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「8時半までが勝負」双子2組との格闘、多胎育児の現場に密着

「もっと情報があれば…」喜びと大変さ

絵理さんに甘える弟2人=2021年2月19日、和歌山県内、藤野隆晃撮影
絵理さんに甘える弟2人=2021年2月19日、和歌山県内、藤野隆晃撮影 出典: 朝日新聞

目次

同時に複数の子どもたちの相手をしないといけない、双子や三つ子たちの子育て。親の負担が重いといわれている「多胎育児」の家庭では、どんな一日を過ごしているのでしょう? 実際にその一日を体験することで、日常の中にある大変さだけでなく、喜びも伝えられたら……。そう考えた記者(26)は2月中旬、4歳と1歳10カ月の双子2組を育てている和歌山県内の橘絵理さん(33)の一家を訪ねました。

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「朝からこんなに元気なのか」

【AM8:00過ぎ】
玄関のドアが開き、絵理さんが出迎えてくれた。「この人、だあれ?」。そんな不思議そうな顔をして2組の双子が現れた。年上の双子は女の子、年下の双子は男の子で、特に男の子2人は顔立ちがよく似ている。「今日は一日よろしくね」とあいさつして取材が始まった。

【AM8:10】
「8時半までが勝負なんです」と絵理さん。女の子2人を自宅から歩いて約5分の幼稚園まで送るため、午前8時半に男の子2人を連れて自宅を出るのが日課だ。歯磨きや着替えなどで慌ただしく時間が過ぎる。夫の陽介さん(32)はすでに出勤しており、絵理さんひとりで4人の面倒を見る。

すると、男の子2人がタオルを持ってキッチンとリビングを行ったり来たり。次第にヒートアップし、きょうだい4人がもつれ合って走り回り、「朝からこんなに元気なのか」と驚いた。

【AM8:35】
家を出て、幼稚園へ。通園ルートは車がやっとすれ違えるほどの道幅で、車の通行量も多い。まだ歩くのもおぼつかない男の子2人に少しハラハラしてしまう。

【AM8:50】
幼稚園から帰宅。自宅前のスペースで、男の子1人を絵理さんが抱っこすると、もう1人から「だっこ」とせがまれた。体重は10キロほどだが、不慣れのため、バランスを崩して落っことさないか心配になる。実際の体重以上に重く感じた。

【AM9:30】
帰宅してしばらくすると、絵理さんは昼食と夕飯の準備を始めた。午後は幼稚園に迎えに行ったあと、きょうだい4人の相手で余裕がなくなるため、できる限り午前中に料理を仕込んでおくのだという。調理する間、男の子2人は絵本の取り合いをしたり、走り回ったり。キッチンでは包丁や火を使っているため、近くに寄ってくると作業を止めて2人の相手をする。「中断すると、何をやっていたか、忘れるんですよね」と苦笑いした。

【AM10:05】
2人が大好きなアニメーション映画「トイ・ストーリー」を見せるため、テレビをつける。2人のお気に入りは「バズ・ライトイヤー」というキャラクターで、画面に現れるたびに「バジュ」と口にするのがかわいい。
一緒に絵本を読む絵理さんと双子の弟=2021年2月19日、和歌山県内、藤野隆晃撮影
一緒に絵本を読む絵理さんと双子の弟=2021年2月19日、和歌山県内、藤野隆晃撮影 出典: 朝日新聞

「粘りの30分」からの昼食

【AM10:25】
指をくわえだすと「おねむ」のサイン。「粘りの30分です」と絵理さん。ここで眠らせると、昼寝ができずに夕方眠くなって一日のリズムが崩れる。家事が一段落した絵理さんは、ひざの上に2人を乗せて話しかけていた。

【AM10:45】
散らかっていたおもちゃを2人で協力して片付ける。何度も言われなくとも片付けができるとはすごい、と感心。

【AM11:00】
昼食。「集中しているのは5分くらい」という絵理さんの言葉どおり、約5分経つといすに座っていられなくなり、机の下にもぐりこんだり、絵理さんのお皿に手を出そうとしたり。フォークやスプーンをまだ上手に使えず、時折手づかみになり、食べ残しが机や床に散らばっていた。

【AM11:30】
ご飯でエネルギーを得た2人は、お気に入りのタオルを持ってリビングとキッチンを走り回る。「えへへ」「うーっっ」と楽しそう。引き出しを開けたり、2人でおもちゃを取り合ったり、次から次へとやることが変化していく。

【PM0:20】
再び、うとうとし始めた2人。静かに見守りながら、眠るのを待っていると、寝息をたて始めた。朝から休憩なしだった絵理さんもようやく一息つける時間だ。「『やっと』って感じ」

幼い子ども、しかも双子相手の取材で気を張っていた記者も、少し肩の力を抜くことができた。
おもちゃで遊ぶ弟2人=2021年2月19日、和歌山県内、藤野隆晃撮影
おもちゃで遊ぶ弟2人=2021年2月19日、和歌山県内、藤野隆晃撮影 出典: 朝日新聞

多胎育児の大変さ

【PM0:40】
ゆっくりと話せる時間がやって来たので、「双子の子育て、どんなところが大変ですか?」とたずねると「(面倒を見る人が)1人しかいないときは、みんなの訴えに応えられないのが大変。やることが多く、倍以上の時間がかかってしまうところかな」と絵理さん。
2018年1月には、愛知県で三つ子の育児中の親が次男(当時11カ月)を畳にたたきつけて死亡させたという事件もあった。絵理さんは、「人ごとじゃない」と感じたという。

絵理さんも、弟2人が生まれた後、産後うつになった。子ども4人が近寄ると、迫ってくるように感じて怖くなり、それが時折フラッシュバックのように襲ってきて、夜、一睡もできなくなった。すぐに病院を受診したことで回復できたが、「まさか自分がそうなるとは」と思った。

振り返ると「掃除や食事作りは朝にする」といった、自分で決めたルールに縛られていた。

「『自分が頑張らなあかん』って必死になっていた。それができないと、ダメな自分、ダメなお母さんと思った」。産後うつを経験してからは、自分のことも大切にするようにした。「掃除が少しできなくても死なへん。ご飯買ってもええかって」。そうすることで気持ちに余裕ができた。

もちろん、4人を育てることの喜びもある。「仲良く遊んでいるところを見たり、一緒にできることが増えていったりとか。もちろん言葉を覚えていくといった、1人の子育てで感じるような喜びもありますね」。街中を歩いていて、「双子ちゃんかわいいね」と声をかけられることもあるという。

【PM1:40】
「バジュ?」。男の子の1人が目を覚ました。テレビを指さし、「トイ・ストーリー」が終わったことに不満げ。ぐずっていると、もう1人の男の子も目覚めた。2人はぐずったまま、絵理さんに甘えていた。

2人を優しく、いとおしそうに見つめる絵理さん。そんな絵理さんの姿と、絵理さんが語った産後うつの苦しさのギャップに、記者は戸惑った。こんなに子どもを大切に思っていても、子どもと接することに苦しむのか、と。精神的に追い込まれ、深みに入っていく産後うつの過酷さを思った。
タオルを持って走り回る弟2人=2021年2月19日、和歌山県内、藤野隆晃撮影
タオルを持って走り回る弟2人=2021年2月19日、和歌山県内、藤野隆晃撮影 出典: 朝日新聞

双子の姉も帰宅、おんぶ攻勢

【PM2:30】
女の子2人を迎えに幼稚園へ。

【PM3:00】
帰宅後、おやつを食べる。ジュースとおやつに興奮気味の4人。さっきまで寝ぼけてぐずり気味だった男の子2人も、元気を取り戻した。

【PM3:20】
男の子2人はかなり記者に慣れたようで、おんぶをおねだりしてくる。どちらかだけというわけにはいかないので、1人おんぶして少ししたら、もう1人をおんぶ。休む間はなく、上げ下ろしはスクワットのよう。太ももに負荷がかかっていることを感じた。

男の子たちは楽しそうに「あっち」「あっち」と進む方向を指示する。普段は触れない電気のスイッチや、冷蔵庫にくっついている磁石を触りたいらしい。腰やひざを曲げて、男の子たちが触りやすいように気を使う。直立しているよりも疲労感があり、4回、5回と繰り返すうちに「何回続くのだろう」と、心の中で思ってしまい、自己嫌悪に陥った。

女の子2人は、同じ部屋でぬり絵をしていた。つい男の子2人の面倒を見る時間が長くなってしまうが、女の子2人にも話しかける。少し恥ずかしそうだったけど、話しかけられることは嫌ではないようだった。きょうだい全員にまんべんなく気を配る難しさを感じた。

【PM4:00】
4人でぬり絵をする。男の子は早速表紙を破った。夕方になってもエネルギーは衰えない。

【PM4:30】
取材が終わる時間だ。絵理さんをはじめ、4人のきょうだいに「ありがとう」と伝えた。最後は手をタッチして送ってくれた子どもたち。突然の訪問にもかかわらず、快く受け入れてくれたことに心から感謝しながら、橘家を後にした。

※年齢はすべて取材時のもの
おやつを食べる双子たちと家事をする絵理さん=2021年2月19日、和歌山県内、藤野隆晃撮影
おやつを食べる双子たちと家事をする絵理さん=2021年2月19日、和歌山県内、藤野隆晃撮影 出典: 朝日新聞

気を配る先が複数、負担感は倍以上

たった半日の取材。それでも、橘家からの帰路で記者が感じたのは肉体的、精神的な疲労だった。重さ約10キロとはいえ、上げ下げをすれば負担がかかる。翌日は全身筋肉痛になった。また、ケガはしないか、ヤケドはしないか、嫌だと感じていることはないかと気を張るうちに、精神的な負担もかかる。気を配る先が複数となると、負担感は倍以上だと感じた。

一方、絵理さんが話す多胎育児の喜びも実感した。双子というほぼ対等な2人が、協力して何かを成し遂げる。おもちゃの片付けなど、ほんのささいなことかもしれないが、協調性を育んでいる様子を見ると、ほほえまずにはいられなかった。疲労感と充足感を抱いた取材後だった。

絵理さんによると、普段は午後5時ごろから夕食を食べ、その後に風呂や身支度をして8時過ぎに寝る。絵理さんの両親が夕方から手伝いに来ることも多いという。夫の陽介さんは、平日の帰宅時間が遅いため、休日を中心に育児にかかわる。

後日の取材に「一度に泣き出すと妻と2人でも手が回らない瞬間がある。外出先では、子ども4人が別々に動き出すこともあり、目が離せない」と苦労について答えた。一方、喜びについては「いつも4人で遊んだり、ケンカしたり、にぎやかに過ごしている様子を見られる」ことを挙げた。

多胎育児の割合は100人の妊婦に1人程度のため、周囲とその負担感を共有しにくいことや、出産前に産後の生活を理解しにくいという課題がある。絵理さんは「妊娠中から『双子の子育てって実際どうなんやろ』というのを知ることができれば、想像して赤ちゃんを迎えられる。もっと情報があれば助かる」と話した。

塗り絵を楽しむきょうだい4人=2021年2月19日、和歌山県内、藤野隆晃撮影
塗り絵を楽しむきょうだい4人=2021年2月19日、和歌山県内、藤野隆晃撮影 出典: 朝日新聞

「孤独感や孤立感を抱きやすい」

多胎育児を巡っては今年の3月、国会の「超党派パパママ議員連盟」と、全国各地の多胎育児家庭がオンラインでつながり、普段の育児の難しさや、コロナ禍での課題を共有した。

日本多胎支援協会の代表理事を務める、十文字学園女子大学の布施晴美教授は「身近に多胎育児経験者がおらず、孤独感や孤立感を抱きやすいといった負担がある。同時泣き、複数人の入浴など、一般の育児書通りにはいかないため、難易度も高い」と特徴を挙げる。

出産前からの情報共有の重要性を指摘し、「多胎育児経験者との交流や、周囲からの家事育児支援が大切。多胎プレパパママ教室の開催などを通じて先輩家庭や行政とつながり、困ったときに頼れる存在を確認することで安心につながる」としている。

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