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エリートビジネスマンが選んだ写真の道 山本耀司から依頼される実力
起業したオンライン撮影学習サービス、2万人が利用
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起業したオンライン撮影学習サービス、2万人が利用
エリートビジネスマンとして順調に出世していた武井宏員さん(38)が、そのキャリアを捨てて選んだのは写真学習ビジネスの道でした。30歳で始めた写真は、SNSで注目され、今では山本耀司事務所からオファーが来るまでに。同時に取り組んだオンラインの写真学習サービス「CURBON」には現在、2万人の会員がいます。スマホとSNSが普及した現代。学び方も撮り方も、かつての「大御所写真家」とは違う、しなやかな写真の極め方について聞きました。
生まれは大阪。父親の転勤で7歳から米国で育った武井さん。アトランタ、オハイオ、サンフランシスコなど米国内を転々とします。
ペンシルベニア州立大学で経営学を学んだ後は製薬大手「ジョンソン・エンド・ジョンソン」に就職。転職先の菓子製造「ネスレ」ではアイスクリーム部門の戦略担当を任され、朝昼晩とアイスを口にしては世に受ける味を日々追求していました。
「10キロは太りましたね。仕事オンリーの生活でした」と笑顔で振り返ります。
3社目となる化粧品会社「エスティローダー」でも仕事一筋の生活。出張につぐ出張の日々でした。
アジア地域の流通担当になった武井さんは、ソウル、シンガポール、バリなどアジア各国を飛び回ります。年間15万マイルを飛行機で移動。20代の武井さんは「バリバリのビジネスマン」として年の半分以上をホテルで暮らす生活を送っていました。
写真に興味を持ち始めたのは30歳になってから。社内の至る所に張られている化粧品のポスターを眺めるうちに自然に写真に興味を持ち始めたといいます。
本社があるNY・マンハッタンでどこか学べる場所はないか。ネットで最初に見つかった撮影会に応募。買ったばかりのキャノンの「EOSKissデジタル」を片手にのぞみました。
気軽に申し込んだ講座は実は超実践的なものでした。スタジオで大型ストロボを何灯も駆使して、現役のファッションモデルにコントラスト強めの光をあてていきます。いわゆる「ビューティーフォト」を学ぶ現場でした。
「今思えば全然初心者むけではなかったです」と笑って振り返ります。「すぐのめり込むタイプ」と自認する武井さん。ブルックリンに共用スタジオを借り、約100万円を投資してカメラや照明機材を揃えます。
またダメ元でSNSを通じてひたすら現役のモデルに声をかけ続けました。「10人に声かけて1人が反応してくれれば上出来です」。
最初は撮影料を払ってお願いしていましたが、経験を重ねていくうちに腕が磨かれていき、モデル事務所からお願いされることも増えていきました。
32歳の時、東京支社へ異動しました。写真は続けようと思っていました。当時、日本のSNSや雑誌で主流だったのはハイキー(光が全体的にまわった表現)でコントラスト弱めの写真。モデルは柔らかい自然光に包まれていました。米国で触れていたコントラスト強めの世界観とは全く別物でした。
「どうやって撮るんだろう」。早速SNSで活躍する写真家に連絡をとり教えを請いました。ただどの写真家も「教えるほどでもないです」と遠慮がちに断られました。
「写真家に直接学べる場が欲しい」。カメラや三脚の使い方を学ぶ写真教室はカルチャーセンターにはたくさんありました。ただ、一線で活躍している写真家の感性や哲学を学ぶ場はほとんどなかったと言います。武井さんは、自分で学べる環境を造りだすしかないと模索を始めます。
50人ほどの写真家に声を掛けるなか、高橋伸哉さんと相武えつこさんが、写真家と学ぶ場を創造する趣旨に賛同してくれました。
会社員生活と平行し、2人の協力を得ながら、4カ月かけてネットでも学べるEラーニング教材を完成させました。
写真学習のビジネス立ち上げに熱が入り始めるなか、本業で米国本社での研修に呼ばれました。集まったのは全世界で上位人の幹部たち。武井さんは順調に出世を果たしていました。
研修の冒頭、創業家のウィリアム・ローダー会長がげきをとばします。「好きだと思える事をすぐにでも行動に移せ」。
社内での新規事業を促すための会長の言葉は、写真を学ぶビジネスに本格的に挑戦しようとしていた武井さんの背中を強く押します。
研修から4カ月後の18年3月に退社。「CURBON」を法人化させて写真学習のビジネスを始めました。思いを込めて仕込んだ教材は、初日で500人の会員獲得するなど好評でした。初日で150万円を売り上げるなど、順調な船出でした。
現在は約2万人の会員に。講師は40人以上を抱えます。Eラーニングのほか、実際に写真家と一緒に遠出して、撮り方や編集の仕方を直接学べる講座も好評です。
会員の中心は学生から20代です。写真の始めたばかりの人も多いそうです。
「かつて自分が悩んでいた写真に触れる環境。少しずつ提供できている」と手応えを感じています。
ゆくゆくは写真を仕事にしたい人と写真撮影を依頼する企業との橋渡しになるようなシステムを構築するのが夢です。
写真家としても活躍する武井さん。今年3月、ファッションデザイナーの山本耀司さんの事務所の目にとまりました。きっかけはSNSでした。
このほかコンビニや眼鏡メーカーなど広告写真への依頼が続いています
カメラやレンズメーカーが「旧来」の写真家ではなくSNS出身の写真家へ期待する傾向は年々強まっています。
圧倒的なフォロワー数などを背景にした広告効果への期待もありますが、作品性がユーザーに支持されている証でもあります。
新聞社のカメラマンである私が使用しているカメラのメーカーのホームページに並ぶ写真家・映像作家たち。そこにはかつて隆盛を極めた老舗カメラ雑誌に登場する大御所の写真家は1人もいません。
写真・映像に限らず記事など情報を扱う新聞社の一社員として、旧来の表現方法に固執していないか、気付かされる取材でした。
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