地元
岐阜で続く「24時間ソフトボール大会」誰が何のため? 現地で体験
下呂温泉として知られる岐阜県下呂市に4年に一度、地域の住民がソフトボールを24時間やり続けるテレビのバラエティー番組みたいな大会があるらしい。試合は深夜も続くといいます。いったい何点入るのか、メンバー交代はあるのか、そもそもなぜ丸1日ソフトボールなのか? 「お年寄りの代走は子ども」「感動の親子バッテリー」「志願した徹夜の主審」。現地で見たのは、スポーツの楽しさを原点から味わうかけがえのない「24時間」でした。
8月中旬、下呂の温泉街から車で20分ほどの山あいのグラウンドに子どもからお年寄りまでの住民100人ほどが集まっていました。
グラウンドの奥には「第4回上原区24時間ソフトボール大会」の横断幕が風に揺れています。
のぼり旗もあちこちに立ててあり、出店も並ぶ。日陰用のテントや大型扇風機も用意され、地域総出の様子がうかがえます。
中でもびっくりしたのは、本塁の後ろに張られたスコアボード。
なんと120回まで得点が書けるようになっていて、これを見た瞬間、私も「本当に24時間やるんだな」と付き合うことを心に決めました。
グラウンドのある上原(かみはら)地区の住民は1千人ほど。地区内にある「門和佐(かどわさ)」と「和川」という二つの地区が戦います。
試合は小学生、女性、大人などの部に分けられ、2時間ほどプレーし、次の部の試合へバトンタッチしていきます。
午後2時12分、プレーボールがかかりました。まず驚いたのは大人の部で最初に打席に立ったのは高齢の女性。山鳴りのボールにバットを合わせると、一塁に向かって走り出したのは、なんと本塁の横に立っていた小学生です。
「お年寄りが走って転んだら大変なので、代走です」
地元の消防職員で、実行委員長の細江孝英さん(44)が教えてくれました。
勝負は試合の得点だけで決まらない独自ルールが設けられています。
参加人数も得点に加算され、70代は2点、80代は3点。
みんなが出場することが勝利への近道になるそうです。
そもそも大会は1995年ごろ、地域の若手有志がノリで始めたそうです。
ノリだったため、得点や勝敗もよく分からないといいます。
2010年に、地域の親睦のために、子どもも高齢者も参加する今の形でやってみたところ、結構楽しめたため、続けることになりました。
でも、「さすがに毎年やるのはきつい」ということで、4年に一度になり、いまに至るといいます。
大会の意義について、細江さんは「目的はあくまでも親睦です。みんなが楽しめないと意味がありません」と強調します。
試合をみていると、ルールが分からない小さな子どもには、大人や年上の小学生らが塁から塁に付き添ったり、打球が前に飛ぶまで主審判断でファウルが続いたり。
相手チームの選手を借りてプレーすることもありました。
これなら、年齢関係なくプレーできます。
開始から4時間。日が傾きかけた頃、ふと気になることが。
主審、ずっと同じ男性では……。
主審を務めていた細江健太郎さん(41)に声を掛けました。
審判はいつ代わるんですか?
「代わりはいませんよ。最後まで私がさばきます」
えっ! 審判も24時間なの?
細江さんによると、前回までは当番制で審判がいたそうですが、今回は主審を24時間務めることに立候補したといいます。
でも、なぜ1人で主審をやろうと?
「実は4年前の大会は、長渕剛のライブで大会に出られなかったので、懺悔の気持ちもありまして……」
たしかにライブとソフトをてんびんにかけると、ライブですよね。とはいえ、炎天下、体は大丈夫ですか。
「ファン(扇風機)の付いた作業服を借りたので、けっこう快適です。それよりも、塁審がいないので、全部の守備位置を見ないといけないのが大変です」
選手以上に主審が一番、過酷そうです。
想像以上に白熱したのが、午後8時過ぎに始まった女性の部。
気温もかなり下がったことで、観客もテントに収まりきらないほど多くなりました。
ヘッドスライディングをするもアウトになったり、本塁で選手同士が激しくぶつかったりして、高校野球顔負けのプレーが飛び出し、観客を湧かせました。
プレー以外でも歓声も上がりました。
焼き肉店の営業を終え、前掛けのままマウンドに上る選手がいたり、お笑い芸人のネタをモチーフにしたTシャツで観客から歓声を浴びる監督もいたり。
走塁中に転んだ妻を心配し、塁上でハグする夫婦には、やっかみのブーイングが浴びせられました。
引退したばかりの高校球児と母親の夢のバッテリーが実現する場面も。
地元の県立高校の野球部員だった細江克貴さん(3年)は母親の球を受けるのは小学生以来だったそうで、「なんだかうれしかったです」とはにかんでいました。
白熱した女性の部とは一転して、ガチの試合になったのが、深夜に始まった部。
多くが実行委員を務める30代を中心とした男性の選手たちで、地域のソフトボールチームでリーグ戦を戦う本格派のみなさんです。
外野の頭を越える鋭い打球に、華麗なスローイングによる固い守備。
さすがにみなさん、上手です。
エラーをすれば、時にはすぐに交代が命じられる場面もあり、想像以上にかなり真剣です。
取材する以上、記者の私もプレーしようと思っていましたが、あまりのガチ具合にあきらめました。
なぜ、そこまで真剣なのか。
誰に尋ねようかと思った時に、選手の掛け声で答えが分かりました。
「朝、子どもたちが来た時にぼろ負けだったら、悲しむから締まっていくぞ」
なるほど、朝やってくる子どもたちのためかと納得。
親としてのプライドからなんですね。
プライドがあるとはいえ、時間はもう午前2時。
山あいとあって、気温は下がり、霧が立ちこめ、肌寒くなってきました。
正確なプレーをしてきた選手に疲れがみえてきました。
簡単なフライを落としたり、守備の連係がうまくいかなかったり。
「深夜は朝へのつなぎ。この時間が一番つらいですね」
実行委員長として奔走しながら、プレーもしてきた細江さんもあくびが出ていました。
それもそのはず、観客もいなければ応援もありません。
守備するチームのベンチにはほとんど人がいません。
「昼間はね、応援もあるから、わいわいできて、たのしいけど、疲れてきて応援ないのはきついですよ」と細江さんも苦笑します。
同じように疲れてきたこともあり、一番気になっていた疑問を細江さんにぶつけました。
なぜ、こんなに大変な思いをしてまで、24時間ソフトボールをやるんですか。
「うーん、難しい質問ですね」
「でも、やっぱ地域のためですよ。少子高齢化で住民は少なくなっているけど、この大会が続いて、いまの小学生たちが小さい頃楽しかったから、自分たちもやりたいって言ってくれれば最高ですよね」
全国どこでも地域のつながりが減っています。私の地元にもお盆に地区対抗のソフトボール大会がありましたが、10年以上前になくなりました。
上原地区にも20年以上前まで、地域の運動会があったそうです。
年配の人たちには、24時間ソフトを運動会に重ねている人もいるそうです。
だからこそ、むちゃしてでも地域のつながりを守りたいという細江さんたちの思いに打たれました。
最後まで付き合おうと思っていましたが、この辺りで限界が来て、私も後ろ髪を引かれながらグラウンドを後にしました。
試合終了は都合が合わず見届けられませんでしたが、後日、細江さんからソフトボールの試合とは思えない結果が送られてきました。
「門和佐471―和川338」
試合には3歳から80代の300人以上が参加し、102回まで戦ったとのことでした。
主審を務めた細江さんにも連絡を取りました。最後まで1人で主審を務めたそうです。以外と眠気はなかったそうですが、「さすが長かったです」と笑っていました。
冗談半分で「代わろうか」との声もあったそうですが、意地でやりきったとのこと。最後まで背中を押したものはなんですかと聞きました。
「表向きで言えば、観客も選手たちも自分の誤審を怒らずにプレーしてくれたことで、最後までできました」
「でも本当のところは、自分の子どもたちに良いところ見せたかったからですかね」
子どものため、地域のため、素朴で純粋な大会に心がなんだか温かくなりました。
最後まで見たかった。私も4年後は24時間付き合いたいと思いました。懺悔の思いも込めて。
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