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話題の「空飛ぶサラリーマン写真」、記号化された存在を解き放つ一枚
サラリーマンが空に向かってジャンプした瞬間を切り取った「ソラリーマン」なる画像が話題です。撮影のきっかけは、「典型的なサラリーマン」だった父親の死でした。
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サラリーマンが空に向かってジャンプした瞬間を切り取った「ソラリーマン」なる画像が話題です。撮影のきっかけは、「典型的なサラリーマン」だった父親の死でした。
サラリーマンが空に向かってジャンプした瞬間を切り取った「ソラリーマン」なる画像が、ツイッター上で話題です。撮ったのは写真家の青山裕企さん(36)。筑波大で心理学を専攻した青山さんがソラリーマンを撮り始めたきっかけは、「典型的なサラリーマン」だった父親の死でした。
ソラリーマンシリーズの最新刊「むすめと!ソラリーマン」が発売されたのは3月13日。発売1週間ほどでツイッター上で話題になり、2万件近くのリツイートを集めるつぶやきも出ました。
むすめと!ソラリーマンとかいうめっちゃ面白い本見つけた…こんなの。父親と娘がこんな感じでずっと写ってる pic.twitter.com/Y8GGBPnpkO
— びごむら (@tikuzeni) 2015, 3月 23
面白い小説紹介してくださいってつもりで、なにかオススメの本ありませんか?ってゆき君に聞いたらソラリーマンっていうスーツを着た男性が飛んでる写真集?を紹介された。こいつのセンスやべぇなって思ったけど調べてたらちょっと欲しくなってきた。 pic.twitter.com/TPgKby38fO
— まなみさん (@mnm00518) 2015, 3月 21
正面を見据えた少女の横で、父親が思い思いのポーズでジャンプ。そんな親子41組が収まった写真集です。恋人と見間違うような若いお父さんもいれば、こんな美女の父親が……といった写真まで。見る側の想像力をかき立てる組み合わせが評判になっています。
これまで10年近くかけて1000人以上のソラリーマンを撮ってきた青山さん。写真に目覚めたきっかけは、大学入学直後に挑戦した全国縦断自転車の旅でした。心理学を学ぼうと入ったものの、「自分には何もないし、やりたいこともわからない。悩みを解決する学問なんてない」と思い休学。半年かけて北海道から沖縄に向けて自転車の旅に出ました。
道中、自分が感動した景色を撮影してみましたが、現像した写真はまるで別物でした。「一眼レフカメラなら見たままが写るよ」。旅先で出会った人に言われ、すぐにニコンFM10を購入。旅を終えてからも写真に没頭しました。人見知りな性格なので自分を撮影することからスタート。そんなとき、自分がジャンプした写真を見て「跳ぶだけでこんな面白い一瞬が撮れるのか。これならいいものができる」とひらめきました。
その後、大学に通いながら写真の専門学校で学び、2005年に大学を卒業。同時にフリーカメラマンになりました。「サラリーマンを下に見ることで『自分は自由だ』と思いたかったのかもしれません。本当は就活せずに逃げただけなんですが」
その年の暮れに最初の個展「空跳博―JUMP EXPO 2005」を開催。その直後に父親が肝臓の病気で急死しました。車のセールスマンとして30数年勤めた優しく大好きな父でしたが、家では寝てばかりのぐうたらな印象しかありませんでした。
そんな父の葬儀に社長から新人まで多くの人が来て、サラリーマンとしていかに格好良かったかを口々に語ってくれました。「とても驚きました。家族を守るため、家では一見カッコわるく見えてもスーツに着替えて外に出た瞬間にカッコいいサラリーマンに変身する。ソラリーマンは、そんな父親の姿を想像しながら撮っているんです」
「ジャンプ写真で食っていく」と覚悟を決めた青山さん。自信はなかったけれど、続けていけるという確信だけはありました。そして2009年に初の作品集「ソラリーマン 働くって何なんだ?!」を出版。ジャンプすることでスーツを着たサラリーマンという「記号」から解放され、個性的な瞬間があらわれる。それでも跳んでいるのは一瞬で、着地すると日常に戻る――。写真に込められたメッセージは、多くのサラリーマンの共感を呼びました。
2012年には第2弾「跳ばずにいられないっ! ソラリーマン ジャパン・ツアー」を出版。震災直後からなんとなく撮らなくなっていたソラリーマンですが、ツイッターで自分の撮った写真が回ってきて「この写真を見ると元気が出る」と書かれたコメントが目に止まりました。
「自分の知らないところで自分の写真が跳んでる(広がっている)。俺も動かなきゃ」と再開を決意。全国各地のサラリーマンを撮影しようと、クラウドファンディングで資金を集め、出張を繰り返して撮影しました。
そして、現在話題になっている「むすめと!ソラリーマン」につながります。撮り始めて10年近く経ち、自分が「おやじ」と呼ばれる年になり、息子目線で撮っていたのが、実は同い年だったり、年下だったりという状況に。そこで、自分に子どもがいたらどうだろうと想像してみました。娘がいて、思春期になって距離が開いていって、結婚して娘を盗られた気持ちになって……。そんな「妄想」から始まったのが今作です。
一様にこちらを見つめる娘がいることで、必至に跳ぶ父の個性が際立ちます。「これまで被写体と自分の関係だったのが、父と娘という関係が加わることで大きな刺激になりました。どのお父さんも娘の前で頑張っていて、底抜けに明るい。日本を元気にするエネルギーを感じてもらえると思います」
青山さんにはソラリーマンに加えて、もう一つのライフワークがあります。女子高校生をモチーフにした「スクールガール・コンプレックス」シリーズです。制服姿の少女を撮影していますが、どのモデルも顔は出ていません。思春期時代の自分がほとんど女性と目を合わせなかったことが理由だといいますが、そこにはソラリーマンとは逆のメッセージが込められています。
「ソラリーマンが、ジャンプという行為で記号の中から個性があらわれるのに対し、スクールガール・コンプレックスは顔を隠すことで個性が排除され、女子高校生として記号化されていくという『対の関係』になっているのです。後から気づいたことなのですが、自分の興味を掘り下げていくと本質的な部分がつながっていくんだなと驚きました」
そんな青山さんの次の目標は2020年の東京五輪です。「ソラリーマンオリンピック」と題して2020人を撮影しようと計画しています。
「サラリーマンは歯車だと言われますが、大きなものを動かす大きな歯車だってあるじゃないですか。他人とかみ合って物事を動かすって、サラリーマンに限らずどこの世界でも同じです。私の夢は、子どもたちがなりたい職業の第1位をサラリーマンにすることです。そのための写真をこれからも撮り続けたいと思います」