話題
「アメリカ最強」の圧力団体「NRA」 銃規制に立ちはだかる金と権力
アメリカでは毎年のように銃を使った乱射事件が起き、その度に銃規制を求める世論が大きくなります。今月もラスベガスで58人が亡くなる事件がありました。ですが、銃規制は一向に実現には至りません。背景には、アメリカ最強の圧力団体と言われる全米ライフル協会(NRA)の存在があります。その実態を調べてみました。(朝日新聞国際報道部記者・軽部理人)
銃の入手・所持が厳しく規制されている日本では信じられないことですが、アメリカでは銃を簡単に手に入れることができます。銃器の専門店で売っているだけではありません。全米に5000を超える店舗ネットワークを持つ小売り最大手で、日本で言えばイオンのような存在のウォルマートにも銃器コーナーはあります。食料品売り場から、わずか数メートルの位置に設けられるなどしています。
州によって違いますが、一般に銃器を買うのに許可証はいらず、登録もいりません。シンクタンクのピュー・リサーチ・センターの2017年調査によると、アメリカの約4割の世帯が銃を持っています。
20年以上前の話になりますが、私はアメリカに住んでいたことがあります。家族ぐるみで親しくしていた年配のアメリカ人夫妻がいて、ご主人が寝室のタンスに入れていた銃を見せてくれたことがあります。なぜ持っているのかと聞くと、「自衛のため」と言っていました。普段はアメリカンフットボールを愛し、私たちのような外国人にもフレンドリーに接してくれるご主人の、別の一面を見たような気がしました。
自衛のために銃を持つという考えがアメリカでは広く浸透しています。国土が日本の25倍もあり、何かあったときに警察が来るまで時間がかかることも。そんなとき、自分を守れる銃の存在は心強いという意見もあります。
また、強く影響しているのが「アメリカ合衆国憲法修正第2条」です。こう書かれています。
これを根拠に銃規制に強硬に反対している団体が、NRAです。
全米ライフル協会、通称NRA(National Rifle Associationの略)は1871年につくられました。当初は射撃技術の向上を目指す団体だったそうですが、いまは銃を持つ権利を守ることに力を入れています。
会員は公称で約500万人いて、女優のウーピー・ゴールドバーグや大リーグ伝説の投手ノーラン・ライアンら、著名人も多く参加。俳優の故チャールトン・ヘストンが会長を務めていたこともあります。
最も有名なスローガンが、"Guns don't kill people, People kill people"(銃が人を殺すのではない、人が人を殺すのだ)です。
NRAが「最強」と言われる理由は、その資金力と政治力にあります。
アメリカのテレビ局CNNによると、NRAが2013年に得た総収入は、約3.5億ドル(約392億円)。銃器産業からの献金に加えて、個人からの寄付もとても多いとのこと。確かにNRAのホームページを見ても、「寄付のお願い」と大きく書かれています。
NRAはその豊かな資金を惜しみなく政治家に与えています。オンラインニュースサイト「ビジネス・インサイダー」によると、今年の上半期にNRAが政治家に献金した額は約320万ドル(約3.6億円)。この額は2016年の年間総額(約318万ドル)を既に超えています。
CNNによると、NRAから過去10年間でいちばん献金を受けた議員が、共和党のジョン・マケイン上院議員。2008年にあった大統領選挙でバラク・オバマ氏に敗れた候補者で、アメリカ政界の超大物です。その額は実に計770万ドル(約8.6億円)にのぼります。
2番目はリチャード・バー上院議員(情報委員会の委員長)で約700万ドル(約7.8億円)、3番目はロイ・ブラント上院議員(元下院院内幹事=下院では、少数党ならナンバー2のポジション)で約450万ドル(約5億円)。いずれも共和党の議員です。
議員に働きかけて影響力を使うこと自体は、悪いことではありません。ですが、多額の献金を受けている議員が、その業界に気を使うのはどこの国も同じでしょう。NRAがいかに議員の心をつかんでいるかが分かります。
NRAは銃規制に理解があるかどうかで議員を格付けし、ホームページで公開しています。ランクは「A+」から「F」の7段階(「?」を除く)。「A+」は「憲法修正第2条の理念を広めるために大活躍して、NRAを守るための法案に対する投票でも文句なしの実績」な議員。ちなみにアメリカの連邦議会では、日本のように法案の賛否で党の方針に従う党議拘束がないので、一人ひとりの議員がそれぞれの信念に基づいて法案に投票できます。
「F」は逆に「銃を持っている人々の真の敵」としています。
例えば11月にバージニア州である知事選では、候補者の共和党・ギレスプ元大統領顧問に「A」、民主党のノーサム副知事に「F」評価を下しています。
「F」がつくと、NRAが献金しないのはもちろん、ネガティブ・キャンペーンも展開されるため、この格付けは選挙に出る候補者に重大な影響を与えるとの認識が持たれています。
アメリカのテレビ局CBSによると、銃規制に関する法案は過去6年で100件以上が廃案となりました。例えば、銃器を買うときの身元確認をより厳重にする法案や、テロ容疑のある人物に銃器を売らない法案です。
逆に最近は、銃の消音器(サイレンサー)を買う際にかかる制約(何カ月もかかる手続き、登録料200ドルを払うことなど)を撤廃する法案を通すよう圧力をかけています。
2012年12月にコネティカット州の小学校で起きた銃乱射事件では、20人もの幼い命が奪われました。銃規制の世論も高まり、NRAは「二度と起きないよう、意味のある貢献をする用意がある」と声明を発表。しかしふたを開けてみれば、「すべての学校に武装した警察官を配置すべきだ」との考えを示すもので、銃規制とはほど遠い内容でした。
ラスベガスの事件では、1発ずつしか発射できない半自動小銃を、全自動で連射できるように改造できる「バンプストック」と呼ばれる装置が使われました。このバンプストックについて、NRAは「規制を課すべきだ」との声明を発表。より厳しい規制を求める世論が大きくなる前に、手を打ったといえます。
一方、同じ声明では「不幸にも、銃規制をさらに進めようとする政治家も何人かいる。法を守るアメリカ人に銃を禁じれば、将来起こりうる犯罪から守ることができなくなる」と従来通りの見解を表明。「これ以上の銃規制はさせない」という姿勢を明確にしました。
「銃が規制されない限り乱射事件は起き続ける」という主張を、NRAが受け入れることは難しいのでしょうか。
アメリカの連邦議会で10年間スタッフを務め、アメリカ議会での予算編成に深く携わり「予算男」と言われた共和党のピート・ドメニチ上院議員(元上院予算委員長)と長く仕事をした中林美恵子・早稲田大教授に聞きました。
「ドメニチ議員の元には、ひっきりなしに様々な団体が陳情に来ていました。アメリカの議員は日本とは比べものにならないくらい一人ひとりの影響力が大きいため、議員への働きかけも力が入っています。議員は、自らの投票行動が果たして票につながるか、再選できるかどうかを最も気にします。お金以上に彼らは、票が欲しい。どんなにお金を得ても、落選すれば意味がありませんから」
「NRAの影響力が非常に大きいと感じたのは、4年に1度の共和党大会の時。各団体がパーティーを開き、議員やスタッフをもてなしながら陳情しますが、NRAはその人員も規模も圧倒的。普段の広報活動にもかなり力を入れ、自らの主張を国民に広める活動が上手です」
「アメリカにいた当時、同僚と話していても、『自衛のために銃を持つ必要がある』という考えは様々な所で浸透しているのだと実感しました。日本人にはなかなか難しい感覚でしょうけど、国土が広くて西部劇でも分かる通り銃を多用してきたアメリカならではの価値観が反映されているのだと思います。銃問題は一刻も早くなくさなければいけませんが、根本的に解決するには、憲法修正第2条についての議論が欠かせないでしょう」
1/19枚