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ホテルオークラ、アートの塊 ハウエルも惜しむ、モダンと伝統の芸術
「ホテルオークラ東京」の本館が、建て替えのため8月末で閉館します。日本の伝統美がつめこまれたホテルとして知られ、建て替えの再考を求める声も出ています。
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「ホテルオークラ東京」の本館が、建て替えのため8月末で閉館します。日本の伝統美がつめこまれたホテルとして知られ、建て替えの再考を求める声も出ています。
日本モダニズム建築の代表格「ホテルオークラ東京」の本館が、建て替えのため8月末で閉館します。日本の伝統美がつめこまれ、「1万8千坪の芸術」のキャッチフレーズで1962年に開業しました。外国人客からも愛され、30年来定宿にしてきたマーガレット・ハウエルさんは建て替えを考え直してほしいと訴えているほどです。最近は、アートや建築に関心のある若者らがカメラ片手に次々と訪れるようになっています。
ホテルオークラ東京は、帝国ホテル社長などを務め、大倉財閥当主だった大倉喜七郎氏が私財をなげうち、美を究めた建築物です。設計委員会は谷口吉郎氏ら5人が結集。当時第一線で活躍していた日本画家や華道家などによる意匠委員会も設けられました。
特徴的なのはロビー。公共の場と考え、誰にでも開かれたスペースです。あえて喫茶室にはなっておらず、梅の花の形に並べられたイスとテーブルでは、ビジネスマンが打ち合わせをする光景も見られます。
やわらかい落ち着いたムードで、居心地がよいと評判のロビーですが、静けさと間接照明のランタンがもたらす効果かもしれません。
ロビーに喫茶など商業スペースを設けなかったのは、食器の音やスタッフが動き回る音が出てしまうからです。フロントやエレベーターも奥まったところにあり、ざわつきが遮られるようになっています。
ランタンは「オークラ・ランターン」と呼ばれ、古墳時代のネックレスなどに使われた切子玉がモチーフです。内側に和紙がはられ、光を和らげています。窓からは麻の葉文様の木組スクリーンと障子越しに陽光が差し込みます。
オバマ大統領はじめ歴代の米大統領やシラク仏大統領ら外国の要人らが宿泊しています。開業当初は9割近くが外国人客でした。ハリウッド・スターのユル・ブリンナー、ジョージ・チャキリス、チャールトン・ヘストンらが宿泊した記録が残っています。
また、高円宮憲仁さま・久子さまの披露宴や中村勘九郎さん(当時)の結婚式、江川卓投手の巨人入団会見なども行われました。さまざまな歴史を刻んできたのがわかります。
麻生太郎氏が首相時代、連日の高級バー通いで話題になった一軒「オーキッドバー」もあります。
外装を担当したのは小坂秀雄氏。なまこ壁は、特注の平瓦をコンクリートの壁に張りつめ、目地には白いタイルをつけています。
三角形の鱗紋のタイルは、雨ざらしになったら変色するのも計算して、特注されました。
建物は東翼・南翼・北翼の3翼からなる三ツ矢式建築で、どの部屋からも窓の外の景色が眺められるようになっています。日本で初めて導入されました。
建築美としては、派手な桃山式ではなく、平安時代中後期の洗練された優美さを基調にしています。
ホテル内を歩くと、壁や仕切りなど、さまざまな文様が目に入ります。当初20種類が使われましたが、改修などを重ね、今では把握できないそうです。代表的なのは菱とイチョウです。菱は大倉家の家紋(五階菱)、イチョウはホテル用地にもともとイチョウの木が多かったことにちなみます。
公共スペースであるロビーなどには和にこだわりましたが、宿泊する客室は機能性を追求した西洋式です。お客様が心底くつろげる空間にするためです。最も工夫されたのはバスルームで、出入り口の敷居も段差もなくし、傾斜をつけることで湯水が流れ出ることを防ぐ設計になっています。また、日本で初めてバスルームに電話が取り付けられたそうです。
1973年に建てられた別館は営業を続けます。この別館にもオークラ・ランタンをはじめ、本館と同じ意匠がちりばめられています。
ジョン・レノンが通ったバー「ハイランダー」も別館にあり、いつも座っていた席は「ジョン・レノンシート」として残っています。ジョン・レノンはお酒は飲まず、アフタヌーンティーを楽しんでいたそうです。
本館の建て替えを巡っては、反対する声もあります。ボッテガ・ヴェネタのクリエイティブディレクター、トーマス・マイヤー氏もInstagramでオークラにちなんだ写真の投稿を呼びかけるプロジェクト「#MyMomentAtOkura」を始めました。「匠の技と魔法が詰まったこの建物への関心を広めたい」という呼びかけに、歌手の野宮真貴さんやモデルのKIKIさんやが写真をあげています。
歌手の矢野顕子さんは「本当に惜しい」とツイートしています。
本当に惜しい。@GINZA_magazine: 建て替えに伴い8月に本館が閉館予定の「ホテルオークラ東京」 まだ行ってない方は、ぜひ足を運んで。ボッテガ・ヴェネタのクリエイティブ・ディレクター、トーマス・マイヤーもそう言ってます。 pic.twitter.com/5NxnrasrBN
— 矢野顕子 Akiko Yano (@Yano_Akiko) 2015, 2月 15
本館は8月末で営業を終え、2019年春に再開業します。11階建ての本館を取り壊し、38階建てと13階建ての2棟を建てます。
開業時は港区の高さ制限があり、低層になったそうです。今回は都の緑化規制で敷地内に緑を増やす必要があるため、同じものには建て替えられないそうです。新たな本館にも意匠やコンセプトは引き継がれるため、同ホテル広報課では「伝統を引き継いだ新たなオークラを楽しみにしていて下さい」としています。従業員たちは再開業までの間、海外の系列ホテルを含め、各地で研鑽を積む予定です。
建て替えへの賛否はありますが、語り継がれる建築であることは間違いありません。ホテルオークラ東京は「公共性」を大切にしているため、用がなくてもふらりと訪れることができます。こだわりを味わいに一度、探訪してみてはいかがでしょう。