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バチン!マレーバクの皮が裂けた 私たちの知らない「剥製師」の世界
博物館などにある動物の剥製をつくる職人「剥製師(はくせいし)」。ある剥製師は、製作中のマレーバクの剥製の皮が裂けた音で跳び起きることもあったと話します。あまり知られていない仕事の苦労や弟子たちへ伝えたいことを聞きました。
5月、文京区にある尼ヶ崎剥製標本社をたずねると、1階の部屋にはシカやクマ、魚や鳥といった剥製がずらっと並んでいました。
「動物の皮はとにかく繊細。乾くと縮み、せっかく張り合わせたのに裂けてしまうこともあるんです」
ちょうど手がけている牛の剥製を触りながら、そう話してくれたのは3代目社長の尼ヶ崎研さん(70)。これまでに手がけた剥製は、骨格標本と合わせて約1万点にのぼります。
尼ヶ崎さんは30年ほど前にマレーバクの剥製を作っていたとき、夜中に硬い皮が裂け、バチーンと大きな音がして跳び起きたこともあったといいます。
「そうなると、それまでの作業が台無し。縮み方を想定して、体と皮のサイズが合わなければ張り直すようになりました。今となればもう、それぞれの動物の縮み方は頭に入っているんですけどね」と話してくれました。
剥製をつくるには、まず肉や内臓を取り除き、その後、皮に防虫や防腐の処理を施します。牛やアザラシのような大きい動物だと、完成までに1カ月以上はかかるといいます。
図鑑や解剖学の書籍を読み、骨や筋肉のつき方、血管の通り方も調べます。試行錯誤と手直しを繰り返し、頭の中は朝から夜まで剥製でいっぱいになるそうです。
目の間隔や鼻筋の長さ、口からあごまでの距離など、剥製にする動物はあらかじめ、あらゆる部分を細かく採寸しておきます。
脚の長さや体高、胴まわりといった大きな部分も含めて絵にし、描きためたスケッチブックは数十冊にもなりました。尼ヶ崎さんは「剥製師はみんな絵がうまい。アーティストと言ってもいいくらい」と話します。
そして、長年かけて磨いた自分の感性に頼って仕上げていきます。
「ジャイアントパンダは耳の形にこだわった」
「ミナミゾウアザラシは皮下脂肪が多くて大変で……」
「あのタテガミオオカミは耳がピンっと立っていてかっこいいでしょ」
姿勢を整えたり、まつげやまぶたを調整したりと細かい作業が多いですが、「動物が輝いていた瞬間を再現し、もう一度命を吹き込む」剥製師の仕事が全うできた時の達成感はたまらないそうです。
尼ヶ崎さんは高校を卒業した後、この道に入りました。亡くなった父親の跡を継ぎ、社長になって15年ほど経ちました。
近年は、狩猟人口の減少で剥製の依頼は減り、同業他社は後継者不足や高齢化で残り数社にまで廃業が相次いでいるといいます。
それでも依頼はなくなることはないそう。鑑賞用としてだけでなく、絶滅の恐れがある動物など、学術的な必要性で研究や教育機関が依頼してくるからです。
「完成しても、満足するな」。4人の弟子にはそう伝えています。「野生の動物を観察したり、技術を磨き続けたり……。さらにいい剥製を作りたいという欲を大切にしてほしい」といいます。
尼ヶ崎さん自身も弟子から教わることがあるそうです。「これからも学びを怠らず、まだまだ技術や感性を磨き続けていくつもりです」
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現在、福岡市博物館で8月25日まで開催されている「大哺乳類展」では、尼ヶ崎さんが手がけた剥製標本、骨格標本が展示されています。
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