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「一太郎」は生きている―― 開発者が同人誌、知られざる進化の物語
一太郎は生きている――。そんな書き出しで始まる「短編小説」がネット上で話題になっています。実はこれ、1985年に誕生した日本語ワープロソフト「一太郎」の現役の開発者たちによって書かれたもの。「昔懐かしの一太郎」ではなく、進化を遂げた「最新の一太郎」を知ってもらいたいと挑んだ処女作は、意外にも「文学好き」から好評だといいます。一体なぜ? 担当者に話を聞きました。
新製品などで一太郎の話題があがると、その存在が驚きをもってつぶやかれる。そんなエピソードから始まる物語は、最新バージョンの「一太郎2018」についての知られざる開発秘話をライトノベル風に仕立てた小冊子です。
9月に大阪で開催された同人誌などの展示即売会「文学フリマ」でも出品され、ネット上でも話題を呼びました。
執筆したのは、ソフトウェア会社「ジャストシステム」(本社・徳島市)の一太郎開発チームのメンバー。その一人、佐々木孝治さん(48)が、背景を明かしてくれました。
――まず、このストーリーを執筆することになったきっかけを教えてください
「最初は、技術者や開発者向けに、新製品の紹介冊子を作っていました。ただ、今回の一太郎2018は、小説や同人誌などの執筆・冊子作成のための新機能に強くこだわっていたものなのです。だから、何かおもしろい試みができないかと。どうせなら本を一冊作ってみようとなったわけです。執筆・作成は、もちろん一太郎を使っています」
――反響はどうですか?
「内容は開発の話なのですが、本作りをされている方々から多くの反響をいただきました。IT企業の開発って小難しい印象をお持ちの方が多いようなのですが、おもしろい開発をしていたんだね、と言ってもらえます。くだけた感じで読みやすく書いたのが良かったようです」
――開発秘話が結構リアルに書かれていますよね。例えば、開発者自らツイッター検索などで、エゴサーチしているのには驚きました。本当に開発に役立つのですか?
「一太郎は15年以上、毎年バーションアップを繰り返してきました」
「新機能を想定した開発は、まず、『次はどういう一太郎を作ろうか』というテーマ設定からスタートします。そのテーマ性を決める時には、どういう機能を作ればユーザーに喜んでもらえるかということを、アンケートなどで探っていきます。ただ、ここでもどかしいのは、もう少し詳細を聞きたいと思う意見が多いことです。例えば、高速化してほしいと書かれているのだけれど、どこを高速化したらいいんだろう?と」
「そこから先を、開発者が読み砕いて機能におとすところが難しいところなんです。その点で、ツイッターは比較的、具体性がある情報源です。前後のツイートでその方の趣味や属性がわかりますし、困りごとや新機能への反応などがダイレクトに伝わってきて、新たな気づきになります」
――SNSを通じて、一太郎ユーザーの作家さんの存在にも気付いたということですか。
「もともと一太郎ユーザーにプロの作家さんがいることは知っていましたが、SNSを見ることで、小説家を目指している方がこんなに多くいるんだということが見えてきました。どういうツールで書いているとか、互いにやりとりしているんですね」
「文章に命をかけているといっても過言ではない。そんなもの書きさんたちに、文字を書くことに没頭できるような一太郎を作れるんじゃないだろうか。開発者として、そういう思いがずっとありました」
――小説には、同人誌の即売会に「潜入調査」した経験にも触れられています。
「まだ新企画について社内提案をする前のことです。開発メンバーの1人が徳島から大阪に出かけました。そういう分野について我々はまだ何も知りませんでしたので」
「会場に入った瞬間に、大きな熱量、パワーを肌で感じたようです。憧れのサークルの人に出会えてうれし泣きしている人もいて、単なる趣味を超えているなと。こんなに力をかけられるものがあることに驚き、そんな方々へもっとお手伝いできることがあるんじゃないかと」
――開発のために、トータル200冊以上の本を買われたとか。いわゆるライトノベルも、たくさん読み込んだのですか?
「はい。見た瞬間に、今まで我々が読んできた文芸誌とは文体が全く違うことに驚きました。会話文が非常に多く、三点リーダ(……)や二倍ダーシ(――)を多用していたり。これは機能化したら執筆速度が上がると直感的に感じましたね」
――開発者としての直感ですね
「その直感を検証するために、実際に文庫本を開いて文章を打ちまくるんです。ここは打ちにくいねなどと、体感しながらやっていきます。ストップウォッチを使って、既存の機能を使った場合と新機能とで、どれだけ高速化できるかも比べました。また、どのキーに新機能を持ってくれば使用効率が上がるかも検証しました」
――実際に複数の作家さんに対して、ヒアリングも行っているんですね。
「いくつかの新機能を想定したうえで、それが本当に使いやすくなるか確証を得るために作家さんにご協力いただいています」
「逆に、ヒアリングの中から生まれた想定外の新機能もあります」
「例えば、あるミステリー作家さんから、『小説用傍点』で困っているというお話を伺いました。傍点は推理小説の謎解きにかかわる重要な部分で、文字の上につく点のことです。かなり長めに傍点をふることもあるようなのですが、一方で括弧や句読点などの約物にはつけないという作法があります。従来の操作では「傍点をつける範囲選択」を細かく区切る必要があり、相当なストレスがあったはずです。範囲選択をしても約物への傍点は避ける新機能につながりました。これはヒアリングしなければ得られなかった機能です」
――これは、使う人にしか分からない観点ですね。ユーザーの反応はどうですか
「ささる方にはささるようで、傍点機能=神と呼ばれることも(笑)。手応えを感じています」。
――それにしても、一太郎に思い入れの強い作家さんが多いようですね。
「今回、ヒアリングさせていただいた作家さんからは『一太郎がなくなったら筆を折る』とか『一太郎に(ストーリーのお告げが)降りてくる』とまで言われました。単なるツールではなく、それ以上の存在として思ってくださる方が1人ではなくて。本当にありがたいことです」
――「俺らの一太郎がスパダリのわけがない」という小説タイトル。スパダリとは、「スーパーダーリン」の略称で、高身長・高収入で性格も非の打ちどころのない男性の称賛を意味するようです。開発者として、とても謙そんしているように聞こえますが?
「最近になって、ツイッターで『スパダリ一太郎』とつぶやかれているのを見つけたのです。初めは意味が分からず、何だろうと思いましたけど(笑)。スパダリと言われるのは非常に有り難いのですが、一太郎としてできることはまだまだあるぞ、という気持ちでいます。もの書きさんに向けた本格的なソフトとしては、2017のバージョンから取り組んできていて、まだ歴史が浅い。まだまだ改善点があるはずだろうと」。
「ただ、良い循環になってきているという実感もあります。新機能に対して、喜んでいただける一方、もう少しこの点をこうしてほしいという要望があがりやすくなっています。改善点を探りながらバージョンアップしていくと、一太郎がさらにすごい製品になるんじゃないかと。一太郎のユーザーの方には、親身になって応援してくれる雰囲気があります。アンケートの自由回答欄には、昔からずっと使ってくれているという方から、応援メッセージが書かれていて、一緒に育ててくれているようで本当に励みになります」
*「俺らの一太郎がスパダリのわけがない」は現在は販売しておりません。今後について、ジャストシステムは「同人誌即売会などにあわせた再版を含め検討中」としています。
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