話題
母国語で綴った句集の理由…ウクライナの俳人 伴走者が描く次の展望
俳句でつながったウクライナと日本
話題
俳句でつながったウクライナと日本
ウクライナ出身の俳人の句集にこめられた思いとは?――。14歳で俳句と出会い、17音で表現する世界に魅せられたというウクライナの女性の2冊目の句集が、日本人の俳人が伴走して4月に刊行されました。この出版の先に、さらなる支援の展望を描いているといいます。
ロシアのウクライナ侵攻が始まって2年余り、終結のメドは依然たっていません。
この状況に心を痛め、ウクライナ市民を支援したいと願う日本の俳人・田中潤(朧潤)さん(65)は、ウクライナの女性俳人の句集『俳句 ウクライナから日本へ 297歩』(歴史探訪社)の出版に伴走しました。
句を詠んだウラディスラワ・シモノワ(ウラジスラバ・シモノバ)さん(25)は、ウクライナ第二の都市ハルキウ市の生まれ。14歳の時、心臓病で入院した病院で俳句と出会いました。
「俳句」は海外でも「HAIKU」として親しまれています。自然や人の感情、世の儚さを17音節で表現する世界に魅せられ、折に触れてロシア語で俳句を詠むようになりました。
侵攻後の厳しい状況下でも作句を続け、昨年夏、日本の俳人・黛まどかさんも携わった『ウクライナ、地下壕から届いた俳句』(集英社インターナショナル)が刊行されました。
この句集の制作にも関わった田中さん。一つのアイデアをウラディスラワさんに提案し、伴走することになりました。
2冊目でこだわったのはウクライナ語でした。
ウラディスラワさんは「同胞の殺害を命じる言語で俳句は作れない」とそれまでロシア語で詠んだ句を自身でウクライナ語に翻訳していました。そこから297句を選び、「NPO法人日本ウクライナ友好協会KRAIANY」の協力を得て日本語に翻訳。自薦の11の句にはエッセイを付記し、ウクライナ語と日本語訳を掲載しました。
実は、句集の出版を手伝った田中さんには、ウクライナ支援の裾野を広げるかもしれない、ある計画がありました。
俳人としての活動や税理士としての仕事の傍ら、田中さんは被災地支援を続けています。
2011年の東日本大震災をきっかけに公益社団法人をつくり、熊本地震(2016年)や広島・倉敷市の豪雨(2018年)、今年の能登半島地震などで、被災者を支援してきました。
その経験から思いついたのが、ウクライナへの支援物資としてカプセルトイ、いわゆる「ガチャガチャ」を届けようという計画です。
なぜカプセルトイなのでしょうか――?
田中さんは、自身の公益社団法人の活動と共に、趣旨に賛同してもらった製造会社から安価で仕入れたり、無償で提供されたりしたカプセルトイを、2021年から被災地の小学校や児童養護施設に配り始めました。
2022年からは、コロナ禍で楽しみが減った全国の児童養護施設や子ども食堂などにも範囲を拡大。これまで500以上の団体に4万1000超のカプセルトイを無償で頒布しています。
「カプセルトイは、子どもはもちろん大人も楽しめて、すごく喜ばれます。ウクライナの人たちにも、きっと喜んでもらえるはず」と話す田中さん。ウクライナでの頒布のルートが決まったら、製造会社にも呼びかけて協力をお願いすると言います。
そこで架け橋の役割を担ってほしいと思っているのが、句集の出版でつながったウラディスラワさんです。
「戦争状態にある海外の国を支援するのは、経験もなく難しいと思っていました。でも、ウラディスラワさんに本を送ったら4カ月ぐらいで届いたんです」
「彼女に呼びかけ人となってもらって現地に受け皿さえできれば、ウクライナの施設などに支援物資を届けられるのではないか。俳句がウクライナ語でも掲載されていて、ウクライナ人にも読めるこの本は、ウラディスラワさんと日本のことを知ってもらう、うってつけのツールになると思ったんですね」
一見、共通点が見いだせないようにも思える俳句とカプセルトイ、「ガチャガチャ」。
しかし、田中さんは「身の回りのモノをミニチュアサイズにしてカプセルに入れるガチャガチャは、日本人の繊細な感覚が生かされた日本文化そのもの、盆栽とか箱庭にも通じるセンスだと思います。それは、身の回りのことを五七五という短い言葉で切り取る俳句とも通じます」と指摘します。
俳句とガチャガチャという二つの日本文化で、ウクライナと日本をつなぐ――。田中さんのこの試みをウラディスラワさんはどう見ているのでしょう。ふるさとハルキウ市を離れ、避難先のポルタヴァで家族と暮らしている彼女に、SNSで聞いてみました。
「ウクライナにはカプセルに入ったおもちゃはありません。すごく魅力的です。ミニチュアフィギュアを集めるのは新しい発見につながりそう」とウラディスラワさん。
そして、「今回、田中さんと句集をつくることができて幸せでした。私の国を助けようとする人々が日本にいることを実感できてうれしい。田中さんの計画を手助けしてくれる慈善団体をぜひ推薦したい」と話します。
さらに、ウクライナの人たちに、俳句と日本の素晴らしさを知らせたいと夢を広げます。
「『俳句 ウクライナから日本へ297歩』というタイトルに、私は二つの意味を込めました。ひとつは、収録された297の俳句をウクライナと日本の文化の架け橋にしたいということ。もうひとつは、俳句を、日本の文化の美しさ、伝統を深く理解するための一歩にするということです」
1/3枚