お金と仕事
東京モノレール50周年 消えた「羽田駅」・実は小さい「天空橋」
50周年をむかえた東京モノレール。実は地下鉄より費用が安かったからモノレールになったとか、初代「羽田駅」がもう跡形もないとか。いろいろあった半世紀の歴史を振り返ります。
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50周年をむかえた東京モノレール。実は地下鉄より費用が安かったからモノレールになったとか、初代「羽田駅」がもう跡形もないとか。いろいろあった半世紀の歴史を振り返ります。
50周年をむかえた東京モノレール。実は地下鉄より費用が安かったからモノレールになったとか、初代「羽田駅」がもう跡形もないとか。いろいろあった半世紀の歴史を振り返ります。
東京モノレールができたのは、東京オリンピックの23日前でした。都心と羽田空港のアクセス改善のため「超特急」で工事が進められ、ぎりぎり間に合いました。
そもそもなぜモノレールになったのでしょうか。それは建設費が安かったからだと言われています。さらに工期が早かったという理由もあったそうです。
モノレール開業前には俳優のアラン・ドロンが試乗したそうです。昭和島駅にはアラン・ドロンが植樹したキョウチクトウが今もあるそうです。
映画「海猿」でおなじみの海上保安部「特殊救難隊」の基地は、整備場駅にあります。「トッキュー」と呼ばれる精鋭たちが、いつも待機しているそうです。
空港らしい橋の名前「天空橋」ですが、実は小さいです。幅約3メートル、長さ約74メートルの歩行者専用の橋で、地元の小学校で駅名を募集した結果、「天空橋」になったそうです。
空港ターミナルが沖合に移転したことで、開業時からあった初代「羽田駅」はいま、B滑走路の地下に埋まっているそうです。地上には「跡形もない」という初代「羽田駅」ですが、「天空橋駅」が「羽田駅」と名乗っていた時期もあったそうです。