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人気の銭湯「東京浴場」のバイト店長は…? 芸に生きた番台の接客
エルシャラカーニ・山本しろうさん
かけもちしていた4つのバイト先が、コロナ禍で全部つぶれてしまった――。途方に暮れていた時に見つけた「オープニングスタッフ募集」の貼り紙。芸歴26年目のエルシャラカーニ・山本しろうさんがいま働いているのは、大好きな都内の銭湯です。自身の「芸」にも役立っているという、そのバイトの裏側を聞きました。(ライター・安倍季実子)
芸歴26年目のエルシャラカーニの山本しろうさんは、芸人として活動しながら、20年以上カラオケボックスでアルバイトをしていました。
「知り合いに声をかけられて、ホテル清掃やバーの手伝いなどもしていて、全部で4つを掛け持ちしていました。週6でバイトしてたんですが、コロナでそれが全部つぶれてしまったんです」
それまで月に15~20本あったライブも一気になくなりました。
コロナの情報は少なく、不安が先行するなか、今後の生活の見通しもつきません。ほかに特にやりたいこともなくて途方に暮れていたという、しろうさん。
「これからどうしようって考えてた時に、偶然ここのオープニングスタッフ募集の張り紙を見つけたんです。個人的に銭湯検定3級を取るくらい大好きなんで、これしかないと思って応募しました」
現在、しろうさんがアルバイトをしているのは、東急目黒線西小山駅の近くにある「東京浴場」です。
1951年(昭和26年)に創業し、2019年にいったん閉店。その後、棚貸し式の「フロナカ書店街」、おひとり様専用サウナの「おこもりサウナ」といったユニークなサービスを取り入れて2020年7月にリニューアルオープンした、話題の銭湯です。ドラマ撮影などにも使われています。
「オープニングスタッフで入って、週3で早朝の番台をしていました」と話します。
勤務時間は朝4時半~8時15分まで。朝5時に銭湯を開け、1時間毎に来客数の記録、貸しタオルの在庫管理と洗濯、濡れた脱衣所の拭き掃除、浴場のチェックなどを同時進行でこなします。
「全部一人でやるんでけっこうハードです。とはいえ、朝はお客さんが少ないですし、夜はお酒やおつまみも販売しているんで、それに比べたら全然マシです」といいます。
銭湯バイトをはじめてよかった点は、生活サイクルが規則正しくなったことです。
「それまでは、深夜から朝8時まで働いて、家に帰って9時ぐらいに酒を飲んで寝て、夕方に起きてライブへ行くという生活をしていましたが、それが一変しました。早朝に起きるんで、一日が長く使えて充実しています」
銭湯バイトをはじめた少し後、かもめんたるの槙尾ユウスケさんが運営するカレー店「カリガリ マキオカリー」の新宿店の店長を任されて、かけ持ちで働いていました。
「銭湯バイトの後、10時からはマキオカリーでバイトして、15~16時に終了。ライブがある日は、帰宅するのは大体22時くらい。次の日も4時起きですから、この時が一番忙しかったかもしれませんね」
2022年3月にマキオカリー新宿店が閉店すると、4月からは銭湯の店長を任されることになりました。
「いまは週5日くらい銭湯にいます。平均的なバイト代は月10万円くらい」といいます。
「(店長になった現在は)大体お昼前から夕方までいて、その後でライブに行くというパターンが多いですね。もう一人の店長がシフト管理などを担当していて、僕は設備のトラブル担当です。ほぼ毎日、何かしら起こるんですよ(苦笑)」
2020年にリニューアルオープンした東京浴場ですが、ボイラーなどの設備は当時のものをそのまま使っています。
前の店長に修理する技術があったこと、業者に依頼すると修理費が高額になってしまうことなどから、今はしろうさんが設備の応急処置をしているのだそう。
「前店長のように直すことはできませんが、営業を止めないように応急処置ならできます。深夜に『ボイラーが止まりました』って連絡が来ることもあるんですが、すぐに行きます」
「お客さんに迷惑をかけないように営業を続けることが、自分の仕事」としろうさん。
早朝の番台担当時代に寝坊をして、開店時間が遅くなってしまった失敗から、「今は朝4時半に起きて、スマホでバイトが出勤しているかどうかを確認しています。実際にそれで、バイトの寝坊を3回救いました」といいます。
店長になって責任が重くなり、急な呼び出しなどもあって、よりハードになりましたが、全く苦にならないのだそう。
「実は、番台に慣れてきたころ、物足りなさを感じていたんです。接客がメインだとは分かっていたんですが、カラオケバイトとあまり変わらなくて……。だから、店長の打診を受けた時は本当にうれしくて、その場で引き受けました」
現在、銭湯業界は未曽有の危機に直面しています。
設備の老朽化や後継者不足、重油やガスなどの燃料価格の上昇といったさまざまな要因から、ピークだった1968年の17,999軒から89.6%も減り、2022年時点では1865軒しか残っていません。※全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会調べ
東京都内の公衆浴場の入浴料金も改定を繰り返し、2022年の6月からは大人500円、6歳以上12歳未満が200円、6歳未満が100円になりました。もう、ワンコインでおつりはかえってきません。
「どこの銭湯も同じでしょうが、銭湯ファンに支えられている部分が大きいと思います。銭湯が好きで来てくれるお客さんたちに楽しんでもらえるように、できることは何でもやりたいですね」
今では立派に銭湯を守っているしろうさんですが、当初は高齢のお客さんとのコミュニケーションにも苦労したそうです。
「僕は早口で活舌もイマイチなんで、特に高齢の方に話が伝わらないことが多かったんです(苦笑)。これじゃダメだと思って、ゆっくり・はっきりしゃべるように意識したら、相手にきちんと話が通じるようになって、今では向こうから気軽に話かけてもらえるようになりました。これって実は、浅草の東洋館での寄席にも役立っているんです」
しろうさんのコンビのエルシャラカーニは、2019年に漫才協会に入会し、月に2回ほど東洋館の寄席に出ています。
「お客さんの年齢層によってウケるポイントやウケ方が違うというのはあるんですが、そもそも年配のお客さんには、ゆっくりめのテンポで分かりやすいボケツッコミとオチをつけないと、内容が伝わらないんです」と指摘します。
「東洋館に立つようになってからは、あまり複雑ではなく、シンプルでわかりやすいネタに変わりましたし、僕個人としても、お客さんにちゃんと伝えようって意識がひとつ乗っかった気がします」
芸人として、銭湯で働く人として、たくさんの夢を抱くしろうさん。直近の目標は、銭湯に仲のいい芸人を呼んでライブを開くことだといいます。
「うちの休憩所は小さな舞台のような造りになっているんで、お笑いライブに合うと思うんです。無謀な夢としては、将来自分の銭湯を持ちたいです」と笑います。
「芸人としては、今後もライブや寄席を続けていきたいですし、年末なんかのお笑い特番にも出られたらうれしいですね。あと、いつか大好きな明石家さんまさんにお会いしたいです!(笑)」
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