連載
#7 金正男暗殺を追う
<金正男暗殺を追う>2週間前の遅刻、マカオで漏らした「裏人脈」
金正男(キム・ジョンナム)氏は、2017年2月に殺害されるまで、中国南部の「マカオ」を拠点に暮らしていた。豪華なカジノが立ち並び、「東洋のラスベガス」とも呼ばれる観光都市。ここで正男氏は、意外な人物と接触していた。殺害される18日前のことだ。(朝日新聞国際報道部記者・乗京真知)
2017年1月25日。パリを訪ねていた正男氏は、マレーシアに立ち寄った後、自宅のあるマカオに戻った。
翌26日、友人を夕食に誘った。珍しく約束の時間に30分ほど遅れてきた正男氏は、友人に「申し訳ない。北朝鮮では遅刻したら命がない。5分でも許されない」と律義にわびたという。
正男氏は好物のスシをつまみながら、遅れた理由を説明した。「ついさっきまで、米国のカジノ関係者と会っていた」。世界有数の米カジノ運営会社「ウィン・リゾーツ」系のホテルで接触し、お酒を飲んでいたという。
友人が「米国でカジノと言えば、もしかしてトランプ大統領のメッセンジャー?」と尋ねると、正男氏は驚いた様子で顔を見合わせ、「どうして分かるの?」とだけ答えたという。
北朝鮮を追われた正男氏は、北京で過ごした後、マカオに落ち着いた。マカオには家族と住む自宅のほかに、交際女性が暮らすマンションがあった。
正男氏は高級ホテルのレストランやバーを好んだが、マンションに気の知れた仲間を招くこともあったという。ガラスのテーブルにキムチやナムルが並ぶ食卓。リビングには白い愛犬がおとなしく座っていた。
冒頭の米国人との接触の直後、正男氏が周囲に語ったことが、もう一つある。「2月6日にマレーシアに行くことになった」。渡航目的は告げなかったが、米国人との接触によって、何らかの約束が入った可能性をうかがわせる。
正男氏はマレーシア行きの航空券を押さえ、空港の送迎車両も手配した。
ちょうどこの頃、正男氏の行動を見透かしたかのように、ある一団がマレーシア入りした。北朝鮮の工作員グループ。暗殺の準備が大詰めを迎えていたことなど、正男氏には知るよしもなかった。
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【金正男氏とマカオ】正男氏がマカオの家賃をどうやって払っていたかは謎だが、中国政府が支援していたとの説が有力だ。メディアでは「海の見える高級住宅」が自宅として取り上げられたが、本人は知人に「あそこには住んでいない」と語っている。マカオは北朝鮮の資金洗浄の拠点としても知られ、米政府は2005年、資金洗浄に関与した疑いでマカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)に金融制裁を科した。
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