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寄付額「3333円」の輪 ウマ娘効果、引退馬の受け入れ、広がる支援
「どうして馬は最後まで…」への答え
「寄付がどう使われていくかは、誠意をもって伝えていきたいです」
引退した競走馬を支援する認定NPO法人「引退馬協会」代表理事の沼田恭子さんは、昨年6月の取材にこう答えました。寄付とは、4~5月にあったナイスネイチャのバースデードネーションです。流行語大賞にもノミネートされたスマホゲーム「ウマ娘」の効果もあり、目標の18倍となる3582万9730円を集めました。あれから半年が経ちましたが、協会はすでに12頭(予定含む)を受け入れ、支援の裾野を着実に広げています。
昨年12月、協会の事務所を兼ねる千葉県香取市の乗馬クラブ「イグレット」を訪ねると、クラブの運営もしている沼田さんが厩舎へと案内してくれました。
引退馬や乗馬用の馬たちが並ぶ一角にいたのは、2007年のクイーンSで重賞勝ちをしたアサヒライジングです。
「競走馬だったから、にんじんやりんごよりも干し草をよく食べるんですよ」
沼田さんの言葉通り、馬房に運ばれた草を勢いよく食べるアサヒライジング。北海道で繁殖牝馬としての役目を終え、ドネーションによる受け入れ馬として、鹿児島県湧水町にある養老牧場「ホーストラスト」で余生を過ごすことが決まりました。
反対の馬房には、同じくホーストラストへ向かうためイグレットで待機していたサマーナイトシティがいました。自身に重賞勝ちはないものの、GIのマイルCS(2012年)を制したサダムパテックや、ヴィクトリアマイル(2018年)を制したジュールポレールを輩出した牝馬です。
「サマーナイトシティは、前年の時点で繋養先から『受け入れてもらえないか』という打診がありました」と沼田さん。バースデードネーションは、誕生日プレゼントの代わりに寄付を募るキャンペーンですが、その使い道として掲げている引退馬の受け入れを「重賞勝ちした馬」から「産駒が重賞を勝ったことのある馬」にまで広げ、支援が実現しました。※取材後、アサヒライジングとサマーナイトシティはホーストラストへの移動を完了。
協会が新たに支援をするのは、この2頭だけではありません。年の瀬も押し迫った12月24日にはダノンシャーク(2014年マイルCS勝利)を12頭目として受け入れる見込みであることを発表しました。ドネーション前までに所有していた引退馬(19頭)の3分の2近くが半年で増えた計算になります。
2006、2008年のダービー(G1)をそれぞれ制したメイショウサムソン、ディープスカイの2頭やオースミコスモ、クレスコグランドなどの重賞勝利馬に加えて、サマーナイトシティのように繁殖で活躍した馬も入った多様な顔ぶれです。
ホーストラストに移る馬のほか、北海道にとどまるメイショウサムソン、ディープスカイなど、暮らす場所は馬によって異なりますが、預託料など必要な費用は協会が責任をもって担います。
これまで管理していた牧場からは「協会が受け入れをしてくれるので、自分のところではその分、別の馬の面倒を見ることができる」といった声もあったといいます。沼田さんは「ウマ娘の影響もあって、大きなお金が集まったおかげです」と寄付をした1万6296人への感謝を改めて口にしました。
馬1頭を繋養するにはえさ代や人件費、場所の確保などで毎月数万円がかかり、「役目を終えた馬たちをすべて養い続けるのは困難」(JRA)と処分されることも少なくない引退馬たち。それでも、会員の支援を受けて協会が養っているナイスネイチャのように「おだやかな余生を一頭でも多くの引退馬に過ごしてほしい」とバースデードネーションは2017年に始まりました。
異例の反響となったのが、33歳の誕生日である4月16日に合わせて実施された昨年のドネーションです。前年の実績などから設定した200万円は募集を開始した日に達成し、最終的に3582万9730円が集まりました。
ここに一役買ったのが、昨年2月にゲーム配信が始まったウマ娘でした。競走馬を擬人化したストーリーには、ナイスネイチャも登場します。ドネーションのサイトには「ウマ娘を通じて取り組みを知りました」「リアルのネイチャさんもゲームのネイチャさんもどちらも応援しています!」といった支援者のコメントが寄せられました
サイトを運営する寄付プラットフォーム「Syncable」は昨年の取材に「『ナイスネイチャの誕生日をお祝いする。そのアクションが他の引退馬の支援にもつながっている』というシンプルなメッセージが、初めて寄付をする人たちの敷居を下げた」とコメント。引退馬の環境改善へ地道に、誠実に取り組んでいる協会の姿勢も支持につながったと分析しました。
その姿勢は、この半年間も変わっていませんでした。それが現れたのが、10月末にアナウンスされた新規受け入れの一時休止です。
協会は今回、手数料や不測の事態へのプール金を除いた、寄付総額の約6割を受け入れ費用に充てています。ただ、この資金は終のすみかへ移るための経費や当座の預託料までしか見込んでおりません。
馬を一生かけてサポートしていくには、別の仕組みが必要です。協会では、会費を含め月額3千円から引退馬の「里親」になれるフォスターペアレント制度を導入しています。今回のドネーションで受け入れた馬も対象です。頭数だけ増えて十分に養えないという事態にならぬよう、寄付金の余裕はまだありつつも、受け入れのペースを落としたそうです。
資金面を精査し、現在は5頭を上限として、受け入れ馬の募集を再開しています。ダノンシャークはその一頭です。制度への申し込みが順調なほかに、再開のめどが立った理由にあったのが「継続寄付」の存在でした。
ドネーションが終わってもSyncableを通じた寄付が続き、現在も月に40万円ほどの入金があるといいます。それぞれの寄付額は3000円や3333円が多く、「ナイスネイチャが有馬記念で3年連続3着だったことにちなんでもらっているのかもしれません」と沼田さんは話します。
こうした状況を協会はつぶさに、ドネーションの活動報告ページに掲載しています。さらにSNSでの発信や、協会のホームページでは月に1~2回のペースで引退馬たちの近況をスタッフが報告。「頭数が増えた分、負担もありますが、支援者たちの思いに応えていきたい」と活動の根幹に据えています。
【バースデードネーション特設サイトをホームページ内に開設!】
— 引退馬協会 (@rhainfo) October 15, 2021
ナイスネイチャの誕生日に合わせて毎年開催している「ナイスネイチャ・バースデードネーション」の特設サイトをホームページ内に開設し、過去5年間のご支援状況等を一覧でご覧いただけるようになりました。https://t.co/2yHFKZ53Qw
ドネーション後は、支援者がイグレットを訪れ、引退馬を見学することも増えたそうです。「ウマ娘をきっかけに興味を持ちましたが、実際の馬も良いですね」という感想があったり、会員になってもらったり。「馬と身近に接してもらいながら、引退した馬のこれからを考えてもらえました」と支援の輪が広がった年だったと沼田さんは実感しています。
「どうして馬は最後まで生きることができないのか」
夫が亡くなった後、乗馬クラブの運営を引き継いだ沼田さんが引退馬をめぐる状況に疑問を持ち、協会の前身となる組織を立ち上げたのが25年前。ナイスネイチャを「広報部長」に、直接・間接の支援と啓発活動の両輪で続けてきました。
近年はJRAが「引退競走馬に関する検討委員会」を設けたり、民間でも支援活動をする組織が増えたりと、「取り巻く環境は少しずつ良くなっていると感じます」と沼田さん。「何らかの形で関わってくれる人が増えるほど、私たちもまだ手の届いていない馬たちを支えることができます」と関心を持つ人がさらに増えることを願っています。
今年34歳になるナイスネイチャは人間でいうと、100歳近くにあたるといいます。北海道の牧場で、多くの人のサポートを受けながら暮らすナイスネイチャ。春には、6回目のバースデードネーションが開かれる予定です。
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2021年のナイスネイチャ・バースデードネーションによる受け入れ馬(2022年1月7日時点、予定を含む)=マンダララ、サマーナイトシティ、ディープスカイ、タイキポーラ、ノボキッス、アサヒライジング、オースミコスモ、エスワンスペクター、バトルプラン、メイショウサムソン、クレスコグランド、ダノンシャーク
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