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なぜ?鍵盤六つのトイピアノ 芸大生は言った「指点字を飛ばしたい」

東京芸術大の卒展で展示された鍵盤が六つだけのトイピアノ
東京芸術大の卒展で展示された鍵盤が六つだけのトイピアノ

目次

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2月はじめまで開かれていた東京芸術大学の卒業制作展。会場のひとつだった東京都美術館を訪れると、かわいらしいベルのような小さな音が聞こえてきました。

吸い寄せられるように音の鳴るほうへ向かうと、そこには一つのトイピアノと、投影される文字やカラフルな円。でも、そのピアノは鍵盤が六つしかありません。どういうことなんでしょう? 作り上げた芸大生に話を聞いてみました。

六つの鍵盤が並ぶトイピアノ
六つの鍵盤が並ぶトイピアノ

作り手は「指点字」の通訳者

制作したのは、先端芸術表現科4年の奥野智萌(おくの・ちほ)さん。作品名は「Finger Braille Piano」といい、日本語に訳すと「指点字ピアノ」となります。

実は、奥野さんは芸大生としてアートを学ぶ傍ら、目が見えず耳が聞こえない盲ろう者を介助する仕事をしており、その経験からできあがった作品だといいます。

トイピアノを弾く奥野智萌さん
トイピアノを弾く奥野智萌さん

そもそも指点字とはなんでしょうか。

目が見えず耳が聞こえない盲ろう者の人はさまざまなコミュニケーション方法を使います。そのうち、通訳者が直接指で盲ろう者の指に点字を打ち情報を伝える方法が指点字で、視覚、聴覚ともにほとんど失った人や、完全に失った人が多く使うそうです。

点字の六つの点を右手(人さし指、中指、薬指)と左手(同)の六つの指に当てる形で認識します。五十音のほか、数字やアルファベットも伝えることができます。

指点字では、50音やアルファベットを指だけで伝えることができる
指点字では、50音やアルファベットを指だけで伝えることができる

奥野さんは、特に身近な人で障がいがある人がいたわけではなく、介助の仕事のきっかけもひょんなことからでした。

指点字に興味がありそうな人がいたら研究室に来てみて――。

盲ろう者で初めて指点字をつかったコミュニケーションをおこなった東京大学先端科学技術研究センターの福島智教授がこう呼びかけていると、大学の友人から聞きました。ピアノ経験者は指点字が上達しやすいと聞き、3歳から10歳までピアノをやっていたこともあり、遊びに行く感覚で研究室に訪れてみました。

そして、指点字に興味を持ち、ひとつひとつ覚えて、そのまま指点字通訳者の仕事をするようになりました。「覚えるのは2週間ぐらいでできたのですが、しゃべるスピードについていくのが最初は大変でした」

「指点字を空中に飛ばしたい」

指点字でコミュニケーションを取っている姿をみても、端から見たらどんな話をしているのかわかりません。指点字を知っていても、早く動かしていれば何を話しているのかわからないほどです。そんなコミュニケーションの場に身を置くうちに、奥野さんはこんな思いがつのってきました。

「指点字を空中に飛ばしたい」

点字は2次元的、指点字も3次元とまではいえない……。そのなかで「空中に飛ばす」、いわゆる3次元の空間にもってくることで、2人だけの世界ではなく、多くの人に思いを伝えられる形にしたいと考えたのです。

試行錯誤の末、トイピアノの音と映像投影によって可視聴化できるようにして、指点字を知らない人を含めて広く伝えられるのではないかと考えました。

鍵盤を叩くと、文字や円が投影される仕組みになっている
鍵盤を叩くと、文字や円が投影される仕組みになっている

日本の中にもいろんなコミュニケーションがあるから

作品作りでは、トイピアノを購入。一度解体し、弾きやすいように大きめな六つの鍵盤を自作しました。

自作の鍵盤で音を出すには、1ミリのズレも許されない精密さが求められたといい、「試しにつくったら、鍵盤のズレで音が出なかったりして大変でした」と話します。また、六つの音は別の音にしたい、でもあまり不協和音にせず聞き心地にもこだわりました。色々な音を試した結果、音は【ラ・ド・ミ・ソ・シ・レ】となりました。

映像投影にも苦労しました。映像表現で使われる「vvvv」というプログラミング言語を用いました。必死にイチから学び、ツイッターで得意な人に教えてもらいながら、音に合わせて表示できるようにしました。

奥野智萌さんの作品「Finger Braille Piano」
奥野智萌さんの作品「Finger Braille Piano」

完成すると、まずは東大の福島教授に体験してもらいました。福島教授は作品に触れ、その意義を問われるとこう言いました。

指点字で会話する福島智教授(左)と母の令子さん。2人がコミュニケーションをとったことがきっかけで、指点字が広まった
指点字で会話する福島智教授(左)と母の令子さん。2人がコミュニケーションをとったことがきっかけで、指点字が広まった 出典: 2017年の朝日新聞京都版より
「いわゆる福祉機器ではないので、盲ろう者含めた障害者が日常生活の中で利用して役に立つタイプのものではない。直接的に役に立つわけではないと言うことが面白いと思います」

「過去30年いろんな人が指点字を応用した機械をつくろうとしたけれども、いずれもそれは福祉機器としての技術としての、機械としての切り口。でもこれは、奥野さんが指点字に出会って盲ろう者とのコミュニケーションを経験する中で感じたことを具体化したアートと思いますので、私は立派な作品だと思います」(奥野さんによるインタビュー動画から要約)

記者が訪れた時には、足を止めて眺める来場者も多く「すごいね」と話している人も少なくありませんでした。

奥野さんも「足を止めてくれる人が多い感じはあるので、耳や目にとまってくれているようだし、空中に飛ばすという思いも成功したのかな」と成果の実感。その上で、「コミュニケーションというと日本語や外国語を考えがちになると思いますが、日本の中にもいろんなコミュニケーション方法がある。こういうものがあるんだと知ってもらえればと思います」と話します。奥野さんは大学院に進学し、これからも作品制作をつづけるそうです。

東京芸術大先端芸術表現科4年の奥野智萌さん
東京芸術大先端芸術表現科4年の奥野智萌さん

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