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#59 イーハトーブの空を見上げて

ドングリの味は…「飢饉食」だった木の実 厳しい自然を生き抜く知恵

試食した「ドングリ」。甘くない栗の味だ
試食した「ドングリ」。甘くない栗の味だ
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。
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イーハトーブの空を見上げて

カシ、ナラ、カシワ…樹木の果実の総称

子育てをしていて、ある「法則」に気がついた。

子どもはいかなる場面でも、足元にドングリを見つけると拾ってしまう。

どんなに駄々をこねていても、泣き叫んでいても、木の実を見つけると、「あ、ドングリコ」と言って、その場にしゃがみ込んで拾う。

遠い昔から人類に引き継がれたDNAなのだろうか?

「おそらく本能なのだと思います」

岩手県北上市にある県立農業ふれあい公園・農業科学博物館の調査員・古川勉さん(68)は、笑いながらうなずいた。

「子どもだけではありません。東北の人はみんな、ドングリが大好き。主要な食べ物の一つだったからだと思います」

ドングリは、狭義ではブナ科のカシ、ナラ、カシワなどコナラ属の樹木の果実の総称だ。

先端がとがり、表面の皮は硬く、上部はすべすべして茶色で、下部はおわん状の「殻斗(かくと)」に覆われている。

岩手では、県北を中心に「シダミ」「シタミ」とも呼ばれる。

「まずい」という意味の「下味」に由来しているとされる。

花巻市出身の古川さんは「私も小さいころは、よく家でドングリを食べました」と振り返る。

凶作の年でも実り、備蓄もできる「飢饉食」

ドングリは大量に採取でき、凶作の年でも良く実る。

腹持ちも良く、アク抜きさえしっかりすれば、食味もそれほど悪くないらしい。

貯蔵性にすぐれ、備蓄もできる。夏に「ヤマセ」と呼ばれる冷たく湿った偏東風が吹きつけ、コメの凶作に悩まされてきた県北の「飢饉(ききん)食」だった。

調理法は、4日以上水につけて虫を殺し、殻が割れるまで天日乾燥後、臼などで潰して実と殻を分ける。

木灰を加えて煮込んでアク抜きをし、一昼夜水に浸し、天日で干す。

生乾きのまま臼でついて粉にし、きな粉をまぶして団子にしたり、ヒエ飯にふりかけたりして食べたという。

備蓄用としては、殻付きのまま30分以上煮た後、天日で4、5日乾かし、保管する。

囲炉裏の上の棚や天井裏で10年以上も蓄えておく場合もあった。

縄文時代からあった木の実食

実際に食べてみると、「甘くない栗の味」だ。

おいしくはないが、まずいとも言えない。

木の実食は縄文時代からあり、一戸町の御所野遺跡では、食料を得るために当時の人々が木の実のなる林を作っていた可能性が指摘されている。

1950~70年代の北上山系北部では、農家が畑だけでは食料自給ができず、不足分を木の実で補っていたとされる調査もある。

古川さんは「木の実食は、人々が北国の厳しい自然を生き抜くために伝えてきた食文化。地域をより深く理解するためにも、いま一度見つめ直してみる必要がある」と話す。

(2023年10月取材)

三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。
書籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。
withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した
 

「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。

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