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「何かが爆発した」 田舎の肉屋で私が”錦鯉”コスプレをする理由

逆境を笑い飛ばし、前向く力に

「コンブにーちわー」。錦鯉、長谷川さんにふんする恵美ちゃん
「コンブにーちわー」。錦鯉、長谷川さんにふんする恵美ちゃん

目次

人口2600人の小さな村の肉屋さんに、人気の「コスプレおばさん」がいる。有名人になり切って、替え歌あり、キレキレダンスあり、ピン芸あり。店長をプロデューサー役に、これまで数々の力作を発表してきたが、今回は、「錦鯉」の長谷川雅紀さんのまねをした。店を訪ねて話を聞くと、それには理由があった。(朝日新聞記者、東野真和)

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「人のためにできることがあるんだ」

「恵美ちゃん」こと、金子恵美子さん(52)は、この岩手県の小さな漁師町、普代(ふだい)村で生まれ、ほとんどそこを離れたことがない。5月末、記者が村の中心街にある上神田精肉店を訪ねると、自作の白いスーツ姿で待ってくれていた。

「お、恵美ちゃん久しぶり」「次は錦鯉か」とお客さんから次々声ががかかった。


「なぜ、コスプレを始めたんですか」と聞くと、「自分の中の何かが爆発したんだねえ」と、淡々と人生を語り始めた。


小学校高学年の頃、体に変調を感じた。吐き気が止まらなくなったのだ。「色んな物に敏感だったのかなあ。自分ではよくわからない」。医師は自律神経失調症と診断。入退院を繰り返した。高校も雰囲気になじめず1カ月で中退した。

吐き気はだんだんと収まり、恋をして20歳代半ばで結婚。男の子が生まれた。しかし、重い障害があり、2歳の誕生日を迎えられなかった。夫ともまもなく離婚した。

そんな人生に、薄日が差したのは、30歳代半ばの頃。精肉店で働き始め、もともとは明るい性格の金子さんは、愛想の良さから客に好かれた。

「私はだめな人なんだと思っていたが、人のために何かできることがあるんだ」と思った。

上神田精肉店=岩手県普代村
上神田精肉店=岩手県普代村

「いい加減にしてくれ!」

しかし、45歳で新たな苦難が訪れる。胸にしこりを感じた。乳がんだった。肺にも転移した。つらい抗がん剤治療が続いた。母が脳出血で倒れ、介護も重なった。

金子さんがコスプレを始めたのは、それからだった。

「いい加減にしてくれ、と今までの人生のうっぷんが自分の中で爆発した」

2017年8月。「ふだいまつり」の日。金子さんは、店先に鼻の穴を真っ黒に塗った「北島とんしゃぶろう」で登場した。買い物客は涙を流して笑い転げた。調子に乗って祭りのステージで「まつり」を歌った。みんなの拍手が、沈んでいた気持ちを軽くした。

デビュー作の「北島とんしゃぶろう」
デビュー作の「北島とんしゃぶろう」

以来、「肉の日(29日)」など、何カ月かに1度、新作を発表した。

「やせろ亜紀」は「雨の慕情」の「憎い、恋しい」を「肉が、おいしい」と歌い、「矢沢えみ吉」は「買ってくえHa~Ha! 焼いてくえHa~Ha!」。しっかり店の宣伝を折り込む。

「小池はまゆり子」の記者会見のパロディーは、お得意のフリップで、「NO!密閉」から「密屁(ぺ)、すかしっ屁、握りっ屁も危険です」……。「レディーババ」は、凝った衣装で、店員らをバックダンサーに、キレキレの踊りを披露する。

レディーババ
レディーババ

「優等生はいない、個性が第一」

金子さんのプロデューサー役は、精肉店の経営者・上神田敬二さん(49)。それまでも、クリスマスはサンタさんの帽子をかぶったり、ひなまつりでは、おひなさまの化粧をしたりと、プチコスプレを店全体でしていた。それが、「ふだいまつり」もあるし、「恵美ちゃん」の病気を吹き飛ばすために、「やろうやろう」とみんなで盛り上がった。

キャラクター名や、替え歌などは、店員や近所の商店主と夜な夜な考えた。「この店を村のパワースポットにしたい」と、金子さんのコスプレ写真をあしらったのぼりを作った。

金子恵美子さん(左)ののぼりも作った、上神田敬二さん(右)
金子恵美子さん(左)ののぼりも作った、上神田敬二さん(右)

上神田さんは金子さんと気があった。東京で料理人になったが、村に呼び戻されて、兄の経営していた飲食店の立て直しを頼まれる。色んな企画を成功させて繁盛させたと思ったら、今度は父や姉が切り盛りしていた家業の精肉店を任された。

しかし、姉は病気になり、父も無気力だった。上神田さんが、自家製の焼き肉のたれを開発して売りだそうとしたら、周囲は「人口が減るばかりの村で売っても」と反対した。ただ一人、金子さんだけが「面白い。やろうよ」と背中を押してくれた。

たれはヒットして、店の売り上げは8割増えた。コロナ禍で外食用に卸す肉は激減したが、上神田さんの意欲と金子さんの人気で、来店者が増え、売り上げは落ちなかった。決められた作業が苦手で、体調を崩して休む日もしばしばの金子さんだが「この田舎町には優等生はいない。個性が第一」と上神田さんは言う。

SNSなどで知った、同じがんと闘う人たちも県内外から会いに来ては、「元気をもらった」と笑顔で帰って行った。

やせろ亜紀
やせろ亜紀

「よし、錦鯉だ」

そんな昨年末、金子さんは視野に異常を感じた。「治療費を負担に感じて通院の足が遠のいていた」間にがんは脳に転移していた。

今年1月から1カ月入院した。また「死んだほうが楽だ」と思うような放射線治療をした。髪の毛が全部抜けてしまった。

「よし。次は5月に錦鯉だ」。そのつらさを笑わせるパワーに向けた。


5月、閉店後に上神田さんや店員、近所の商店主らが集まってネタを考えた。

 「コンブにちわー」
 「こんにちわだろ」
 「普代のコンブが大好きなんだよね」
 「食べてたら、髪の毛もっと生えるだろ」

近くの食料品店主が協力して、つっこみ役をした。

金子さんはまだ店に立ち続けるほど体力が戻らない。夜中に上神田さんと動画を撮ってユーチューブに流した。誰も編集のやり方がわからないので、1本撮りで何度もやり直した。私が取材に行ったその日は、私のために、衣装を着て、久々に店に顔を出してくれたのだった。

しばらくは抗がん剤治療を続け、老いた父の介護もあって店には復帰できないが、「特売日とかに半日でもやらないか」と上神田さんに声をかけられ、金子さんは元気に言った。

「薬の副作用で体がむくんでるから、次はマツコ・デトックスだ!」

25日の商店街のイベント「ジョイフルデー」に登場する。恵美ちゃんと、その仲間たちは、前しか向いていない。

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