連載
#40 イーハトーブの空を見上げて
販売はコンビニ1軒だけ…幻の「猿沢羊羹」 復活させた食べ慣れた味
岩手県一関市の山間地で「まぼろしの羊羹(ようかん)」と呼ばれる和菓子が売られている。
商品名は「猿沢羊羹」という。
販売されているのは集落内のコンビニ店1軒のみ。地域で暮らす主婦3人が手作りしている。
午前7時。集落の簡素な製作所を訪ねると、主婦の菅原百合子さん(79)と菊池ちよのさん(73)、荻生ちづ子さん(72)の3人が、忙しそうに羊羹作りの準備をしていた。
「さあ、始めましょうか」
小豆を焚いてザルに入れ、すりこぎ棒を使って裏ごしをする。
できた生あんを鍋に入れ、寒天や砂糖を加えて約1時間40分、火にかけながら交代でかき混ぜる。
あんがねっとりと仕上がったら、トレーに移して一晩寝かせる。
翌朝、3人で羊羹の大きさに切りそろえ、紙で包んで近くのコンビニに並べに行く。保存料などは一切使わず、すべてが手作業だ。
羊羹を作り始めたのは2017年。
その3年前に集落の羊羹屋が閉店し、売られていた「明治煉(ねり)羊羹」(通称・猿沢羊羹)が手に入らなくなった。
3人が口をそろえる。
「時間がたつと砂糖が表面に浮き、食べると『ジャリッ』としておいしい。おやつや手土産として、この集落には欠かせない名品だったのよ」
住民から猿沢羊羹の復活を求める声が多く寄せられたため、地域の振興会がかつての店主に羊羹の作り方を伝授してほしいと出向いたところ、「高齢で分量や詳しい作り方も忘れてしまった」と断られてしまう。
一方、店で使っていた羊羹を流し込む型や材料を量っていたボウルなどを譲ってもらえたため、振興会は自分たちの手で新しい猿沢羊羹を作ることにした。
山に囲まれた猿沢集落は、いわゆる「限界集落」だ。
かつては大船渡などの沿岸と一関などの内陸とを結ぶ宿場町として栄えたが、急速な過疎化で商店がずらりと並んでいた街道沿いもいまは魚屋1軒だけ。
人口約1600人の高齢化率は4割を超えている。
羊羹を切りそろえながら菊池さんが言う。
「歳取るとね、人は『食べ慣れた物』を食べたくなるのよ。あたしらにとってはそれが猿沢羊羹だったのよ」
出来たばかりの「まぼろしの羊羹」をお茶と一緒に頂く。確かにおいしい。
表面に砂糖が浮き上がり、食べると「ジャリッ」と音がする。
(2022年5月取材)
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