ネットの話題
群馬の「秘境」名物看板がリニューアル 早くも漂う〝風格〟の正体

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「グンマーの国境」などとしてネット上で親しまれてきた看板が、群馬・長野県境の毛無峠にあります。長年の風雨で文字がかすれて読めなくなり、ついに新しいものと交換されました。しかし新品のはずの看板は、すでにベテランの風格が…。どうしてわざわざこんな看板を設置したのでしょうか。「風格」を出すための工夫は――。看板を管理する群馬県中之条土木事務所と、看板を制作した関東積水樹脂(前橋市)に話を聞きました。
群馬県と長野県の県境にある毛無峠は、標高約1800メートル、冬季は積雪のため県道が封鎖されるという荒涼とした場所です。そんなところに「群馬県」「この先危険につき関係者意外立入禁止」「遭難多発区域」などと書かれた看板が並んでいることから、まるで「この先の群馬県が遭難多発区域で危険」であるかのように読めるとして、度々話題になってきました。
2019年公開の映画「翔んで埼玉」にも、この看板の場所がモデルとみられる秘境が、架空の群馬県として登場します。
3つ並ぶ看板のうち、「群馬県」「通行止」と書かれたものが、長年の風雨で文字が読めないほどにまでかすんでしまったことから、群馬県内の県道などを管理している中之条土木事務所が、看板を新しいものに交換。2025年の5月ごろから、人目に触れるようになりました。
しかし新しいはずの看板の文字はかすれ、赤や青の色もくすんでいます。あれ、古い看板のまま?でも看板の裏側はぴかぴか。間違いなく新品です。
実はこれ、中之条土木事務所が、あえて古く見えるデザインにしたとのことでした。文字の細かい傷や、くすんで見える色も、すべて印刷で再現されたものです。
事務所の担当者は「SNSなどでもさびれている場所として話題にあがるようなところだったので、新品のぴかぴかの看板をつけるのはあわないんじゃないかと考えました」と話します。「まわりの雰囲気を壊さないよう、少し古く、秘境感を出して欲しい」と看板製作を依頼しました。
その依頼に驚いたのが、実際に看板を製作した関東積水樹脂でした。
営業担当の矢島尚貴さんは依頼された当初、「公共の看板ですし、わざわざ新品にするものを、傷がついたようにしちゃっていいのかな」と当惑しました。
道路標識の製造販売を手がける関東積水樹脂。こうした標識では、文字が誰にでもはっきり読めるよう、文字の間隔や色、フォントが、設置場所によって細かく決められているのが常でした。新品を最初からかすれたようにしてほしいという依頼は極めて異例だったと言います。
とまどいながらも、どんな方法なら可能かをゼロから検討。レイアウト担当のNさん がアイデアを出して選ばれたのが、「インクジェット印刷でグランジ(かすれ)加工にする」というものでした。
通常、「国道4号」などと書かれた文字だけの道路標識は、光を反射するシートを文字の形に切り取って貼り付けるという方法が一般的です。しかしそれでは、文字をかすれさせたり、色みを調整したりする細かい表現ができません。そこで、かすれたように見える看板の画像をデジタル上で作り、それをシートに印刷してアルミ製の看板に貼り付ける、という方法にしました。
難しかったのは、「いかに自然にかすれたように見せるか」というところでした。
Nさんはパソコン上で、小さくて白い無数の傷の画像を、手作業で文字の上に配置していきました。うまく配置しないと不自然でわざとらしく見えたり、かすれすぎて文字が読めなくなったりしてしまいます。先代の看板の写真をそばにおいて参考にしながら、遠くから見ても近くから見ても自然に見える、いいあんばいのかすれ具合を探っていきました。
かすれ加工は「ここまでかすれさせちゃっていいのかな」と迷いながらの作業でしたが、いざ始めると3時間ほどでできあがったといいます。
傷の加工に加え、赤と青の部分は退色したような淡い色合いのものに変え、白い部分もくすんで見える色味にしました。それ以外の、看板の大きさやフォントは従来通りの仕様とし、問題なく文字が読めるようにしました。
最終的には文字の色が濃いめのものと薄めのもの、2種類のバージョンを発注元の中之条土木事務所に納品。より薄いほうが採用されました。「イメージ通り、理想的なものを作ってくれた」と、すぐOKが出たそうです。
新しい看板は2024年の11月に設置されましたが、一帯は冬季通行止めに。しばらくは人目に触れないままとなり、いつしか関東積水樹脂の担当者の二人も、看板の存在を忘れかけていたそうです。
年が明けて5月。通行止めが解除され、新しい看板がようやく人目につくように。現地を訪れた人が看板の写真をアップし、SNSには「毛無峠ブランドを毀損させないためなのか、間近でみると看板は汚れてる風のプリントというこだわり」や「解ってるなぁ群馬県」などと好意的な投稿が相次ぎました。
追い風を受けてか、嬬恋村観光協会が8月に開いた毛無峠の山歩きツアーは、受付開始30分で15人の定員がいっぱいになる人気ぶりだったそうです。
「普段我々が作っている道路標識は、人の目にはついても、記憶に残ることはほとんどありません。その点、ちょっと今回の件は特別というか、いい思い出になりました」と矢島さん。
これだけ話題になると、会社にとってもプラスになったりするのでしょうか。
矢島さんは「『こういうこともできますよ』というアピールにはなったと思うけど、今回みたいなかすれ加工の依頼はまずあり得ません。いまのところ、業績へのプラス効果はまったくないです(笑)」。
ちなみに、新しくした看板の耐用年数は約10年。毛無峠の過酷な自然環境ゆえ、もう少し早く寿命がくる可能性もあるそうです。「あり得ない」依頼の経験が生きる時が、また来るかもしれません。
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