話題
錦織圭、英才教育を支えた「盛田ファンド」とは 憧れの選手は・・・
錦織圭選手の世界での活躍の裏には、あるファンドがありました。それはソニー副社長だった盛田正明氏がつくった「盛田ファンド」。ファンドの資金によって錦織圭選手はアメリカにテニス留学をし才能を開花させたのです。
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錦織圭選手の世界での活躍の裏には、あるファンドがありました。それはソニー副社長だった盛田正明氏がつくった「盛田ファンド」。ファンドの資金によって錦織圭選手はアメリカにテニス留学をし才能を開花させたのです。
錦織圭選手の世界での活躍の裏には、あるファンドがありました。それはソニー副社長だった盛田正明氏がつくった「盛田ファンド」。ファンドの資金によって錦織圭選手はアメリカにテニス留学をし才能を開花させたのです。
全米オープンテニスで活躍する錦織圭選手、テニスを始めたのは5歳だったといいます。きっかけは、父親の清志さんがハワイのお土産であった子供用ラケット。上の姉と家族4人でテニスを始めたものの、7歳のころには母親がかなわくなったそうです。小学校1年生から週3、4日はテニススクールに通い、土日は遠征試合の日々だったそう。11歳で全国大会で優勝したことを機に、松岡修造さんに見いだされ、修学旅行と松岡修造さんの合宿が重なった時は迷わず合宿に参加しました。
錦織選手が留学したIMGアカデミーは、他にもアンドレ・アガシやウィリアムズ姉妹ら4大大会の覇者たちを生んだ名門。日本では中学・高校・大学と進学先でコーチが変わり一貫指導が難しいことから、「これでは手遅れになる」とソニー・アメリカの会長などを務めた盛田正明さんが私財を投じたファンドの支援を受け、実現しました。
盛田ファンドをつくった盛田正明さんとはどのような人なのでしょうか。盛田さんは、ソニー元会長の故盛田昭夫氏の末弟です。東工大を卒業した後、ソニーの前身にあたる東京通信工業に入り、ソニーの副社長、ソニー生命保険会長などを歴任しました。ソニーのアメリカ現地法人の会長だった時、テニスの日本と世界のレベルの差を感じ、それがファンドの創設につながったそうです。
そんな錦織選手の憧れの選手は、ロジャー・フェデラー。米国にテニス留学して3年目、ジュニアの部に初出場した05年のウィンブルドン選手権で見たといいます。
そんな憧れのフェデラーとも2013年5月のマドリード・オープンで対戦、6―4、1―6、6―2で見事破りました。さらなる高みへ、錦織の挑戦は続きます。