。
稲見教授が開発した「光学迷彩」は、原作者の士郎正宗さんのテクノロジーに対する深い理解に裏打ちされた、絶妙なネーミングでした。
「もし、これが『透明マント』という名前だったら、開発しようとは思わなかったかもしれない」と稲見教授は振り返ります。「カメレオンのように自分の色を変えるという着想が補助線になった」と言います。
フィクション、特にポップカルチャーに研究者が参加することも少なくありません。ディズニー映画「ベイマックス」のエンドロールには産業技術総合研究所(産総研)のクレジットがあります。映画「マイノリティ・リポート」には米マサチューセッツ工科大(MIT)が協力しています。
稲見教授の研究室にも、最新の知見を求めてクリエーターがたびたび訪ねてくるそうです。「元々、電気街だった秋葉原がポップカルチャーの発信地になっている。今、思うとこの流れは必然だったと思えます」
ロボットの進化がもたらす影響について、稲見教授は「自動化と自在化という視点が必要」と指摘します。自動化は、介護や工事現場での作業など、人間が嫌がることをロボットにやってもらうこと。もう一つの自在化は、人間本人が体験したいことをロボットの力を借りてすることです。
例えば、人とのコミュニケーションや観光地での体験などは、本人が関わるからこそ意味があります。そして、稲見教授が注目するのが、この自在化の技術です。
現在の技術でも仮想現実を味わえるヘッドマウント・ディスプレー「オキュラスリフト」を使えば、視界がまるごと映像になります。さらに進化すれば、離れたところからロボットを操り、実在の人間と同じ経験ができる技術も夢ではありません。
稲見教授は、肉体と魂が分離し、場合によっては、複数の場所に同時に出現する「魂の分散」も可能になると見ています。「肉体と魂の問題は、古代から哲学が緻密(ちみつ)な論理で追求してきました。それをテクノロジーが一足飛びに実現させつつある。21世紀に入り、新しい身体感覚が生まれつつある」
稲見教授がいま、取り組んでいるのが「超人スポーツ」という分野です。テクノロジーを駆使して体力や体格などの条件をなるべくなくした上で、スポーツを楽しむというもの。子どもと大人が対等に競い合ったり、試合を見るだけだった人も体験できたりする新しいスポーツの世界です。
「2020年の東京五輪に合わせて、超人スポーツを実現させたい。柔道がオリンピック種目になったように、超人スポーツの発祥が日本と言われたらうれしいですね」