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「日本はもっと深刻かも」断食中のインドネシア人が気づいた〝変化〟

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日本には、約35万人のイスラム教徒(ムスリム)が暮らしているといわれています。ムスリムの方々は3月末まで1カ月間のラマダン(断食月)中。夜明け前から日没まで、日中は一切の飲食をしません。そんなムスリムから「お食事会」に誘われたので行ってみることにしました。
「一日の断食を終える食事会に一緒に行きませんか?」。日本に暮らすインドネシア人からLINEが届きました。
3月の日曜日の午後、会場になった千葉県内の会議室に、約100人のインドネシア人ムスリムらが集まりました。
午後5時50分ごろ。日没と同時に、みんなで甘い「クルマ」というナツメヤシの実や、ブドウやイチゴを口に入れます。この日は、日の出前の午前3時から飲まず食わず。体に吸収されやすい糖分をまずは補給。同時に、水分。「インドネシアでは、甘い紅茶を飲むんですよ」とカップに注いでくれたのは「午後の紅茶」のレモンティーでした。インドネシア人が日本で飲む飲み物の中では、これが人気だそうです。
この日集まったインドネシア人は、日本の病院や介護施設で働きながら、日本語を勉強して、日本の国家試験に合格した看護師や介護福祉士。また、それを目指している候補者たちです。
会場には、数名の小さな子どもたちも走り回っていました。日本に海外から看護師と介護福祉士として働く人を受け入れる枠組み(経済連携協定=EPA)ができて18年目。日本にはEPAのインドネシア人だけで4259人が来日し、介護や看護を担うだけではなく、日本で結婚し出産し、子育てをして、「人生」を築いています。
子どもたちは、日本語混じりで「走っちゃだめー」「やったー、折り紙がある!」と歓声をあげていました。
軽い水分と糖分補給の後、みんなで一緒に、メッカに向かってお祈りしました。
そして車座になり、わいわいと宅配弁当を食べます。弁当の中身は、インドネシアのミーゴレン(焼きそば)、白飯、甘辛チキン。お弁当を見て「全体的に茶色い!」と筆者が驚くと「野菜は1%(生キュウリ)です」と笑いがおきます。
デザートには、もち米粉とココナッツを虹色にして、何重にも重ねて蒸した「クエラピス」というお菓子。こっちは驚くほどカラフルです。さらにパン、揚げた春巻き……。食べきれません。
あちらこちらで仲間と話に花を咲かせ、笑いあい、心から食事を楽しんでいる様子が印象的でした。同郷の仲間と集えるこの食事会は毎年、断食月中に必ず1度開かれるそうです。
川崎にある介護施設で働くニンディさんは電車で2時間半かけて、食事会にやってきました。「みんなでこうやって会えるのを楽しみにしていました。また明日からがんばります」と笑い、翌日の仕事に備えて一足先に会場を去りました。
「断食中」はどんな暮らしをしているのでしょうか。飲まず食わずというと、ぐったりと休んでいるイメージ?
「断食してても、いつも通り、介護施設で働いていますよ」と笑うのは、エヴィ・ノヴィアンティさん。2013年に来日して、介護福祉士として働きながら、2人の男の子を育てています。
介護と言えば力も使うし、入浴介助ではヒジャブ(頭髪を隠すスカーフ)で蒸し暑そうですが、「のどは少し渇きますが、断食しながら働くのは慣れていますから」と言います。
自分は食べていないのに「食事の介助」するのはつらくありませんか? 「いいえ。そもそも、私が食べられる食事ではないので、『誘惑』にはならないです」。
豚肉やお酒などイスラム教の戒律では食べられないものが多い日本。インドネシアでは断食月の間は食堂が隠されるなどの配慮があります。飲食店が営業していて、良いにおいが立ちこめる日本は「誘惑」が多いのではと思っていたので、意外でした。
しかし驚いたのは、この日、断食中の休日にもかかわらず、参加者の一部は「普段」以上の活動もこなしていたことでした。
食事会が始まる約10時間前の午前中、雨が降る東京都心にインドネシア人ムスリム15人が集まり、路上生活をしている人たちを訪ね歩いて、歯磨きセットやコップ、カイロなどの生活必需品を手渡しました。
断食中には、飲食を控えるだけではなく、困っている人への施し(ザカート=喜捨)を行うことが奨励されているそうです。
ホームレスへの支援は2018年に始めて、コロナ禍を除き、毎年実施してきました。メンバーの1人、看護師のモハマド・ユスプさんは、ホームレスの方から「イスラム教の人? ラマダン中?」と声をかけてもらったとうれしそうに話しました。
毎年訪ねている中で気づいたのは、最近、ホームレスの中に若い人が増えたこと。「女性もいました。とても心配です」
来日して18年目。来日当初は、仲間同士で集めたザカートは、インドネシアの貧しい人たちに送るために使っていました。でも今は、日本国内への支援に力を入れていると言います。
「私たちは外国人だけど、日本で働き、暮らしています。日本のとなり近所で困っている人がいるなら、まずはその人たちを助けたい」とユスプさんは話しました。
世田谷区の介護施設で働くウィディ・モハマド・スグルさんはザカートの意義についてこう説明しました。「私たちは、自分が今、得ているものは、もしかしたら他の人が得る分だったかもしれないと、考えています。だから、ほかの人と恵みを分かち合います。『恩返し』のようなものなんです」
インドネシアにも経済格差がありますが、日本に暮らして感じたのは、うつむいている人の多さでした。「インドネシアでは貧しくても、よく笑います。それを見ると、日本はもっと深刻な状況なのかもしれないと感じています」
となり近所に暮らす人として関係を築くことができたらと、今年の断食月は、イスラムではない日本人たちをモスクに招いてのお食事会も開催したそうです。
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