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IT・科学

辻仁成「なぜ今」ウェブマガジン? 57歳マルチ作家を動かしたもの

「自分のプラットフォームとしてのウェブマガジンを作りたかった」と話す辻仁成さん
「自分のプラットフォームとしてのウェブマガジンを作りたかった」と話す辻仁成さん

目次

 これまで電子書籍に距離を置いてきた辻仁成さんが、ウェブマガジン「デザインストーリーズ」をスタートさせました。デザインをテーマに、海外で活躍する日本人の物語を発信していきます。建築家、デザイナーのほか、サッカーの岡崎慎司選手による「ゴールのデザイン」も。「出版業界が衰退する中、自ら発信する場を確保したい」と語る辻さん。自身のプラットフォームに込めた思いを聞きました。

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関連リンク:ウェブマガジン「DESIGNSTORIES」

「書店にがんばってもらいたかったけど…」

 音楽や小説、映画など幅広い世界で活躍してきた辻さんですが、実は、電子書籍には批判的でした。

 「やっぱり、書店にがんばってもらいたっていう気持ちがありました。でも、さすがにそれも難しくなって」

 そんな中、辻さんが決断したのが、自らが編集長をつとめるウェブマガジン「デザインストーリーズ」でした。なぜ電子書籍ではなく、ウェブマガジンなのか?

 「かつては小説家も色々な作品を出せたんだけど、今は、出版社から注文がつくことが多い。だから、自分のプラットフォームとしてのウェブマガジンを作りたかったんです」

1997年1月、「海峡の光」で第116回芥川賞を受賞した時の辻仁成さん
1997年1月、「海峡の光」で第116回芥川賞を受賞した時の辻仁成さん 出典: 朝日新聞

岡崎選手のゴールも「デザイン」

 辻さんが考えるプラットフォームとは「誰かに強制されることもなく、同じような思いを持つ人に開放できる存在」。

 10月21日にスタートした「デザインストーリーズ」には、プロダクトデザイナーの深澤直人さんや、建築家の坂茂(ばん・しげる)さんら、辻さんと親交のある著名人から、オーストラリアで主夫をする男性まで、様々な人が登場します。

 デザインをテーマに、海外で活躍する日本人が寄稿したり、辻さんが取材したりした文章が掲載されていきます。「将来的には、書き下ろしの小説も発表していきたいですね」と辻さん。

 著者の中には、サッカーのイングランド1部レスターで活躍する岡崎慎司選手の名前もあります。

 「岡崎選手とは前から知り合いで、ずっと『書ける人』だと思っていました。長く海外の最前線で自らのポジションを築いている。そんな彼がフィールドでゴールを狙う時、そこにはゴールをデザインするという物語が生まれると思うんです」

レスターの岡崎慎司選手=2016年10月2日、ロイター
レスターの岡崎慎司選手=2016年10月2日、ロイター

「住んでいる人間の視点を大事にしたい」

 デザインを一つの物語としてとらえる辻さん。「デザインストーリーズ」では、海外に住んでいる日本人の物語を大切にしたいと言います。そこには、パリに15年以上暮らして感じた、国際ニュースへの違和感がありました。

 「日本のメディアは、テロとかイギリスのEU離脱とか、断片的な場面だけを伝えがちです。でも地球って一つの球体で。全部つながっている。トルコもシリアも難民もEUも、米ロの対立も全部つながってる。僕は海外で税金をおさめて生活していて、そんな住んでいる人間ならではの視点を大事にしたい」

 テーマであるデザインも、辻さんにとっては、かなり広い意味を持つようです。

 「人間は原爆も戦車も作ってしまう。これだってデザイン。ウェブマガジンでは政治や宗教を表立ってテーマにしませんが、そういったものも小説のようにオブラートに包んで届けます」

テロのあった仏南部ニースの海岸沿いの通りを警戒する仏軍兵士ら=2016年8月10日、喜田尚撮影
テロのあった仏南部ニースの海岸沿いの通りを警戒する仏軍兵士ら=2016年8月10日、喜田尚撮影
出典: 朝日新聞

「収益が出るまではボランティア」

 当面は広告を入れません。「収益が出るまではボランティアです」という辻さん。ビジネスモデルが注目されがちなウェブサービスの世界では、異例のスタートといえるかもしれません。

 「『何十万人が毎月みているんですよ』という威張り方よりは、この世界観を好きな人がコアに集まってくれればいいと思っています」

 数字より質を大事にする方針には、今まで電子書籍に距離をおいてきたからこそ見える、辻さんなりのウェブの未来があるようです。その思いは、最初に掲げたプラットフォームというサイトの立ち位置に現れています。

 「あくまで自分というカメラを通して見えた世界を物語として届けたい。どうやって稼ぐのって言われたら…メセナ制度で支援してもらうとか。デザイン大賞を作って協賛してもらうとか。やりながら、色々なことが見えてくるんじゃないかな」

「この世界観を好きな人がコアに集まってくれればいいと思っています」と語る辻仁成さん
「この世界観を好きな人がコアに集まってくれればいいと思っています」と語る辻仁成さん

規模より世界観を大事に

 現在、息子と2人でパリに暮らす辻さん。ツイッターでは、日々の生活で気付いた「生き方」に関する思いを率直な言葉で投稿しています。

 ツイートには千以上の「いいね!」がつくことも珍しくありません。電子書籍には距離を置いてきましたが、辻さんのデジタル上の発信力は決して小さくありません。

 「音楽、小説、映画、全部やってきた自分だからできるウェブの形がある気がします。全員が読むものではないかもしれないけど、人生の中で何らかのヒントを得たい人。もっと世界を見てみたい人に響くものを形にしたい」

辻仁成さんが創刊したウェブマガジン「デザインストーリーズ」
辻仁成さんが創刊したウェブマガジン「デザインストーリーズ」 出典:http://www.designstoriesinc.com/

 規模より世界観を大事にしていくという辻さん。

 「どれぐらいページビューが取れるわからないですよ。でも、1年くらいは本当に自分たちが納得できるものでやってみたい」

 ウェブに詳しい人ほど、最新のテクノロジーや革新的なビジネスの手法に目が行きがちな昨今。辻さんからは、細かいことは後にして、とりあえずやりたいことに着手する気持ちが伝わってきます。57歳にして新たな世界へ生き生きと飛び出す姿からは、インターネットの原点を感じることができました。

    ◇

辻仁成(つじひとなり) 1985年、ロックバンド「エコーズ」でデビュー。1997年「海峡の光」が第116回芥川賞に。1999年には江國香織さんと同じ物語をそれぞれ男女の視点から描いた「冷静と情熱のあいだ Rosso」を発表。同作は2001年に映画化。映画監督としては「醒めながら見る夢」などを手がける。中山美穂さんと2014年に離婚した後は息子とパリで2人暮らし。お弁当のレシピを紹介した料理本も人気。2016年10月にウェブマガジン「DESIGNSTORIES」(http://www.designstoriesinc.com/)を創刊。

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