ネットの話題
「パンダ公園、なぜこんなに」住宅街にたくさんある理由、聞いてみた
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東京近郊にお住まいの方で、「パンダ公園」を訪れたことがある方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。最近地方から東京に引っ越してきた私は、都内の住宅地で「パンダ公園」に遭遇する体験をして、「なぜ住宅街にパンダ公園?」と疑問を抱いてきました。周辺にパンダと関係のありそうな施設は見当たりません。一体、どんな経緯で住宅街にパンダ公園ができたのでしょうか?
私は最近、東京に引っ越してきました。見送ってもすぐ次が来る地下鉄や、JRも私鉄もバスも地下鉄も1枚のICカードで乗れる便利さに感心する日々ですが、そんな私がとりわけ珍しいなと感じたのが、住宅街で連続して出くわした「パンダ公園」でした。
初めてパンダ公園に出会ったのは、町田市の住宅街を歩いていたときでした。取材先に向かう途中、「玉川学園6丁目パンダ児童公園」の看板が目に入りました。
そのときは特に何も思わず通り過ぎてしまったのですが、半月後、休みの日にパン屋さんに行こうと思い、中野新橋の住宅街を歩いていたら、再びパンダ公園に出くわしました。「中野区立ぱんだ公園」です。公園には、またがって遊ぶパンダが1頭(台)。禁止事項の立て看板にもパンダの絵が使われていました。
「東京にはそんなにパンダ公園がたくさんあるのか」と思い、ネットで検索してみました。すると、二つ以外にもパンダ公園が複数あることがわかりました。上野動物園がある上野周辺なら分かるのですが、多くのパンダ公園は上野から離れた住宅街にありました。公園の歴史や命名の由来が書いてあるページは発見できず、疑問が膨らみました。
私がパンダ公園に引っかかった理由はもう一つあります。私は元和歌山県民で、パンダが大好きです。5月に白浜町のアドベンチャーワールドから中国に帰っていった4頭のうちの1頭、良浜が双子を出産したときは、いてもたってもいられず公開初日にいの一番で駆けつけ、ガラス越しに対面した双子のあまりの神々しさに衝撃を受け、しばらくその場から動けなくなったほどでした。
それだけに、4頭が帰ってしまい、心にすっぽりと穴が開いたような気持ちで日々を過ごしています。上野のパンダももうすぐ帰ってしまい、二度と来てくれないかもしれない。パンダ公園を巡れば、もしかすると寂しさが癒やされることがあるかもしれない。そんな思いも抱えながら、他のパンダ公園を訪ねてみました。
公園で遊ぶ子どもたちの邪魔になってはいけないと考え、子どもたちがいないと思われる時間帯に世田谷区のパンダ公園を訪ねました。
小田急小田原線が通る祖師ケ谷大蔵駅。ウルトラマンの像が建つ駅前でコミュニティーバスに乗り、「上祖パンダ公園南」バス停で下車。「パンダ公園南」とあったので、降りてすぐの場所にあるのかと思ったら、道に迷いました。犬の散歩中だった親切な方に道を教えていただき、バス停から少し離れた急な坂を上った先に、「上祖師谷パンダ公園」がありました。
人形の下にバネがついていて乗って遊ぶタイプの遊具があり、トイレの壁にもパンダがいました。しかし、周辺は住宅街でパンダと縁のありそうな施設は見当たりません。公園の由来を記した立て看板もありませんでした。
国分寺市にもパンダ公園がありました。
西国分寺駅から1時間に1本のコミュニティーバスに乗り、「北町パンダ児童遊園」に向かいました。あぐらをかいたパンダが1匹、公園に鎮座していました。
誰もいなかったので、あぐらをかいたパンダの前に座って「対話」を試みましたが、何も感じませんでした。あきらめてバスに乗って帰ろうとしましたが、小銭がないことに気づきました。バスの料金は200円で現金払いのみ。千円札を崩そうと商店を探しましたが、住宅しかない。交差点を曲がった先に自動販売機が1台あり、ことなきを得ました。
笹塚駅近くの住宅街にもパンダをテーマにした公園がありました。正式名称は笹塚一丁目児童遊園地ですが、近所の人はパンダ公園と呼んでいるそうです。パンダの遊具が1台と、地面に据え付けられた緑色のコブのようなものにパンダの顔が描かれていました。コブはどのような用途で使うのかと思っていたら子どもがやってきて、コブからコブに飛び移る遊びをしていました。
このほかにも、国分寺市にもう一カ所「日吉町パンダ公園」が、小金井市に「パンダ公園」があることも確認できました。
パンダ公園を巡ったり、もしかしたら由来が記されている本や公文書があるかもしれないと役所や図書館を訪ねて資料を探したり。いろいろやっているうちに、初めてパンダ公園に出会ってから半年が過ぎていました。
パンダ公園を訪ねた結果、すべてに当てはまるわけではありませんが、かなり年季が入っているパンダが多いように感じました。そこから私は、パンダ公園の由来について、「昭和のカンカンランランのパンダブームが影響しているのではないか」とか、「特にパンダと地域に関係があるわけではないが、パンダは子どもたちの人気者なのでパンダ公園になったのでは」とも思いました。
笹塚はササ=パンダで街路灯にもパンダがいるほどの街だと知り、パンダ公園があることも納得したのですが、他のパンダ公園がある場所とパンダのつながりは分かりませんでした。
公園に由来を記した立て看板のようなものは見当たらず、近所の人に聞いても由来を知っている人はいませんでした。
疑問が解決しなかったので、公園の管理者に由来を聞いてみました。自治体や指定管理者からは、以下のような回答が得られました。
・玉川学園6丁目パンダ児童公園がある町田市
玉川学園6丁目パンダ児童公園は平成1年7月に、宅地開発に伴い設置された公園です。公園名の由来については残存する資料がございませんでした。
園内にパンダの置物があることから、特徴的な施設から名称を決定したのではないかと推測されます。
・北町パンダ公園、日吉町パンダ公園がある国分寺市
両公園とも当時の開発行為により提供された公園で、両公園ともパンダの置物が設置してありますがパンダの置物を設置した理由は、不明です。
現在、国分寺市では公園名を近隣住民の方から公園名を募集して、公園名を決めておりますので、当時もそのような方法で決定したと思われます。
・中野区立ぱんだ公園がある中野区
経緯のわかる資料等は残されておらず、また当時の経緯を知る職員もいないことから名前の由来は不明になります。おそらく、動物の名前の一環として馴染みやすいという点でつけられたものである可能性が高いです。
・小金井市の「パンダ公園」の指定管理者である日比谷アメニス
小金井市役所にも確認いたしましたが、詳しい情報を知っている職員がいませんでした。
もともとは違う名前の公園で、いつからか「パンダ公園」が正式名称になったようですがパンダブームが影響しているかどうかはわかりませんでした。
遊具が設置された経緯についても、もともとは東京都の土地だったこともあって詳細はわかりませんでした。
・上祖師谷パンダ公園がある世田谷区
上祖師谷パンダ公園は、昭和48年に「上祖師谷公園」として開園しました。平成10年、公園体系整備計画に基づき名称変更を行うこととなり「上祖師谷パンダ公園」となりました。
名称変更時、既に園内にパンダの遊具が設置されており、公園を利用する子どもたちが通称「パンダ公園」と呼んでいたことから命名しました。
カンカンランランとの関わりは不明です。当初の開園日がパンダの来日と近いため、遊具設置等において、影響を受けた可能性はありますが確かではありません。
「なぜパンダ公園なのか」が明確に分かった公園はありませんでしたが、上祖師谷パンダ公園は、子供たちがパンダの遊具をきっかけに「パンダ公園」と呼んでいたことが名前の由来だと分かりましたが、そもそもパンダの遊具を設置した理由は分かりませんでした。
今回は都内で調べましたが、東京以外にもたくさんのパンダ公園があるようです。一つ分かったことは、パンダは今も昔も子どもたちにとってかけがえのない友だちだということでした。
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