話題
「息子のために手話覚えたい」 耳聞こえない夫婦の居酒屋訪れる人々
新宿の「串揚げ居酒屋ふさお」は25周年を迎えました
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新宿の「串揚げ居酒屋ふさお」は25周年を迎えました
11月15日にデフリンピックが開幕しますが、盛り上がるのは競技会場だけではありません。世界中から客が訪れる新宿の「串揚げ居酒屋ふさお」は耳が聞こえない夫妻が営み、今年25周年。大会前後は予約がぱんぱんに埋まっています。のれんの奥には、聴力も国籍も超えるあたたかな空間がありました。(朝日新聞withnews編集部・川村さくら)
「FOOD FROM A DEAF CHEFF?!(耳が聞こえないシェフの料理)」
ある日インスタグラムをぼんやり眺めていると、海外のろう女性が日本の居酒屋で食事をする動画が流れてきました。
料理の注文や説明など、女性と店主の男性が日本手話や国際手話を織り交ぜながらコミュニケーションを取っていました。
こんな店があるのか!どうやら新宿にあるらしいぞ!
とりあえず行ってみることにしました。
私は過去の取材で手話通訳者の方と出会って以来、手話に興味を持ち、時々取材してきました。
手話講座に通ったこともありますが、記者の仕事をしながら毎週通うのはなかなか難しく…。
現在は、聴覚障害のある社員の方々が社内で月に2回開く「ランチタイム手話」という会に時折参加して学んでいます。
さて、ふさおへ初挑戦。心強いことに、行ったことがあるという社内の先輩が同行してくれました。先輩もろう者です。
ふさおは2000年に開店し、今年25周年を迎えた人気店。吉岡富佐男さん(71)とかつ江さん(53)が営んでいます。
のれんをくぐるとカウンターは満席で、4人用のテーブル席に通してもらいました。
手話や電子ホワイトボードを使いながら先輩と話していると、先輩がカウンターで1人で飲んでいた男性客に手話で絡みました。
「いっしょに飲んでいいですか」。手話と日本語で男性が聞いてくれて、一緒に飲むことに。
島田俊昭さん(38)は手話を勉強中の聴者でした。
耳が聞こえない4歳の息子とこれからもっと話せるようになりたいのだそうです。
「インターネットでここを知ってきょう初めて来たんです。のれんをくぐるときは緊張しました」
「妻はもうずいぶん手話を話せるんですが、僕はまだまだで…。もっと上手になりたいんです」
3人で話しているうちに時間が過ぎ、気づけば客は我々と常連2人だけに。吉岡夫妻も席に座り、みんなでお酒を飲みました。
ほとんど手話を使うため、みんなの表情はにぎやかでも店内は静かで、換気扇の音がゴオーと響いているのが印象的でした。
「今度取材に来てもいいですか」。スマホに文字を打って見せると、富佐男さんはOKのポーズをして快諾してくれました。
それから2度、取材でおじゃましました。
常連の本間修三さん(71)はもともと、ふさおができる前のテナントだったスナックの常連だったのだとか。
開店初日に店をのぞいたら、手伝っていた富佐男さんのお姉さんの美しさにひかれ、以来毎日のように通っています。
富佐男さんとの付き合いは25年におよびますが、「手話は全然覚えねえんだよ」
通い続ける理由は「料理がうめえから」。「ビール」「かわいい」などいくつかの手話を使いながらあとは目と目で会話する吉岡夫妻と本間さん。
そのあうんの呼吸には、ふさおが歩んできた時の長さを感じました。
ふさおでは様々な方に出会いました。
ろうの石井ひかるさん(30)は常連だという友人に連れられて山梨県から初来店。
「聞こえない人がやっているお店に来たのは生まれて初めてです。雰囲気が新鮮です」
アメリカからやってきたろうの男性はインターネットでふさおを知り、富佐男さんに会いたくて訪れたとのこと。
「馬刺しを食べみたい」「串揚げはどうやって食べるの?」
そんな内容をお互いの国の手話とジェスチャーを駆使して富佐男さんとやりとりしていました。
周囲の席のお客さんも男性に積極的に話しかけます。
異なる手話なので話がわからない時もありますが、そんなときは彼がアプリに英語を打ち込んで日本語に翻訳。テクノロジーって便利。
10月28日夜には開店25周年を記念したパーティーが開かれ、50人を超えるお客さんが詰めかけました。
30人ほどがぎゅうぎゅうに座っている座敷をのぞくと島田さんの姿が。手話で周りと話してめっちゃなじんでる!
「まだ今日で(来るの)3回目なんですけどね!」と肩を上げて笑っていました。
中には、パーティーの開催を知って札幌から初めて来店した女性も。
「以前手話を勉強していたんですが最近はできてなくて、ここに来たらモチベーションを取り戻せるかなと思って…」
スタッフの1人のように店の入り口で全体に目を配らせていたのは通称はなおさん(51)。
ろうで俳優の忍足(おしだり)亜希子さんにあこがれて手話の勉強を始めた24年前、ふさおに通い始めたそうです。
「自分は両親がいないので2人(吉岡夫妻)が親代わりなんです。結婚式にも親として出席してもらったんですよ」
閉店後、お酒を飲んでいないはなおさんは店のアルバイト2人を連れて帰っていきました。
いつも送迎役を担っているそうで、本当に家族のような距離感だなと感じました。
ふさおで感じる2つのこと。
まずは客同士の壁のなさ。各グループが飲んでいるうちに合流し、自然と一緒に飲み始めます。
「どういうお仲間なんですか」と聞いたら「きょう初対面だよ!」と返ってくることがざらにあるんです。
もう1つは手話があまり分からない私はマイノリティに回ること。
外の社会では聴者がマジョリティでも、新宿区百人町のこの空間ではそうではない。
富佐男さんいわく客のろう者と聴者の比率は1対1だといいますが、時には自分以外みんな手話が分かる人、という状況になることも。
それは日本語中心の外の社会でろう者の方が多く経験する状況の裏返しであることを考えさせられます。
同時に「手話をもっと勉強したい!」とも思わされます。
富佐男さんが立ち上げ、ご家族が支え、かつ江さんが加わり、大切に保たれてきたふさお。
みなさんの思いと時間が育ててきたあたたかさを感じながら飲み、語らう時間は格別です。
ふさおは12月31日に一度閉店し、改装を経てバーとして再出発します。
70歳の富佐男さんは串揚げなど料理を作るのが体力的にしんどくなってきて、バーへの転向を決めたのだそう。
業態が変わっても、聴力も国籍も超えて多様な人が混ざり合いながらお酒を飲み交わす様子はきっと変わらないでしょう。
【記者1年目のときに書いた記事です】
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