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髭男爵、外出自粛はおてのもの?引きこもり経験が招いた〝落とし穴〟
「実生活が〝オフライン〟」
日本中が外出自粛を強いられる中、「長期間家から1歩も出ない」ことが珍しくない人生を送ってきたのが、〝一発屋〟芸人の髭男爵・山田ルイ53世さんです。20歳手前までの6年間を〝ひきこもり〟を経験し、今も「〝オンライン呑み〟どころか、実生活が〝オフライン〟」という日々。芸能界にいながら、人付き合いをなるべく避けるという独特の生き方が招いた〝落とし穴〟についてつづってもらいました。
2月の末、EXILEやPerfumeといった人気アーティストのコンサートが急遽中止。
ファッション界の一大イベント、「東京ガールズコレクション」は無観客での開催を余儀なくされた。
ほどなくして、長女(当時小1)の一斉休校が始まり、
「パパも休校なの?」
と真顔で尋ねられたのが3月の中頃だっただろうか。
以降、いわゆる〝コロナ禍〟の影響で各方面散々なのはご存じの通り。
筆者も御多分に漏れず、である。
お祭りやショッピングモールでのお笑いステージ、企業の○○周年パーティーの余興といった〝地方営業〟のオファーは元より、一発屋にしては珍しく幾つか決まっていたロケや収録の予定もスケジュール帳から姿を消した。
……暇である。
当面は、レギュラーのラジオ番組など、辛うじて残った仕事をこなしていくしかないが、かの有名ラーメン店さながら板(飛沫防止目的のアクリル製)で仕切られたブース内でリスナーから寄せられたメールを〝一覧〟していると、
(さて、これからどうしたものか……)
と溜息しか出ない。
自分のことはさておき、〝緊急事態宣言〟の発出と延長、その後の(執筆時点では、北海道・東京など5都道県を残して)解除と、状況は刻一刻と変化しているが、外出の自粛など人々にとって我慢の日々はもうしばらく続きそうだ。
〝人々にとって〟などと他人事なのには、訳がある。
筆者の人生において、「長期間家から1歩も出ない」というのは昔取った杵柄……決して珍しいことではなかったからだ。
中2の夏から不登校となり、20歳手前までの6年間を〝ひきこもり〟。
お笑いの世界に入ってからは、『電波少年』(日テレ)の企画で1年近く軟禁生活を送った。
何より、芸能界にとって〝不要不急〟の存在……一発屋と化してからは、おかしな物言いだが‶自主的に自粛〟しているようなものである。
唯一、しんどいことがあるとすれば、「〝おうち時間〟を有意義に!」という風潮だろうか。
勿論、素晴らしいこと。
その方が良いのだろう。
ただ、「#こんなときこそ楽しもう!」などと屈託なく(かは知らぬが)言われると、
「では、どんなときなら落ち込んでも良いのか!?」
と問い質してみたくもなる。
大体、〝こそ〟1つに、この厳しい現状を一蹴し、ひっくり返せるほどの力が、いつから与えられたのか。
もはや、〝こそ〟の濫用。
後頭部に銃を突き付けられ、
「前を向け!」
と命令されているような気持ちになるのだ。
……とまあ、終始こんな調子なので、SNSで盛り上がった〝○○リレー〟や、
「やってみたら結構楽しかった!」
という声がそこかしこから聞こえてくる〝オンライン呑み会〟の類にもついぞ参加することはなかった。
別に片っ端からお断りしたわけではない。
誰からもお誘いがなかっただけである。
〝オンライン呑み〟どころか、実生活が〝オフライン〟の筆者。
元々、社交が苦手で、
「すいません、今日はちょっと……」
と何かと口実を捻り出し、袖にした〝打ち上げ〟は数知れず。
ここ数年、芸人仲間やスタッフと飲み歩くこともなければ、趣味の1つも持ち合わせぬので、プライベートで誰かと遊びに出掛けるようなこともない。
とにかく人付き合いが極端に少ないのだ。
政府専門家会議の先生方から、「人との接触8割減!」とのお達しがあったときは、
(もう家族を捨てるしか……)
と頭を抱えたほどである。
いや、心配はご無用。
傍目には「つまらない生き方だなー」と映るかもしれぬが、「つまらなく暮らす」のが性に合う人間もいるのだ。
無論、このライフスタイル、弊害がないわけではない。
テレビ収録の本番前、ディレクターとの打ち合わせで、
「今日の出演者で、仲の良い人っています?」
と尋ねられ、誰とも何の繋がりもない旨伝えると、
「へー……そうなんですねー!?」
と落胆と憐憫(れんびん)の狭間とでも呼べば良いのか、何とも微妙な空気に包まれ、気まずいことこの上ない。
何かの拍子に、沢山の芸能人が集まる『オールスター感謝祭(TBS)』のような特番に迷い込むと、
(身の置き場所がない……)
と心細く、ただただ憂鬱である。
要するに、芸能界には不向きな性格。
20年以上やってきて今更だが、
(なんでこの仕事してるんだろう……)
とふと我に返り、考え込んでしまうことも少なくない。
3カ月ほど前のこと。
その日の仕事は、とあるワイドショーのコメンテーターだった。
「一発屋のコスプレキャラ芸人が何を偉そうに!」
との〝極一部の方々〟のお叱りは御尤もだが、ここは一旦目を瞑って頂こう。
朝8時からの生放送に備え、6時過ぎには現場に入る。
少々眠いが、この時間帯のテレビ局は好きだ。
人気(ひとけ)が殆ど無く、実に静か。
何といっても芸能人をほとんど見掛けない。
コメンテーター陣の多くは、‶文化人〟と呼ばれる方々で、筆者とは別畑の人間。
対峙しても、さほど緊張もしないし、
「今度ご飯いきましょーよ!」
とか、
「いやー、この間ダーツの後(呑み会でもゴルフでもBBQでも何でも良いのだが)、どっか行ったんですか?」
などと業界然とした交遊録を見せつけられ、疎外感を味わうリスクもないからである。
生放送の出番を終え、
「お疲れ様でしたー!」
と挨拶もそこそこに楽屋へ。
この楽屋、他のコメンテーター陣と同室の〝大部屋〟だったが、少々造りが変わっていた。
長机を並べた打ち合せスペースを奥へ進むと、壁際に引き戸が3枚並んでいる。
ちょうど、弁当箱のご飯エリアとおかずエリアのような格好で、3つに仕切られたおかずエリアは、それぞれが小上がりの和室となっていた。
その1つに飛び込むと、‶ガラガラガラッ〟と戸を閉め、汗ばんだシルクハットを取り、そそくさと着替えを始める。
これも性分。
一刻も早く帰路に就きたいのだ。
(……ん?)
と異変に気付いたのは、〝パンツ一丁〟で私服に手を伸ばしたとき。
何やら外が騒がしい、そう思った次の瞬間、
「○○さーん、お誕生日おめでとうございまーす!」
というプロデューサーの声が聞こえてきた。
と同時に、〝パチパチパチパチ!〟と沸き起こる盛大な拍手。
(えーーー‼?)
クローゼットに潜んだ間男よろしく、筆者はちょっとしたパニックに陥った。
ちなみに○○さんとは、番組コメンテーターの女性。
間違いない。
今、打ち合せスペースでは、彼女の誕生日を祝おうと演者、スタッフが一堂に会している。
……筆者抜きで。
プレゼントでも手渡されたのだろう、
「えー、嬉しい!ビックリしたー!!」
と感激する○○さんの声がそこらに響き渡ったが、一番ビックリしたのは小部屋の中で〝パンいち〟で固まっている髭面中年男、即ち、筆者だった。
通常、この手の‶サプライズ〟を仕掛ける場合、
「あの、今日○○さんの誕生日なんで、本番終わりちょっと残ってもらって良いですか?」
などとスタッフの方から予め耳打ちされるもの。
しかし、このとき筆者は、何も知らされていなかった。
「早く帰りたい!」
と急ぎ過ぎたため先方が言うタイミングを逸したのか、普段の人間関係の希薄さが仇となったのか。
いずれにせよ、他人様のサプライズでサプライズするというみっともない立場、これほど間の抜けた窮地に追い込まれた芸能人を他に知らない。
そんなことを考えている間にも、戸1枚隔てた向こう側では、
「ハッピバースデー……♪」
と今にも誰かが歌い出しそうな雰囲気である。
(ヤバいヤバいヤバいーー!)
焦った筆者は、急いでTシャツに袖を通し、短パンを履いて、最低限の身なりを整えた。
歌の途中で出て行くなど論外。
折角の盛り上がりに水を差しかねぬ。
つまり、一度合唱が始まったが最後、この部屋で〝StayHome〟するしか選択肢はないのだ。
かと言って、全てが終わってからノコノコ姿を見せれば、
(えっ!?この人ずっと息殺してたの?)
(なんで一緒にお祝いしないの?)
と協調性の無い〝変人〟と目され、今後に差し支えることになるだろう。
(……今しかない!!)
と腹を括った筆者。
〝ガラガラガラッ!〟と勢いよく戸を開けると、
「ハッピーバースデートューユー♪」
と先陣切って歌い始める……という賭けに出た。
いわゆる、「お前が歌うんかーい!」の強化版とでもいうべき、この渾身の‶出オチボケ〟。
結果は大爆笑である。
気を良くした筆者は、‶さあ、皆もご一緒に〟と大きく腕を振って音頭を取り続け、
「……トゥーユー、おめでとうございまーす!」
と見事‶完走〟すると、ハト時計よろしくそのまま無言で小上がりに引っ込んだ。
ここでもうひと笑い。
芸人としての矜持も何とか保ちつつ、事なきを得た。とは言え、やはり‶向いていない〟。
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