話題
ジャンル名は「筒美京平」 郊外のレコード店で見た“異世界”
「魅せられて」だけで10枚集まるかも……
作曲家の筒美京平さんが亡くなって1カ月が過ぎた。歌謡曲ファンのみならず多くの人に愛され親しまれた京平さんの、シングル曲総売上枚数は7560万枚。そのレコードたちが今も流通する現場とは? 売り場に「筒美京平作品」コーナーがある甲府市のレコード店を訪ねた。(北林慎也)
甲府市の中心市街地の外れ、古い問屋街の通りを逸れたあたりに、中古レコード店「レイドバック」はひっそりとある。
多くの人は気にも留めず通り過ぎてしまいそうな、古びた個人商店といった佇まい。
だが、地図を頼りに遠方から訪ねて来るようなアナログレコード収集家はきっと、その匂いから店の所在にすぐ気づくはずだ。
LPサイズの段ボールの山や、壁に飾られた貴重盤の彩り豊かなジャケットといった中古レコード店独特のディテールは、日焼けを防ぐサンシェード越しでも分かる。
店内に入るとすぐ目の前に、手指消毒用のアルコールスプレーが置かれていた。
レコード店を訪れる音楽ファンはほぼすべて、入店する前から目当てのジャンルが決まっている。
そのジャンルの棚に直行すると、一枚一枚、ジャケットを確認しながら品定めしていく。
その店の常連であれば、動かない在庫のラインナップをおのずと記憶する。それらを一瞥しながら前回来店時との差分を探し、気になる新入荷があれば手を止めて吟味する。
この、リズミカルかつ緩急ある一連のしぐさから、愛好家たちはレコード収集を「掘る」と言う(英語で“Dig”とも)。
安価で手に入った価値ある品を「掘り出し物」と呼ぶが、その「発掘」の意とのダブルミーニングでもある。
そんな来店客の所作ゆえに、中古レコード店にとって消毒スプレーは必須といえる。
コロナ禍を受けた臨時休業後、慎重に営業を再開したレイドバックでも、感染防止策は入念だ。
店主の高杉和孝さん(53)が立つ小さな会計カウンターは、透明ビニールシートでぐるりと囲われていた。
感染対策が念入りに施された店内には、レコードやCDが所狭しと並ぶ。
売り場の棚のみならず、通路に積み上げられた段ボールにも、在庫品がギッシリ詰まっている。
高杉さんによると、LPはおよそ1万枚。シングル盤の枚数は「分からない」という。
記者が店を訪れたのは平日の昼下がり。
ちょうど、なじみの男性客がCDのプラスチック製ケースを30枚、まとめ買いしていた。
もう一人の客は、黙々と洋盤を掘っている。
「(お客さんが)来る時は来るけど、来ない時は来ない。多く来る日とあまり来ない日が、交互に来る感じ」
客がまったく来ない日もあるという。
記者の訪問時には、熱心に掘る客がいなかった邦楽コーナー。
邦楽、いわゆる「和モノ」と一口に言っても、ジャンル分けは多岐にわたる。50音順の歌手名にとどまらず、ムード歌謡、カルトGS、B級ディスコ……といった具合に、仕切り板に記された索引名は様々だ。
そんな中にひっそりと、他とは趣が異なる、作曲家名としては唯一のカテゴリーがある。
「筒美京平作品」コーナーだ。
5年ほど前に、棚の一角に仕切り板を作ってコーナーとして独立させ、現在は60枚近くある。
本当は、あいうえお順の索引を付けたいが、着手できないままだという。
次から次へと入荷するレコードの仕分けに追われ、この間ずっと忙しかったためだ。
アナログレコードは近年、静かなブームが続いている。
風聞から「もしかしたら高い値段が付くのでは」と、買い取り希望の持ち込みが増えた。
引っ越し荷物の仕分けを機に、あるいは家族の遺品整理などで処分されるはずだったレコードの山だ。
しかし、市場で引きがあって高値が付くのはごく一部。出張買い取りはせず、売り物にならないものを処分しても、在庫はどんどん積み上がっていく。
地方のレコード店には、百貨店の催事場での「中古レコード市」といった合同販売会への参加や、オークションサイトへの出品などで販路を広げる店が少なくない。
在庫を効率よく捌くためだ。
だが、店舗スタッフが高杉さん一人だけのレイドバックでは、そこまで手が回らず、現在はそのどちらもやっていない。
それでも、出張ついでや帰省がてら遠方から訪ねるファンに恵まれ、店舗の賃料をまかなえるぐらいには商売が回っていた。
そんな「低空飛行」(高杉さん)の経営が続いていたところに、突如として襲ったコロナ禍。
頼みにしていた遠方からの客は、めっきり減った。
甲府市の人口は全国の県庁所在地で最も少なく、19万人にも満たない。
商圏内の集客だけで、この商売を成り立たせるのは難しい。
回転が悪くなり増えていく在庫の山に埋もれそうになりながら、目立つでもなく淡々とそこにある筒美京平コーナー。
なぜ設置を思い立ったのかは、よく覚えていない。
ただ、特に客の要望があったわけではなく、「自分が京平先生を好きだったから」作ったという。
「売れようが売れまいが、作家別コーナーを作るだけの価値がある人」という確信があった。
その魅力を来店客にアピールするべく、既存の歌手別コーナーからとりあえず分離させ、新コーナーとして独立させた。
高杉さんが京平作品に注目するきっかけになったのは、10歳ぐらいで聴いた岩崎宏美「想い出の樹の下で」(1977年)。
京平さんの名前を当時は意識しなかったが、アニメ主題歌以外で初めて、自分の心の琴線に触れた曲だったという。
後に郷里でレコード店を開くほどの音楽好きなだけに、影響を受けた曲もまた渋い。
「他の歌謡曲作家とは何か違う、おしゃれで洗練された、ポップな印象」
京平作品の魅力を、高杉さんはそう語る。
「歌謡曲をふだん聴かない人でも、否応なしに耳に留まって良い曲だと思わされるのが京平作品」とも。
ふと中川翔子さんが歌うのを聴いて「ついに、こんな良い曲を作る若い作家が現れたか!」と興奮気味に調べたら、京平さん作曲の「綺麗ア・ラ・モード」(2008年)だったという、健在ぶりを思い知る嬉しい体験もあった。
高杉さんは商売柄、数多くの京平作品を聴いてきたが、それでもまだ、聴いたことがない曲がたくさんあるというぐらい、手掛けた曲数は膨大だ。
ド演歌と直球のフォークソング以外は、和洋ない混ぜにあらゆるテイストを自らの作風に取り込み網羅した、空前絶後の大作曲家――。
店内の筒美京平コーナーで雑多な盤の山を掘るにつけ、京平さんの偉大さをあらためて思い知る。
こうして作風の幅広さと活動期間の長さに思いが至るのは、棚が整然と仕分けされてないゆえの効能かもしれない。
そんな気づきと発見を京平ファンにもたらすレイドバック。
営業時間は現在、午後1時~7時となっている。
もともと夜間の来店はほとんどなく、一時休業からの再開を機に、閉店時間を休業前から1時間前倒しした。
コロナ禍はレイドバックにとって、これまでにない大きな痛手だという。
甲府の中心市街地にあった店舗が手狭になり2008年に現在地に移転、これから伸びるとにらんで通販事業を拡大しようとした矢先に、リーマン・ショックに見舞われた以上の打撃だ。
このままコロナ禍が収まらず、客足が戻らないようであれば、再びネット通販を始めるのも検討するという。
苦境にあえぐ中古レコード店。
国内有数の名店だった東京・渋谷のレコファン渋谷BEAM店も、この秋に閉店を余儀なくされた。
京平さん死去のニュースをきっかけに、京平作品を始め昭和~平成の歌謡曲が再評価され、業界が活況に転じるようなことはあるのだろうか?
訃報から1カ月あまり。高杉さん自身はまだ、大きな反響や手応えは感じていない。
近年は世界的なシティ・ポップのブームで、山下達郎や角松敏生、杏里などの人気が続き、まだ衰える気配はない。
そして、もうしばらくすると、団塊世代の熱心なファンが所蔵するビートルズのレコードが徐々に放出され、レア盤の流通量が増えるだろうとの見立てだ。
こうした明るい展望の一方で、今のところ、筒美京平コーナーを熱心に漁り、京平作品をまとめ買いするような客がいた記憶はないという。
それでも、テレビやラジオの追悼企画を見聞きするたびに、癒えるどころかますますファンを襲う“京平ロス”。
「年末にかけて、今年いっぱいは追悼ムードだろうから、そろそろちゃんと、あいうえお順の索引を付けてコーナーを整理しないと」
店内BGMに筒美京平作品集のCD-BOXをかけながら、寂しさを押し殺すように高杉さんは語った。
京平作品は、既存の歌手別コーナーにも混じっている他、バックヤードの在庫にも山ほど眠っている。
本格的にコーナーを整え始めれば、「ジュディ・オングの『魅せられて』だけでも、10枚ぐらい集まるんじゃないかな」とのこと。
拡充された筒美京平コーナーを掘りに、記者もまた訪ねてみたい。
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