連載
#54 イーハトーブの空を見上げて
小刀で描く〝地道〟な型染の世界 人の手で作った作品ならではの味
小刀で文字や図柄の「型紙」を作り、その型紙を使って布や紙に模様を落とし込む「型染(かたぞめ)」。
岩手・紫波町で制作を続ける型染作家・小田中(おだなか)耕一さん(72)の作品は、のれんや風呂敷などにとどまらず、童話の世界を描いた額絵や本の表紙など、多くのファンを魅了し続ける。
祖父が建てたという築100年近くの工房。入り口には、色が少しにじんだような、温かみのあるデザインののれんが揺れる。
「型染で染めると、文字や図柄が少し柔らかくなるんですね。それが独特の風合いや味わいを生んでいる理由です」
紫波町で続く染物屋の3代目。
高校卒業後、「型絵染」で知られる人間国宝・芹沢銈介氏の作品集を見て、約10年間、芹沢氏の下で修業を積んだ。
「芹沢先生はよく『のれんはくぐるものだよ』と口にしていました。それは家族やお客さんが毎日目にするもの。奇抜なデザインではなく、暮らしに溶け込めるようなものを作りなさい、という教えでした」
型染は、小紋や風呂敷の唐草模様など、日本に古くから伝わる手法だ。
薄い和紙に文字や図柄の下絵を描いた後、柿渋を塗った硬い和紙の上に貼り付けて、小刀で切り抜く。
型紙ができたら、布や紙の上に置き、上からのりを塗っていく。
型紙をはがして、のりを乾かした後、のりのついていない部分に顔料などで色をつけ、のりを洗い流すと、色を塗った部分だけが文字や絵となって、布や紙の上に浮かび上がってくる仕組みだ。
小田中さんの作品は、師匠の芹沢さんと同様、沖縄の染め物「紅型」に影響を受けた、南国風の色鮮やかなものが多い。
「北国の岩手に、ぱっと明るい世界が広がればと思って作っています」
すべてが地道な手作業だ。
注文を受け、デザインを考えるのに2週間以上。
そこから型を彫って染め上げるのに、最短でも2週間以上かかる。
機械やデジタル技術の進歩によって、あらゆる印刷物や染め物が安価に、短期間で作られていく時代――。
それでも、と思う。
「機械を否定するわけではありませんが、人間が作った物には、人間が作った物にしかない良さがあるのです。その良さを信じて、私は型染を続けていきたい」
生み出す絵や文字と同じように、やわらかく微笑む。
(2022年10月取材)
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