連載
#9 #おうちで本気出す
「おじさん」描く19歳 疲れているようで笑っている哀愁
笑っているのか笑っていないのか、疲れているのかそうじゃないのか
4月にRYOさんがインスタに投稿した「おじさん日記」です。いわゆる「絵日記」のフォーマットに、「おじさん」になりきったRYOさんが鉛筆で手書きした文章とその場面を鉛筆と色鉛筆で描いています。
描かれるおじさんは、物憂げな表情を浮かべ、デフォルメされた体のしわや下がった皮膚などが妙にリアルです。
「(文章は)自分がおじさんになったつもりで書く」と話すRYOさん。これまで「おじさん」の仕事帰りの出来事や夢の話、娘の思い出話などを絵日記にしていて、インスタで発表しているものだけで21作品あります。
「外で見かける一番多い人の種類がおじさんだった」と振り返るRYOさんは、東京・田町育ち。通学途中にオフィス街を通ったり、朝の通勤ラッシュに渋谷駅を使って電車通学をしたりしてきました。
「すれ違うサラリーマンを観察していると、基本的にいつも疲れています。電車内でも、ニコニコしているおじさんは、まずいなかった。だけど、居酒屋に行くと一転して暴走したりしていて…ギャップがあります」
社会の波にもまれたおじさんたちの哀愁ただよう姿は、RYOさんの目には興味深く映っているようです。
「夕方とか、夜の街に帰っていくサラリーマンの方は、笑っているのか笑っていないのか、疲れているのかそうじゃないのかわからない表情をしている人が多い」
RYOさんは「おじさんだけではないんですが、若い人の顔よりも、年老いた人たちの方が、表情にいろんな様相が含まれているので描きやすいです」と話します。
RYOさんが描くおじさんの多くは、目尻が下がっていたり、ほのかな笑みを浮かべています。RYOさん自身も、「僕が描くおじさんはニタついている人が多い」と分析します。
「ネガティブな要素だけを拾って描きたくない」という理由とともに、RYOさんが挙げたのは、日本画に描かれる「人物」でした。
RYOさんは、幼い頃から両親と共に展覧会などに行く機会がたくさんありましたが、自分で本格的に描くようになったのは高校生になってからです。
きっかけは、中学の終わりに行った日本画の展覧会でした。
「それまで見に行った展示は西洋画の油絵などが多く、日本画はあんまりなかった印象」だったため、中学の最後に出会った日本画が「とにかく新鮮だった」そう。その出会いがきかっけで、日本画への興味を深めていきます。
「模写をするときも、西洋画よりも、日本画の方が親しみやすかった」と、まずは筆ペンで葛飾北斎や河鍋暁斎の画集を模写することからはじめたそうです。
いまは筆と鉛筆に持ち替えて絵を描いていますが、この経験が今でもRYOさんのベースとなっています。
「昔の日本画の作品などにでてくる仙人だったり七福神は、ちょっと目尻が下がっていることもある」と、RYOさん。自身が描く「おじさん」のほほえみの起源を、「自分が観察したおじさんと、日本画などに登場する『おじさん』の要素がかけあわさっているんだと思う」と語ります。
RYOさんの中で「人の顔」は大きなテーマですが、必ずしも「おじさん」に限定しているわけではありません。
「いまはおじさんを描くことに夢中ですが、(自分と年の近い)若者の姿や振る舞いにも興味がある」とRYOさん。
「これまではおじさんとかおばさんが年を重ねた先に、自分を取り繕うことをやめ、ありのままで生きる瞬間に出る表情のおもしろさを描いてきたところもある」
一方で、若者が持つ外向きの表情に光をあてた作品作りにも意欲を示しています。
おじさんだけにとらわれず、「色んな人の顔を描きたい」と話すRYOさんが5月初旬から始めたのが「#似顔絵100人チャレンジ」です。
RYOさんは、この春、東京芸術大学に入学しましたが、新型コロナウイルスの影響で、いまのところ大学に行っての講義はまだ受けたことがありません。
そんな休校期間中、「外出自粛でやれることが少ない人と一緒に、描き手としてできることがあるんじゃないか」と思い、インスタのフォロワーなど、写真を提供してくれた人の似顔絵を描く企画を考えました。1人を描くのに5時間程度かけ、これまでに10人分ほどを完成させました。
「似顔絵は、出会った人と話しながらその人のことを吸収しつつ描くことが醍醐味」と語るRYOさんですが、今回の企画でそれは実現できません。「そうなると、自分の想像力にゆだねられることになる」
初めての試みでしたが「ポジティブな要素が多かった」と言います。
「写真を送ってきてくれた人は、これまでに数十人になりますが、みんな素敵な写真を送ってくれます。その写真を受け取るだけでも、『どう描いてもらいたいか』という思いも、『どうなるかわからない』という相手側の期待も感じます」
記者もRYOさんの企画を知ってすぐに、写真を提供しました。
RYOさんが仕上げてくれた作品は、記者と縁起の良い神様が和紙に描かれたもので、左隅に幸せそうに微笑む記者を描き、その斜め上から福の神たちが記者を見つめている構図です。作品に使ったのは墨と水彩絵の具です。
「笑顔が素敵な写真だったので、なんとなく福が来る感じをイメージしました」とRYOさん。「金澤さん自身は(福の神たちに)気づいていないという設定です」
似顔絵は、RYOさんとやりとりをしているインスタのメッセージに届きました。ファイルを開いたとき、「あ、おじさんじゃない」と思わず言ってしまいました。RYOさんといえば「おじさん」と固定観念ができてしまっていたことを恥じつつ、実物より優しそうに見える自分を描いてもらえたことがまず、とてもうれしかったです。
描かれた自分は、福が来ていることに気づいていないという設定だとRYOさんは説明してくれましたが、その言葉は、カウンセリング後の「自分では気づいていなかった自分に気づく」感覚に似ていました。似顔絵の力を感じました。
この企画を始めてRYOさんが気づいたことの一つに「静止画の中にも人の魅力は詰まっている」ということでした。
「これまでは電車に揺られている人だったり、ビルに囲まれた景色の中の人だったり…流れる景色の中の『人』を見てきましたが、今回は写真の中でしか会ったことのない人も描けた」
描いた似顔絵は完成後、無償で本人に画像で提供しています。
「自分が描いた絵で喜んでもらえるのは単純にうれしいし、こういう状況になったからこそ知り合えた人もいます」
子どもの頃、人気マンガ「NARUTO」を描いて友達に見せたり、高校生のときに開いた個展で、お客さんの似顔絵をコースターの裏に描いてプレゼントしたり――。これまでも、「絵」を通じて人と出会ってきたと感じているRYOさん。
外出自粛の中、「絵があれば、オンラインでも人と出会えるし、関わることができる」と、今回の企画を通じて強く実感したそうです。
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