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「手話でも注文」スタバができるまで…「なぜ裏方?」からの奮起

少ないキャリアアップという〝現実〟への答えは……

東京都国立市、北村玲奈撮影
東京都国立市、北村玲奈撮影

目次

今年6月、国立市にスターバックスコーヒーnonowa(ノノワ)国立店が開店しました。オープンしたばかりの店内には大きなサイネージがあり、受け渡しできる商品が表示されます。このスタバ、主なコミュニケーションの手段は手話です。聴覚障害のあるパートナー(従業員)が中心となって運営する国内初のサイニングストア(手話などのサインを主なコミュニケーションの手段にしたお店)として生まれました。自らも聴覚障害がある筆者が、スタバでは国内初のサイニングストアを訪問。主体的に働けることの大切さと、障害がある人が「普通に」働けるようになるまでの道のりについて考えました。(朝日新聞・平尾勇貴)

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パートナーは全員透明なマスク

オープンしたばかりの新しい店内には聴覚障害のある人とのコミュニケーションのための様々な工夫が凝らされています。

nonowa国立店では注文をするとき、手話でコミュニケーションすることが出来ます。もちろん、手話を使わない人でも分かりやすいように、筆談ツールや指差しで注文を伝えられるメニュー表も準備されています。

筆談用ボードでコミュニケーションを取ることができる(東京都国立市、北村玲奈撮影)
筆談用ボードでコミュニケーションを取ることができる(東京都国立市、北村玲奈撮影)
注文を指さしで伝えられるメニュー表(東京都国立市、北村玲奈撮影)
注文を指さしで伝えられるメニュー表(東京都国立市、北村玲奈撮影)

注文をして支払を済ませた後、通常の店舗では声で呼び出すことが多い商品の受け渡し。この店舗ではデジタルサイネージに注文番号を表示します。視覚で情報を得るための工夫です。

デジタルサイネージに注文番号を表示する(東京都国立市、北村玲奈撮影)
デジタルサイネージに注文番号を表示する(東京都国立市、北村玲奈撮影)

パートナーは全員透明なマスクで、表情がわかりやすくなっています。また、店内の照明を通常より明るくし、カウンターも胸の下まで見える低さに設定されています。

これらはいずれも、手話や指さし、筆談を使ったコミュニケ―ションをスムーズにするための工夫です。

こうした工夫は、nonowa国立店を立ち上げる際、本社が聴覚障害のあるパートナーにインタビューをし、その意見を取り入れることで実現したものだといいます。

(東京都国立市、北村玲奈撮影)
(東京都国立市、北村玲奈撮影)

店内での共通言語は手話

nonowa国立店で働く、23人いるパートナーのうち聴覚障害があるのは18人。ろう者だけでなく、軽度や重度の難聴者など、聞こえ方やアイデンティティ、主に使うコミュニケーション手段はひとりひとり異なっています。

店内での共通言語は手話。お客さんとのやり取りはもちろん、パートナー間でのコミュニケーションでも手話が使われることが多いそうです。

(東京都国立市、北村玲奈撮影)
(東京都国立市、北村玲奈撮影)

ろう者のパートナーのひとりは「接客の中でもお客さんに手話を教えることがあり、楽しんでコミュニケーションを取れている」といいます。接客をしているときに聞かれることが多い手話は、あいさつやありがとうの手話だといいます。

(東京都国立市、北村玲奈撮影)
(東京都国立市、北村玲奈撮影)

また、新型コロナウイルスが広まった影響で、指差しや手話でのコミュニケーションに接したお客さんが、喋らないようにするためにそうしていると思い込み、パートナーに聴覚障害があることに気づかないまま注文をしていたこともあるそうです。

「ここでのチャレンジを広めてほしい」

サイニングストアの計画が立ち上がった当時は、聴覚障害があるパートナーのみで店舗が運営できるのかという不安があったそうです。試験的に店舗運営をしたところ問題なく運営できることが分かり、パートナーだけでなく、本社も自信を深めたといいます。

現在は電話やお客さんへの一部の対応等は、聴者のパートナーと共に対応したり、近くの国立店と連携しつつ、主に聴覚障害のあるパートナーが中心となって店舗運営をしています。

広報部の山田朱香さんは、聴覚障害のあるパートナーに関して「ここでチャレンジをし自信をつけて、他の店舗に移った後もそれを活かして広めていってほしい」といいます。

(東京都国立市、北村玲奈撮影)
(東京都国立市、北村玲奈撮影)

「表情を読み取って貰えている」

はじめて訪れたという世田谷区在住の森祥代さん(43)は、手話での接客にとまどいはなかったそうです。「ろう者雇用が進んでいるのはさすがスタバ」。実際に注文をしてみて「(パートナーの)笑顔がよく、表情を読み取って貰えていると感じた」と話していました。

よく利用しているという70代の女性は、利用をきっかけにコーヒーや紅茶などの手話を覚えたといい、息子夫婦との会話のきっかけになっているそうです。「これを機に手話を勉強してみたい」と話します。

自身もろう者である、写真家・斎藤陽道さんもこの店をよく利用している1人です。

他の店舗では注文をする際の意思疎通が負担となっており、伝わりやすいメニューばかり選んでいたそうです。「なんの苦労もなく伝えられることが、こんなにも快適だとは!という驚きが毎回ありますね」。「この店のような専門店がこつこつ増えていって欲しい」と話していました。

(東京都国立市、北村玲奈撮影)
(東京都国立市、北村玲奈撮影)

「スタッフを変わってほしい」から奮起

nonowa国立店の立ち上げメンバーの1人が、現在シフトスーパーバイザー(時間内責任者)として働いている大塚絵梨さん(33)です。自身は手話を使うろう者で、入社6年目、今年のオープンからnonowa国立店で働いています。

大塚絵梨さん(東京都国立市、北村玲奈撮影)
大塚絵梨さん(東京都国立市、北村玲奈撮影)

接客が好きだという大塚さんが憧れていたスターバックスで初めて働いたとき、当初は皿洗いなど裏方の仕事を任されることが多かったそうです。

その時の大塚さんの気持ちは、筆者にとっても痛いほどわかります。就職活動中、障害のない人と対等に働けると思って、志望していた職種の話を聞いたところ、「電話が出来ないから」と理由をつけられて、違う職種の案内を渡されたこともありました。

大塚さんは、その後、前に出て接客する仕事がしたいと希望し、聞こえる人たちに混じりながら口話を活かしつつ接客をするようになりました。

大塚さん自ら、休憩時間などで他のパートナーに手話を教えて、時には周囲のサポートも得ながら、聞こえる人に囲まれて働きながらも接客の楽しさを見いだしていました。しかし、お客さんから「注文が滞ることがあるので、聞こえるスタッフに変わってほしい」と言われたこともあったそうです。

最初は聞こえないのだから仕方ないと従っていたものの、自分だけで全て対応できるようになるにはどうすればいいのか考え、スタバのメニュー表にある項目を全て暗記。その結果、読み取りの精度があがり、複雑なカスタマイズにも対応できるようになったといいます。

スタバで働き始めて2年目のとき、マレーシアでろう者のお店ができたことを知ったそうです。日本でも自身を含め、聞こえない人たちが裏方ではなくお店の前で働けるお店を作りたいという想いが湧き上がったといいます。

大塚絵梨さん(東京都国立市、北村玲奈撮影)
大塚絵梨さん(東京都国立市、北村玲奈撮影)

座談会で提案、実現へ

パートナーを含め従業員が集う座談会で、サイニングストアの意見を出したところ実現。今では、国内初のサイニングストアの運営の傍ら、SNSで全国各地の店舗で働いている聴覚障害のあるパートナーが情報交換をしたりや悩み相談ができる場を設けました。

店内でも、マネージメントをする立場として、パートナーへの指示出しは手話でしています。大塚さん自身も「手話を使うことで(ろう者として働いている自覚を持ち)、身が引き締まる」といい、正しく伝わる手話を使いたいと心がけているそうです。

ろう者難聴者、聴者を問わず、お客さんやパートナーから喜んでもらえたり、感謝の言葉をもらったりすることもあるという日々。一方で、接客では聞こえないことが相手に上手く伝わらないこともあり、コミュニケーションの面などでは改善点もあり、「どうやってプラスの強みに変えていくかを考えています」と意気込みます。

今後も、お客さんに喜んでもらえることはもちろん、パートナーにとっても働きやすい店を作っていきたいといいます。

大塚絵梨さん(東京都国立市、北村玲奈撮影)
大塚絵梨さん(東京都国立市、北村玲奈撮影)

キャリアアップが少ない現実

私が訪れたときに2、3人ほど聴覚障害のあるパートナーが働いていました。しかし、利用客はそうとは知らずに利用していた人が多そうでした。時期柄、あまり声を出さないこともあり、私も取材でなければパートナーに聴覚障害があると気づかなかったかもしれません。

私自身、重度の聴覚障害があるものの聞こえる人々に囲まれて地方で育ち、上京するまでは日常の中で聴覚障害のある人が働いている様子を見る機会がほとんどありませんでした。中学生、高校生の時、自分のような聞こえない人がどのようにして働いているのか、全く想像がつかなかったことを思い出しました。

あらためて大切だと感じたのは、街中で聞こえない人が表立って主体的に働いている場が普通にあるということです。以前の私が探していて見つけられなかったその風景を目にして、聴覚障害がある人が自分が得意とするコミュニケーションで好きな仕事をすることが、ようやく社会から認められてはじめてきた、と思いました。

今回インタビューした大塚さんは時間内責任者としてマネジメントの仕事もしながら働いています。

今まで以上に愛される店をめざし、聞こえに関係なくパートナーがより働きやすい環境づくりに、大塚さんは熱い想いで取り組んでいました。店舗の課題を把握しながら、主体的に取り組んで解決しよういう意思が伝わってきたことも、とても印象的でした。

他の身体障害のある人に比べて、聴覚障害のある人の離職率は高く、昇進機会がかなり少ないという現状があります。

聴覚障害者の就労について調べた岩山誠氏の研究によれば、転職経験者の割合が高いために、聴覚障害者は同一企業で安定したキャリアを積み重ねにくい傾向があると指摘されています。また、石原保志氏らの研究では、同じ部署で合わない人や障害への理解がない人と一緒に仕事を続けることによるストレスで離職するケースがあると指摘されています。

【関連リンク】聴覚障害者の職場定着に向けた取り組みの包括的枠組みに関する考察


【関連リンク】聴覚障害学生及び大学等を卒業した聴覚障害者のキャリア発達に関する研究

これらの調査では、離職理由として、仕事内容が合わない、コミュニケーションがうまくいかないことに起因する人間関係の悩みを理由に辞める人の割合が高いことや、管理職が少ない理由として、音声情報が入ってこないために、経験知や暗黙知の蓄積が出来ず、キャリアアップに繫がっていないことが挙げられています。

ともすれば形だけになってしまうこともある障害者雇用で、受け身がちに動く人が多い中、能動的かつ主体的に働いている大塚さんたちの姿は、同じ当事者としてとても勇気づけられました。

一方で、聴覚障害を持ちながら「普通に」(あるいは聴こえる人と対等に)働くためには、大塚さんのような人並み以上の努力とバイタリティーが必要なのだ、とも再確認し、その事実に少し息苦しくなりもしました。
 

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