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「見ちゃダメよ」障害ある妹への言葉に…人気YouTuber葉一さんの葛藤

「まず知ってほしい、そして普通に接して」

障害のある妹への思いを語る葉一さん
障害のある妹への思いを語る葉一さん

目次

チャンネル登録者数136万人、教育系YouTuberのパイオニア・葉一さん。実は妹さんが知的障害と発達障害、身体障害があります。「家族に障害があっても、普通に接してくれる人に救われていた」と話す葉一さんに、当事者との向き合い方や家族のサポート方法などを、笑下村塾のたかまつなながYouTube「たかまつななチャンネル」で聞きました。

「見ちゃダメ」。好奇な目を向けられた大切な妹

――過去のインタビューやテレビ番組で、妹さんに障害をあることを知りました。妹さんにはどういう障害があるんですか?

葉一:知的障害と発達障害。そして身体障害があります。僕の2つ下で今34歳なんですけど、「リモコン取って」と言ったら理解して取ってくれますけど、基本的に日常会話は全くできない状態です。だから学生時代は、学校内にある特別支援学級ではなく、養護学校に通っていました。


――すごいご苦労があったと思うんですが、どういうところが大変でしたか?

葉一:僕自身がというより、間違いなく大変な思いをしたのは両親ですね。ただ、今でも覚えているのは、母と妹と僕の3人で買い物に行った時のこと。障害があるから急に叫び出しちゃったりするんですど、それを見た小さな男の子が「ママ、あの子どうしたの?」と。それでその子のお母さんは「見ちゃダメよ」って言うんですよ。妹が叫ぶなんてこと、僕としては当たり前だったし、普通のことだったんですけど……。


――ショックですよね。

葉一:そうですね。でも僕より、きっと母の方が辛かっただろうなって思いますね。


――そういう場面に出会った時、母親はなんて言えばいいんですかね?

葉一:答えはわからないんですけど、自分なら「ちょっと大きな声を出したくなっただけだよ」って子どもには言いますね。だけど、「見ちゃダメ」って言葉は、けっこうたくさん浴びせられていました。

障害者の妹を恥ずかしいと思ったことも…

――障害のある妹さんがいらっしゃることで、周りに何か言われたり、からかわれたりということは?

葉一:小学生時代、遊んでいた友達は妹が障害者だって知っていたし、からかわれたりはなかったんですけど、どちらかというと僕自身が気を使ってしまっていたかな。友達と遊ぶ時、僕が向こうの家に行くばかりで、うちには呼べなかったり。別に隠したかったわけじゃないんですけど、妹に会った友達をびっくりさせてしまったら悪いと思ってました。


――なるほど。葉一さんは中学時代にいじめにあわれていたとのことですが、その時は妹さんに対してどんな感情だったんでしょうか?

葉一:妹の存在がちょっと恥ずかしいなって思っちゃっていた時期ではありますね。自分がいじめにあって苦しんでいたこともあって、妹と一緒に出かけて叫び出された時、「何やってんだよ」って舌打ちしちゃったり。でも、妹が障害者というのが当たり前の中で生きてるので、障害に対して大きな疑問を抱いたりっていうのはなかったんです。多感な中学生の時に、自分が恥ずかしい思いをしたくないってだけで。


――葉一さんがいじめにあった原因の1つに、妹さんをサポートするために土日を使っていたからとおっしゃってましたが、もし自分が葉一さんだったら妹さんのせいにしちゃうかも。

葉一:もちろん自分はできた人間なんかじゃないので、「こいつさえいなければ」って思った瞬間はありましたよ。だけど、いつも妹に対して思うのは、大切な存在だということ。障害があってもなくても、たった1人の血の繋がった妹なんですよ。だから僕が守ってやりたいとはずっと思ってました。そういう風に学生時代は、ブラックな自分も守りたいと思う自分も、お互いに共存していた感じでしたね。

母が頼ってくれるから、心は満たされていた

――妹さんがいらっしゃることで、ご両親に甘えられないということはあったんですか?

葉一:父が多忙すぎてほとんど家にいなかったんで、母との接点が多いような家庭でした。だけど妹にばかり構うからって、僕自身は寂しい思いをしたことはなくて。というのも、母が自分のことを頼ってくれているのはわかっていたし、僕のことが大好きだということは伝わっていたんで、甘えたい・構って欲しいっていう思いは常に満たされていたような気がします。ただ、母が期待するような、頼れるお兄ちゃんでいなければいけないとは思ってましたけど。


――妹さんについて、お母さまにはなんて言われてたんですか?

葉一:「守ってあげてね」とはずっと言われてましたね。そんなこともあって、僕も妹を守ることが自分の役割だとは思ってました。反抗期もなかったんで、そう自然と受け止めてましたね。


――お母さまにこうして欲しかったという思いは?

葉一:実はそんなにないんです。あえて不満をいうなら、母の愚痴のはけ口になっていたことくらいかな。自分がそれを受け止める役割だということは自覚していましたが、誰かが人の悪口や愚痴を言っているのを聞くのって、そんなに気持ちいいもんじゃないですよね。学校でいじめにあうようになってからは、自分的にキャパオーバーってこともありましたね。とはいえ、当時母も若かっただろうし、妹と自分の面倒をちゃんと見てくれていたんで、相当しんどかったとは思います。


――自分がいじめにあっていたら、人の愚痴を聞く余裕がなくなりそうですね。

葉一:そうですね。母にはいじめにあっているという相談もできなかったんですけど、「学校を休みたい」と言うと、何も理由を聞かずに休ませてくれてたんですよ。むしろ、「仕事休みだから一緒にごはん食べに行こう」なんて言ってくれるような親で。いじめにあってることを察知していた訳ではないんですが、いろいろ疲れて学校に行きたくないんだなって思ってくれたのかもしれませんね。「理由を聞くのは野暮。話したくなった時は受け止める」と。その辺は自分の考えと似ていますね。


――今、妹さんとはどういうご関係なんですか?

葉一:今は別々に住んでいるので、両親に任せちゃっている部分が大きいですね。それに妹、超パパっ子なんですよ。父は仕事が変わって時間に余裕ができたので、それ以降は妹と接点が持てていると思います。だけどやっぱり妹ってかわいいんですよ。たまに会いに行くと、わーってお互い盛り上がります。


――一緒に遊んだり?

葉一:遊ぶと言うほどでもないんですけど、妹は好きなものに固執しがちなので、同じ本を読み続けたりするんですよね。僕はそれをニヤニヤしてみているぐらい。「変わらないね」って言って。


――素敵なお兄さんですね。

葉一:いえ、全然です。若い頃は、周りの兄弟をうらやんだりしましたし。兄妹で恋愛の話をしていたり、ゲームをしてケンカしたという話を聞いたら、いいなぁって思ってました。兄弟とケンカした友達が「姉ちゃんなんかいなきゃいいのに」なんて愚痴をこぼした時なんかは、内心めちゃくちゃキレてましたからね(笑)。こっちはケンカしたくてもコミュニケーションすらうまく取れないのにって。でも結局行き着くのは、僕のかわいい妹という存在の大切さでした。他の兄弟をうらやましがっても、着地点はいつもここでした。

障害者の家族でも、普通に接してほしい

――周りの人たちはどう接したらいいんでしょうか?

葉一:これも難しいところがあって、周りが良かれと思ってやったことが、当事者の負担になってしまうパターンもあるんですよね。なので当事者の家族の立場で言わせていただくと、普通に接してほしいってことかな。障害のある妹、そして僕たち家族にも、普通に接してくれることが救いになることが多かったです。例えば「一緒にキャンプ行こうよ」って家族ぐるみで仲良くしてくれたことが、けっこう嬉しかったですね。僕たちも障害者の家族がいることが、心のどこかで普通じゃないなんて思っていたりするんです。だから余計に普通に接してくれることが、小さな喜びにつながっていたんだと思います。


――親の立場だと、我が子が障害のある方に対して失礼なことを言わないかと戸惑う部分もあると思いますが、むしろ気を使わないでほしいですか?

葉一:僕はそっちの方が楽ですね。うちの息子にも常日頃から伝えているんですが、世の中にはいろいろな人がいると。いい人ばかりじゃないという意味合いもありますが、障害のある方もいるってことをわかってほしいし、そういう多様性を受け入れてどんな人に対してもフラットに接せる人間になってほしいんですよ。そんな思いもあって、障害のある方、その家族には、ほかの人と同じように普通に、フラットに接していただけると嬉しいですね。


――葉一さんは息子さんがいらっしゃいますが、お子さんには妹さんのことどう説明されているんですか?

葉一:妹がうちに遊びに来ると、やっぱり息子はびっくりするんですよね。突然叫んだりするから。でもちゃんと1個1個説明します。「障害があってしゃべることができないけど、それも個性なんだよ」「だけど元気に遊んだり、食べたりはできるんだよ」「世の中にはいろんな人が一生懸命生きているんだよ」って。毎回しっかり説明していたら、理解できるようになってきました。少しずつですけどね。


――子どもだからって嘘をついたり、ごまかしてりしないことが大切なのかもしれませんね。

葉一:そうですね。「もし自分の子どもに障害があったら、どういう風に育てる?」と過去に聞かれたことがあるんですけど、僕は今と同じように普通に育てますと答えました。障害のある状態で生まれてきたら、少なからずショックは受けると思います。だけど、妹と育ってきて障害はただの個性でしかないとわかったので、「個性を活かせることはないかな」「多様な生き方ができる社会だから、何かあるはず」と、その子のために何か希望を見いだせると思うんです。障害があるけど、この子と楽しく生きていくことはできるという自信があるんですよ。もちろん、これは僕の考えなので強要はできませんが、そういう視点もあるとお伝えしておきたいです。

障害者と家族が生きやすい世の中に

――障害のある方のご家族のサポートについて、どう思われますか?

葉一:障害者がいる家族って一般家庭のようには生きていけないですし、どうしても何かしらの制約・制限は必ず入ると思っています。だから当の本人だけでなく障害者の家族も、制度の整わない現状の日本では生きにくいですよね。ご家族の中には、障害のある家族のことが心配だという人もたくさんおられるとでしょう。

ただ、これだけ生き方が多様化している世の中なので、何かしらの形で輝けるし、いろんな生き方はあるとは思うんですよ。うまくいえないですけど、障害をがあっても一人の人間なんですよね。生きているだけで大きな価値があるから、そこにただ存在してくれるだけでいい。そういう理解や解釈が家族の中に、世界の人々の中の認識として広がったらいいなって。でもこういった考えが持てるのは、やっぱりある程度の余裕が必要だと思いますね。


――社会的なサポートが必要?

葉一:現在、制度自体がそんなに確立されているわけではないので、障害者の方を預ける施設もそうですけど、どうしても現場任せになっているのが実情かなと。だからもうちょっと制度が確立させて、もし何かあった場合に障害のある家族を任せられるような場所があったら、当事者の家族としても安心できるのではないかと思います。


――万が一、困った場合は頼れるなら頼るべき?

葉一:頼れる選択肢があるのであれば、然るべき場所や制度に頼るべきだと。絶対に一人で抱えなきゃいけない問題ではないと思うんです。今、子育ては母親の責任だとかっていう考えがまだ残っていますが、そんなことは決してないです。子どもは社会全体で育てるべきだし、いろんな人の手を借りて育てることで、子どもたちにとっても間違いなくプラスに働く。そういう社会でありたいし、むしろあるべきです。当事者の家族の方にもそんな風に、社会に頼ってもらえたらいいですね。


――最後にお伺いしたいのですが、障害がある方に対して私たちができることってあるんでしょうか。

葉一:ぱっと思いつくものが2つ。まず1つは、知ろうとしてほしいです。障害者って大きなひとくくりにされがちなんですが、その中にはいろんな人がいらっしゃいます。例えばうちの妹のように、スーパーで叫んじゃったりと癇癪(かんしゃく)を起こしちゃう人。そういう人がいることを知っていれば、その状況やその人自体も理解できるじゃないですか。でもそれを知らないから、変な人っていう偏見を抱いてしまう。これだけ知識を得ることが容易な時代になったので、まずは知ろうとしてほしいですね。

2つ目は、やっぱり普通に接してほしいということ。障害があってもなくても、一人の人間なんだっていう認識を持っていただきたいです。何かしなきゃいけない、何かしてあげなきゃいけないってよりも、普通に接してくれることが救いになる方もいらっしゃる。そんな風に少しでも知り、理解を深めていただけたら嬉しいですね。


――障害がある方、そして周りのご家族のことって、なかなか話しにくいのが実情だと思いますが、葉一さんのお話を通して障害を抱える方への理解と認知を広められると感じました。葉一さん、今日はありがとうございました。

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