アメリカの「歌姫」テイラー・スウィフト(28)と、「キング・オブ・ラップ」カニエ・ウエスト(41)。日本でも知名度が高い2人ですが、現在、アメリカの政治的対立のまっただ中に巻き込まれています。きっかけは、テイラーがインスタグラムに投稿した超長文の投稿。そこにかねてから因縁のあるカニエが絡んできたかと思いきや、事態は意外な方向に向かっています。(朝日新聞国際報道部記者・軽部理人)
テイラーの長文、全訳しました
アメリカでは11月6日に中間選挙を控え、政治熱が高まっています。トランプ大統領の信認投票という色合いがあり、与党の共和党が上院と下院で過半数を維持できるかが大きな焦点です。
そんな選挙がエンタメ界に飛び火したのは、10月7日のこと。アメリカ音楽界の最高権威であるグラミー賞を10度受賞した「歌姫」で、1億1200万人と日本の人口に匹敵するような巨大なフォロワーを持つテイラー・スウィフトが、自身のインスタグラムに掲載した1通の長文の投稿がきっかけでした。
「テネシー州で投票をすることになる、11月6日に迫った中間選挙について書きます。過去に私は、自分の政治的意見について発言することに乗り気ではありませんでした。だけど、私の人生・世界でこの2年間に起きている出来事を見ると、今は異なる考え方を抱くようになりました。私は今までも、そしてこれからも、国民全員が得られる人権を、守って戦ってくれる候補者に投票します。私はLGBTQの権利向上を信じているし、性的指向や性によるあらゆる差別は間違っています。この国に今も広く行き渡る有色人種への人種差別主義は、恐ろしくてうんざりするものだと信じています。肌の色、性別、誰を愛すかは関係ありません。アメリカ国民の尊厳を守るために立ち上がる候補者でなければ、私は投票することはできません。テネシー州から上院に立候補しているのは、マーシャ・ブラックバーンという女性です。私は今も昔も、女性を議会に送り続けるために投票したいのですが、マーシャ・ブラックバーンを支持することはできません。議会での彼女の投票行動は、ぞっとするもので怖くすらあります。彼女は、女性への同一賃金支払いに反対しました。女性への家庭内暴力やストーカー行為、デートレイプを防ぐ法律の再認可にも反対しました。彼女は、ゲイのカップルに対してはサービスを拒む権利が企業にはあると信じています。彼女はまた、彼らが結婚する権利はないと信じています。これらは、テネシー州における私の価値観ではありません。私は上院選でフィル・ブレッドセンに、下院選ではジム・クーパーに投票します。お願いです。どうか、自分の州から立候補する候補者のことを知ろうとしてください。自分の価値観に一番近い候補者に投票してください。全ての事柄で、私たちと100%合う候補者・政党は見つかりようがないかもしれません。でも、いずれにしても投票はしなければいけないのです。この2年間で、知性があって思慮深く冷静であるたくさんの人たちが18歳を迎え、新たに投票する権利を得ました。でもまずは、有権者登録をしなければいけません。簡単です。テネシー州では、10月9日が登録の最終日です。vote.orgのサイトに飛べば、情報が集まります。投票を楽しんでね!」
テネシー州は2000年の大統領選以来、共和党候補者が常に州を制するほど共和党が強い地域です。その中で、はっきりと共和党の候補者を支持しないと述べたテイラー。その影響力は絶大でした。
米メディアによると、最大で14ポイントほど引き離していた共和党候補のブラックバーン氏は、テイラーの投稿後には5ポイントに縮められています。また、テイラーの投稿から48時間以内に16万6千人が新たに有権者登録しており、その42%が18~24歳だったということです。テイラーが若者の投票熱を高めていると言えます。

投稿が衝撃的だった理由
アメリカでは、著名人がそれぞれの政治的スタンスを公表したり、4年ごとにある大統領選で支持する候補者を明らかにしたりすることが度々あります。
ですが、自身のインスタグラム投稿にもある通り、テイラーは今まで政治的な発言を避け続けてきました。2012年には、タイム誌のインタビューで「他の人に影響を与えてしまう恐れがあるので、あまり政治については話したくない」と語っています。
さらに言えば、テイラーは今でこそポップ歌手と見なされるものの、元々はカントリー音楽の出身。カントリー音楽は米国の南部で特に親しまれる音楽ですが、南部は保守的な場所柄で、共和党が強い地盤です。
だからこそ、政治的沈黙を破った今回のテイラーの投稿は、衝撃を持って受け止められたのです。
ちなみにテイラーはその後、民主党候補者の看板の前で撮った写真とともに、期日前投票をしたことをインスタグラムで報告していました。
「ここに写っている2人のテネシー女性は、信用するに値すると証明してくれた候補者に投票しました。我々は、恐怖に基づく過激主義ではなく、リーダーシップがほしいのです。期日前投票は木曜日までで、選挙日は11月6日です。どうか、見過ごさないでください」
カニエはトランプ氏を応援
一方、そんなテイラーの動きに対して割って入った(?)のが、カニエ・ウエストです。

グラミー賞を21度受賞した「キング・オブ・ラップ」は、トランプ大統領の大の支持者としても有名。カニエは、テイラーが投稿をした4日後、ホワイトハウスに招待されてトランプ大統領を訪問し、「我々は神の復活を目にしている」などとトランプ氏を持ち上げました。
カニエは元々テイラーと同じく民主党支持者で、民主党候補に献金をしたこともあります。ですが2年前の大統領選の後、自身のライブ中に急にトランプ氏支持を打ち出し、共和党支持に転向しました。

カニエはラッパーとして確固たる地位を築いていますが、ラップは黒人文化とは切っても切り離せない音楽です。そしてほとんどの選挙では、黒人の投票先は約90%が民主党とも言われています。
カントリー音楽出身のテイラーが民主党を支持し、ラップ歌手であるカニエが共和党を支持する。ある意味逆転したこの現象を、アメリカのメディアも大きく取り上げています。

実は2009年から因縁の2人
テイラーとカニエ、実は因縁の2人でもあるのです。
さかのぼること2009年。当時19歳のテイラーがMTVのミュージックビデオ部門で最優秀賞を獲得してスピーチをしていたところ、突然カニエが壇上に上がり「テイラー、確かに君は良かったが、ビヨンセのミュージックビデオは歴代最高だったんだ。歴代最高だ!」と述べました。
観客の前で「テイラーよりもビヨンセの方が優れていた」と侮辱されたと感じたのか、テイラーは涙を浮かべていました。

それからもテイラーが暗にカニエを批判したり、カニエが自身の歌詞でテイラーをおとしめたり、争いは続きます。
今回の政治的対立はその延長線上にあると言っても良いでしょう。
政治的な主張をするセレブたち
冒頭でも記したように、アメリカの芸能界では政治的な発言・風刺をする人が非常に多いです。
伝統的に民主党支持者が多い芸能界ですが、大御所俳優のロバート・デニーロは2018年6月、トニー賞でのスピーチでいきなり「F○○K Trump」と放送禁止用語を叫んでしまいました。デニーロに同意したのか、会場は総立ちになりました。
また、カニエと並んで世界的なラッパーのエミネムは2017年10月、トランプ氏を批判するラップを披露。ユーチューブでの再生回数は4000万回を超えています。
さて、この原稿を書いていたところ、カニエが10月30日(アメリカ時間)にこんなツイートをしました。
My eyes are now wide open and now realize I’ve been used to spread messages I don’t believe in. I am distancing myself from politics and completely focusing on being creative !!!
— ye (@kanyewest) October 30, 2018
「俺の目は今や、完全に見開かれた。俺は、自分が同意しないメッセージを拡散させられていることに気付いたんだ。政治からは離れることに決めた。よりクリエイティブになるようフォーカスする!!!」
真意は一体……。
11月6日に控える中間選挙は、要注目です。