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連載

#3 遁走寺の辻坊主

親の希望通りに生きれば幸せなの? 坊主となった辻仁成が答えます

若者の悩みに「遁走寺の辻坊主」の答えは……=イラスト・山田全自動
若者の悩みに「遁走寺の辻坊主」の答えは……=イラスト・山田全自動

辻仁成さんがお坊さんとなって10代の悩みに答える「遁走寺の辻坊主」。女子中学生が相談した「親の言う通りに生きなければならないの?」という悩みに、辻坊主が授けた教えとは?

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【連載:遁走寺の辻坊主】
作家の辻仁成さんがお坊さんとなって10代の悩みに答えます。「頑張れない自分は『負け組』ですか?」「たいして仲良くない友達との会話がつらい……」。辻坊主の答えが心に染みます。

今日の駆け込み「自分が行きたい学校と親の希望が違う」

炊き立ての白ごはんときゅうりの浅漬け一本とソーセージ二本、それにわかめの味噌汁を添えて昼食(ちゅうじき)とした。
百地三太夫にはキャットフードを与えた。美味しいのだろう、よく食べておる。
満腹になったのでいつものように濡れ縁で午睡をとっておると、賢そうな女の子がやって来て、辻坊主さんですか、と言った。
「そうじゃが、どなたかな?」
もちろん、人生相談にやって来たことくらい分かるが、まずはきちんと挨拶が出来るかを確かめる。
「わたし、堂前順子といいます。中学2年生です」
と少女は自己紹介した。よしよし。

わしは濡れ縁に座り直して、堂前君と向きあった。分厚い眼鏡の向こう側に小さいが光りを持った強い目を持っている。ふむ、とわしは頷いた。
「どんな悩みかな?」
「わかるんですか? わたしが悩んでいるのが?」
「分かるもなにも、ここに来る子たちは99パーセントが相談にやってくる」
「残りの1パーセントは?」
「掃除に来る。かつて君のように相談しに来た子たちが、わしの助言をもとに再起を果たし、その恩返しというのかな、時間が出来た時にここにきて、勝手に掃除をして帰っていくのじゃ。大学生の子もいる。君くらいの時に、自殺をしたいと訴えに来たので、甘えるなと怒ってやった」
堂前順子は目をぱちくりさせてわしの話の続きを知りたがった。
みゃあ、と三太夫が鳴いた。ご名答、死んでたら掃除には来られないわな、と言ったのじゃ。
猫語がわからない堂前君に、
「自分がこうして生き続けてることをわしに知らせたいものだから、彼は毎年一度か二度、掃除にやってくる」
と言って笑ってやったら、警戒しつつも笑顔を浮かべた。

「辻坊主、実は、進路のことで悩んでいるの。自分が行きたい学校と親が希望している学校が違うんです。モヤモヤしているけどまだ話し合えずにいて、どうしたらいいのか……、ごめんなさい、こんなつまらない相談で」
三太夫がもそっと起き上がって、みゃあ、と堂前順子の方を向いて鳴いた。
つまらない相談なんてないのじゃ、とわしをまねて言ったのだが、堂前君には猫語がわからない。勇ましい三太夫を見つめて、まあ、可愛い猫ちゃん、と小さく呟いた。


今すぐにどうにかしないと死んでしまうという切羽詰まった相談じゃないが、でも、これはこれでとっても大事な悩みでもある。
「君は何を学びたいのだね」
「わたし、料理人になりたいんです。でも、親は大学へ行かせたい。わたし、料理が大好きで、フランスの料理学校に行きたいの。そこを出たら、向こうに残ってレストランで働いて、将来はシェフになりたいんです。でも、それを言うと両親は悲しい顔をするの。大好きなパパやママを悲しませたくないから、大学までは親の言う通りに生きなければならないのかな、と悩んでいます」
みゃあ~~、と三太夫が雄叫びを上げたので、堂前君が驚いた顔をした。
三太夫が、誰の人生じゃ~、とわしの決め台詞を奪って叫んだのである。仕方がないので、わしが穏やかに翻訳をした。
「誰の人生じゃ」
「え、それはもちろん私の人生です」
「それなら答えは明白であろう。自分の人生であればなおさら、自分を犠牲にするな。もっとも恐ろしい後悔というのは、夢を諦め人生を犠牲にして生きたのちにやってくる、死ぬ間際の後悔じゃ。時間があると高を括るな。時間は無限じゃない。大人になって、あの時、こうしておけばよかったという後悔ほどつまらないものはない。今を怠慢に過ごせば、そういう悩みが必ず出てくる。なら今だ、今を無駄にするな!」
みゃあ、と三太夫が、マネをして、ジャンプした。

「今を無駄に……」
三太夫は地面に着地すると、堂前順子の周りをぐるぐると回り始めた。
「そうじゃ、今こそ、堂前君が決断をすべき、最大の山場ということになる。遁走寺までやって来たということは、何某かの決意があってのことじゃろう。今だ、今動かんでいつ動く。すぐに家に戻ってご両親に言いなさい。これは私の人生です、とな」
わしが微笑むと、堂前順子も背中を押されるように微笑んだ。
「すっきりしました。辻坊主、ありがとう」

三太夫がぴょんぴょんと木の段をかけあがり、濡れ縁に戻って来た。
わしは三太夫を膝の上に載せた。三太夫め、自分の手柄のように丸くなってわしの膝の上でぬくぬくし始めおった。
堂前順子は、わしが何も言わないのに、落ちていた竹ぼうきを拾い、ご神木周辺を掃きはじめた。いい子じゃ、夢はいつか叶うであろう。
ザザ、ザザ、
箒が地面を擦る音が境内にとても心地よく響き渡っていた。

【連載:遁走寺の辻坊主】
作家の辻仁成さんがお坊さんとなって10代の悩みに答えます。「頑張れない自分は『負け組』ですか?」「たいして仲良くない友達との会話がつらい……」。辻坊主の答えが心に染みます。

辻仁成(つじ・ひとなり)1959年、東京都生まれ。『海峡の光』(新潮社)で芥川賞、『白仏』(文芸春秋)で仏フェミナ賞外国文学賞。『人生の十か条』(中央公論新社)、『立ち直る力』(光文社)など著書多数。

山田全自動(やまだ・ぜんじどう)1983年、佐賀県生まれ。日常のふとした光景を浮世絵風イラストにしたインスタグラムが人気。著書に『山田全自動でござる』(ぴあ)、『またもや山田全自動でござる』(ぴあ)。

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