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オウム、海外が注目する意外な側面 信者数千人、他人事ではない国
オウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚ら教団の元幹部7人の突然の死刑執行に対し、海外でもさまざまな反応が起きている。自国に数千人の信者がいる「他人事ではない国」。スパイ事件に絡み化学兵器の影響に注目した国。死刑執行を非難する国があれば、「邪教勢力」への執行は当然とする国も。それぞれの国が注目したオウム真理教の「意外な側面」とは?(朝日新聞国際報道部)
一時は1万人以上のオウム真理教の信者がいたと言われるロシアでは、タス通信などの主要メディアが元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚らの死刑執行を速報した。ロシアでは教団の活動は禁止されており、ニュースには「ロシアで活動禁止のテロ組織」の注釈が必ずつけられる。
ノーボスチ通信などによると、松本死刑囚は1992年ごろからロシアで活動を始め、1995年時点でモスクワに七つの支部があった。早川紀代秀死刑囚が頻繁に訪れては自動小銃のカラシニコフやヘリコプターを調達していたという。
1991年に社会主義国だったソ連が崩壊。「ロシアでは思想の空白が生まれ、新興宗教が浸透しやすかった」(政治学者)という。未来を悲観したエリートの若者が教団を支持し、勢力を伸ばしていった。
地下鉄サリン事件直後の1995年3月、裁判所が教団のロシアでの活動を禁止した後も、信者は約3万人にのぼったとの見方がある。2000年には極東の沿海地方で信者が逮捕された。松本死刑囚の奪還を目指して東京や札幌、青森でテロを計画したという。
その後も非合法の活動が続いており、2016年にもモスクワとサンクトペテルブルクで20カ所以上が捜索され、今年5月にも信者が逮捕された。経済紙RBCによると、いまも54の地域に数千人の信者がいるとされ、オウム真理教への警戒感は強い。
イギリスでは今年3月、オウム真理教がメディアに注目された。イギリスに住むロシアの元スパイが神経剤「ノビチョク」で狙われたとされる殺人未遂事件では、さまざまな化学兵器について、開発の歴史や過去の事件で使われた例が報じられ、その一つとして地下鉄サリン事件も取り上げられた。
フィナンシャル・タイムズは3月、「テロリストによって化学兵器が使われたことが判明している唯一の例」として言及。テレグラフ電子版は5月、元スパイ父子が回復していることを伝える記事で、地下鉄サリン事件の被害者が脳や目、精神面などに長期的な健康被害を被っていることを紹介した。
オーストラリアでは公共放送ABCが6日、死刑執行について東京特派員が速報した。さらに、「オーストラリアとのコネクション」として、オウム真理教が1993年に西オーストラリア州の砂漠地帯の牧場を購入して化学実験をしていた過去にも言及。サリン事件後のオーストラリア警察の捜査で、オウムが残していったサリン分解物や羊の死体が発見されたことにも触れた。
今も多くの死刑が執行されている中国では、松本智津夫死刑囚ら7人に死刑が執行されたことも淡々と報じられた。中国政府は気功集団の法輪功を「邪教」として厳しく取り締まっており、「邪教」の幹部への当然の死刑執行という位置づけだ。
ただ、国営新華社通信は「23年にわたる裁判に一区切りついたが、全ての真相が明らかにならないまま死刑が執行されたことに、一部の被害者家族や関係者が遺憾の意を示した」とも伝えた。
中国外務省の陸慷報道局長は6日の定例会見で「邪教勢力が多くの罪のない人たちを死傷させた怒りを禁じ得ない事件について、中国は当時から強い非難を示した」とコメントした。
同日に7人が死刑を執行されたことについて、死刑を「基本的人権の侵害」と位置づける欧州連合(EU)は反発している。
EU加盟28カ国とアイスランド、ノルウェー、スイスは6日、「被害者やその家族には心から同情し、テロは厳しく非難するが、いかなる状況でも死刑の執行には強く反対する。死刑は非人道的、残酷で犯罪の抑止効果もない」などとする共同声明を発表。「同じ価値観を持つ日本には引き続き、死刑制度の廃止を求めていく」とした。
EUによると、ヨーロッパで今も死刑を執行しているのは、ベラルーシ1国だけ。死刑廃止はEU加盟の条件になっていて、加盟交渉をしているトルコのエルドアン大統領が2017年、死刑制度復活の可能性に言及し、関係が急激に悪化したこともある。
ドイツのザイベルト報道官は6日の記者会見で「1995年のひどい犯罪を思い起こさせた。死者が出てなお多くの人が後遺症に苦しんでいる」としたうえで、「われわれは死刑制度の無条件に廃止するという立場に立っている。友好国に対してもそうした対応は変わらない」と述べ、死刑執行を批判した。
シュピーゲル電子版は「日本は死刑を堅持する数少ない先進国だ」としたうえで、「アサハラの死は、支持者の目には殉死と映り、新たな指導者を生みかねない」とする専門家の声を紹介した。
イギリスのBBC電子版は、地下鉄サリン事件やオウム真理教についての説明のほか、死刑は絞首刑で深刻な殺人罪に限られることや、執行が事前に公表されることはなく死刑囚も数時間前に知らされることなど、日本の死刑制度も解説した。
英紙テレグラフ電子版も死刑制度について「執行はまれだが、死刑制度は大多数の支持を受けている」などと説明した。
ロシアでは死刑は1996年を最後に執行されていない。当時のエリツィン大統領が欧州の多くの国が加わる人権擁護機関の欧州会議(本部・ストラスブール)に加盟するため、刑法に死刑の規定を残したまま、大統領令で死刑執行のモラトリアムを宣言したからだ。
しばしば強権的な政治姿勢が批判されるプーチン大統領もモラトリアムを引き継ぎ、2009年には憲法裁判所が各裁判所に死刑判決を出すことを禁じた。
ただ、ロシアメディアは6日、オウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚らへの死刑執行のニュースは大きく伝えたものの、死刑の是非に触れる報道は少ない。2000年代に入って市民が犠牲になるテロ事件が続発し、しばしば死刑復活をめぐる議論が起き、議会でも右翼政党がモラトリアムの廃止を主張。死刑の是非論は今も割れているからだ。
一方で、一時は世論調査で8割以上を占めた死刑復活を求める声は、徐々に減少している。独立調査機関「レバダ・センター」の2017年の調査では、死刑復活に対する賛否は賛成44%、反対41%だった。
韓国も死刑制度は存在するが、1997年に23人に執行したのを最後を行わないモラトリアムを保っている。2005年に国家人権委員会が死刑制度廃止を勧告した。ただ、その後、残虐な連続殺人事件が起こったこともあり、世論は廃止に慎重で議論は進んでいない。
最大部数を誇る「朝鮮日報」(電子版)は「G7のうち、米国とともに死刑制度を維持している日本は珍しい存在」と指摘し、日本の死刑執行の方法を詳しく紹介した。日本での死刑執行は米国と異なり、執行当日に死刑囚に知らされるとし「国連拷問禁止委員会は日本の死刑方式について『死刑囚や家族に心理的な負担を与える』と非難してきた」と指摘。2015年の政府調査で国民の約80%が死刑制度に賛成した、とも紹介した。
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