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ウクライナから避難の学生、逆境に負けず日本の大学院で修士課程修了

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ウクライナから日本に避難した学生が、日本の大学院で学び、修士課程を修了しました。困難な状況にも負けずに学業を頑張り抜いた学生は、今後も日本で就職し、いつか自分の日本語学校を作って両国の架け橋になることをめざすといいます。間近で接してきた大学の先生方が温かいエールを送っています。
ウクライナ避難民で、武蔵野大学(東京)の大学院で学んでいたモルスカ・リリアさん(24)。今秋、大学院の修士課程を修了しました。一連のロシアのウクライナ侵攻で避難した学生が修士課程を修了したのは、同大の大学院では初めてだそうです。
小西聖子学長から学位記を受け取ったリリアさんは、「この3年間、爆撃の音を聞かずに安心して勉強できたことは何より貴重な機会でした。このプログラムに関わって下さった全ての方々に感謝を申し上げたいと思います」と話しました。
リリアさんは、キーウの南にあるビーラ・ツェールクヴァという街の出身。太宰治をきっかけに近代日本文学に関心を持ち、キーウ国立大学で日本語を専攻していたそうです。ウクライナ侵攻でキーウで学生生活を送るのが困難になり、2022年にウクライナ避難民学生支援プログラムに参加していた武蔵野大学で学び始めました。
最初の1年は受講生として日本語を学び、2023年に大学院の言語文化研究科言語文化専攻修士課程ビジネス日本語コースに進学しました。
リリアさんは、ウクライナ侵攻の前から、いずれ日本に留学したいと考えていたといいます。思わぬ形で留学することになり、価値観も変わったそうです。「この3年間は決してあっという間ではありませんでした。もし平和なウクライナから来ていたら、楽しいことに集中できて、あっという間だったと言えたかもしれません。しかし、実際の3年間は、まるで新たな小さな人生を築いたかのような時間でした」と振り返ります。
日本に来たばかりのころ、花火を楽しむ他の留学生を見て、心の中でうらやましく感じることがありました。「みんなは安心して大学生活を楽しんでいる。花火を爆撃と間違えることなく楽しめるんだな、と思いました」
日本での3年間を通じて、「一人では何もできない」ということを感じたそうです。「避難民として勉強も生活も自分なりに一生懸命頑張りましたが、日本の皆さんの温かい支え、そして先生方のご指導がなければ今の私はなかったかもしれません」
ウクライナでも日本語を学んでいましたが、「日本人と深い話をすると伝わらないことがある」と感じることがありました。さらに、大学院ではただ会話ができればいいわけではなく、研究をしなければなりません。「ウクライナ語でも研究をするのは難しいですが、違う言語で研究をするのはもっと難しいです」
しかし、日本人学生とウクライナの歴史や文化を紹介するパンフレット作りに取り組んだり、先生方から熱心に指導を受けたりする中で、語学力も向上していきました。「まだ完璧ではありませんが、先生方のご指導のおかげで少しずつ上達したことを実感しています」
周囲の人たちに支えられながら努力を続けた結果、今では語学力も向上し、江戸前の寿司が大好物になるほど日本文化になじみました。「一人だけで出来ることは少なく、学校でも仕事でも周りの人とのつながりが不可欠です。人とのつながりこそが最大の財産だと思いました」
大学院では、戦時下の教育について研究しました。「ウクライナ侵攻下の学習行動変容から検討する日本語教育施設運営」をテーマに、ウクライナ人で日本語を学んでいる120人を対象にアンケートを行い、戦争が学習動機や学習形態にどのような影響を与えるのか分析しました。
戦争があったから勉強をあきらめた人という人は少なく、「逆に意欲が出た」という人が多かったといいます。一番多かった答えは、「いつ死ぬのか分からないので、やりたいことをできるだけ早めにやりたい」というものでした。
ウクライナには、「生きるなら一生学び続けなさい」という意味のことわざがあるそうです。「学びは教室だけではなく、人生のあらゆる経験を通して続いていくものだと思います」
リリアさんを指導してきた藤浦五月准教授は、「周囲にたくさんの人をひきつける人柄の持ち主で、私たちが彼女から影響を受けたこともたくさんありました。すごく頑張ってきたと思うので、あえて頑張ってとは言いません。彼女らしく夢に向かって進んでいってもらえたら」とエールを送りました。
リリアさんは学業の傍ら、オンライン日本語教室を開いています。ウクライナ在住の日本語学習者や日本に来日して間もない避難民を対象に授業を行っています。
「日本在住の方の中には日本で仕事を探したいという希望は持っているけれど、日本語のレベルが足りないという人もいます。日本人の友人もまだ少なく、日本の生活に慣れていない方が多い」という現状認識から、そうした人たちの力になりたいと考えたそうです。
リリアさんは大学院修了後も日本に残り、民間企業に契約社員として就職されるそうです。オンラインの日本語教室も余暇を利用して続け、いつか自分の日本語学校を作るのが夢だといいます。
「日本で学び、日本で生活できた私は本当に幸運だと思っています。これからは日本の会社で働きながら、日本語学校を作るという夢を実現するために様々な経験を積んでいきたいと思います」
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