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ゼミ課題は「ひとり旅」 バックパッカーの心理学者が語る旅の効果

体重が増える「旅行」と減る「旅」

自宅の庭先で息子に撮ってもらったという林幸史さん
自宅の庭先で息子に撮ってもらったという林幸史さん

目次

人はなぜ旅をするのか。旅をして何を得るのか――。心理学の視点から旅を研究する「観光心理学」が専門の大阪国際大教授・林幸史さんに話を聞きました。ひとり旅には自分を「つくりかえる」力があると言います。(朝日新聞withnews編集部・川村さくら)

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はやし・よしふみ
1976年大阪府八尾市生まれ。関西学院大学大学院社会学研究科にて博士学位取得。大阪国際大学人間科学部心理コミュニケーション学科教授。 大学時代にひとり旅を始めた。来年50歳になる記念にヒッチハイクでの日本縦断を計画中。観光心理学者のいいところは「研究で好きな旅を続けることができること」。

「〝旅行〟や〝旅〟の定義はあってないようなものなんです」

インタビューの冒頭、林さんはこう切り出しました。

林さんの定義によると、まず動機や目的を問わず住んでいる場所からどこかよその場所へ移動することを「旅行」と呼びます。

その「旅行」の中に「観光」や「旅」が含まれます。

場所・視点・役割を日常から「転換」させるのが観光、自己・計画・予算を「切断」するのが旅だと林さんは言います。

「一番わかりやすいのは、帰ってきて体重が増えているのが『観光』、減っているのが『旅』なんじゃないでしょうか。自分をそぎ落とし、今とは違う自分になりたい。そんな気持ちがあるものが旅だと思います」

年齢で変わる動機

人はなぜ旅をするのでしょうか。

林さんはかつて「刺激性」「意外性」「健康回復」「文化見聞」「自然体感」「現地交流」「自己拡大」の7つに分けて、海外へ渡航前の日本人を対象に調査を行いました。

そこでは若年層は「刺激性」「意外性」、中年層は「健康回復」、高年層では「文化見聞」「自然体感」の動機が強く働いていることが分かりました。

「歩き旅」の効果

また林さんは旅の効果について、「歩き旅」にしぼって世界の研究に目を通しました。

国内だと四国遍路、海外ではスペインのサンティアゴ巡礼、アメリカのロングトレイルなどが対象になっています。

経験者が感じる効果には重なりがあり、「自信がついた」「達成感」「価値観が変わった」「仲間ができた」「自然と一体になれた」「人生への感謝」「自分にとって何が大切か考えられた」などがあがっていました。

談笑しながら遍路道を歩く参加者=2023年、高松市中山町、土居恭子撮影
談笑しながら遍路道を歩く参加者=2023年、高松市中山町、土居恭子撮影 出典: 朝日新聞

行動で自分が変わる

林さんは人々にひとり旅を経験してほしいと話します。

「普段の生活では結局学校だとか職場だとか似た境遇の人が集まる環境で過ごすことが多いです。そこを飛び出して普段とは違う人たちと出会い、そうした人と自分を比較したり、何か自分について指摘をされたりしながら『新しい自分』を見つけていくことができます」

「たとえ1泊2日のひとり旅だとしても、周囲に話せば『あんたひとり旅するんや、すごいね』という評価を受けます。『わたし勇気があるのかも』と自分への認識が変化して、行動にひっぱられて自分自身が変わっていきます」

分離、過渡、統合

ただ、林さんはとりわけ数週間以上の長い旅をすすめます。

文化人類学で通過儀礼について言われる概念で、分離→過渡→統合というものがあります。

旅にもその概念は当てはまり、なじんでいた日常から切り離され、旅先へ出る「分離」、旅先で旅人という宙ぶらりんな立場で過ごす「過渡」、日常生活へ帰還する「統合」。

長い旅で時間をかけてこの過程を経験することによって、自身について振り返り、変わるチャンスが大きくなると言います。

課題「ひとり旅」

大学では毎年、1年生向けの授業の1コマを使って自身のひとり旅経験について語っています。

ゼミ生の夏休みの課題は「ひとり旅」。今年は行き先を「島」に限定したのだとか。

「心理に興味がある学生はおとなしい子が多くて、ひとり旅を初めてやったという子がほとんどです。しかもせっかく行っても1泊で帰ってくる子が多い。もったいないですよね」

「でも旅じゃなくてもいいから、自分にはこれがあるっていうものをぜひ見つけてほしいなと思っています」

毎日帰りたかった初ひとり旅

林さんは浪人生時代に予備校の講師がすすめていた冒険記「サハラに死す――上温湯隆の一生」(ヤマケイ文庫)を読み、大学生になったら旅をしようと決めました。

大学生になってからはカナダで初めてのひとり旅。慣れない旅で、バックパックをシャンプーまみれにするなど毎日散々。帰りたいとべそをかく日々でした。

しかし、その後も国内をバイクで回ったり、卒業後の2年間でアジアを周遊したり。

そうするうちに旅が人の生き方に与える影響に関心を持ち、観光心理学に取り組むようになりました。

お遍路を歩いたり、北海道をひとりでツーリングしながら旅人にインタビューをしたり、旅をしながら研究を行っています。

インスピレーションの源

経済状況や通信環境、世界情勢など、この数十年でも大きな変化が起きています。

旅にかかる金額が変わったり、どこにいてもインターネットがあれば友人たちとつながれたり。

けれど林さんは、旅に対する人の普遍的な姿勢は変わらないと言います。

「旅が人の心にどう作用するのか。それを解き明かしていくことによって旅の魅力を人々に伝えていきたいです」

「いつの時代も、人間にとって、旅はインスピレーションの源です。旅を経験することで、人生を楽しく生きていくためのスキルとか知恵が身につけられると思うんです」

バックパッカーの観光客=1973年、ギリシャ・クレタ島、福永友保撮影
バックパッカーの観光客=1973年、ギリシャ・クレタ島、福永友保撮影 出典: 朝日新聞

若者のひとり旅
<若者のひとり旅>
みなさん、旅行は好きですか?お金や時間が必要で、かつ天気やトラブルなど不確実性の高い「旅」は、〝コスパの悪い娯楽〟とも思われるかもしれません。令和を生きる若い世代は、どんな旅行をしているのでしょうか。なかでも「ひとり旅」をする理由は?そして、旅行をしない・できない理由とは?多方面から読み解きます。
     ◇
朝日新聞フォーラムでは、「若者のひとり旅」にまつわるアンケートを実施中です。回答は25日14時まで。ぜひお寄せください。
【回答はこちらから】https://www.asahi.com/opinion/forum/229/

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