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中関白家が凋落したからこそ…〝枕草子のたくらみ〟輝き続ける「美」

京都市右京区にある車折神社の「清少納言社」。清少納言がまつられています
京都市右京区にある車折神社の「清少納言社」。清少納言がまつられています 出典: 水野梓撮影

目次

紫式部を主人公としたNHKの大河ドラマ「光る君へ」。藤原道長の兄・道隆たち「中関白家」の栄華が描かれるのは短い放送回にとどまりました。清少納言を推す編集者・たらればさんは「短期かつ悲劇的なかたちで終わった道隆政権でしたが、その歴史的事実が『枕草子』を成り立たせ、輝かせている要素なんです」と指摘します。(withnews編集部・水野梓)

短かった中関白家の栄華

直近の第18回「岐路」では、道長の兄・道隆(井浦新さん)の死後に関白に命じられた道兼(玉置玲央さん)が就任の日に倒れ、7日後に亡くなるという「七日関白」が描かれました。
水野:こんなに早く、まひろ(吉高由里子さん)から母を奪った「かたき」でもある道兼が死んでしまうとは思いませんでした…。

たらればさん:玉置道兼さん、好感度最低からぐんぐん上げていって、上げきったところで舞台から退場……、というのが、演出だとわかっていても切ないし残念ですね。道長(柄本佑さん)が抱きしめる、という最期もすごかった。

水野:道長の父・兼家と、兄・道隆は妻が看取って、思い出に残る歌を口にして亡くなりましたが、今回は道長なんだなぁ…と思いましたね。

たらればさん:残酷でもあり、運命でもあり…、「藤原道兼」という、どちらかといえば知名度の低かった歴史上の人物が、ドラマを通して多くの人々の心に印象深く刻まれたと思うと、まさしくこれが大河ドラマの醍醐味だなぁ、と思います。

水野:中関白家(道隆たち一家)の栄華はたったの2回で終わってしまって…スペースのリスナーさんからは、
思っていたより道隆さまが(この作品では)ダメな為政者として書かれたこと、定子陣営の著しい凋落の中で一人清少納言が気を吐いているのが描かれているであろう5月のスペースでのたらればさんの情緒が心配です。(お気を確かに)
というコメントが届いています。

たらればさん:そうなんですよぉ…。ご心配の通り、心が乱れに乱れております。史実は史実、ドラマはドラマと割り切っているつもりだったんですが…ぜんぜん割り切れていないですね…。

「出世やーめた」と手放せない事情

たらればさん:世の中には中関白家ファンも多々いらっしゃると思いますし、忸怩たる思いで見ている人もいらっしゃると思います。

ドラマが始まる前から想像はしていて、いち清少納言ファンとしては「こういう描き方になるよなぁ」というのが正直なところです。まぁ、そうだよなぁ、と。

水野:残っている資料などから分析すると、そう想定できた…ということでしょうか。

たらればさん:この大河ドラマでは、道長が遠慮がちだけど慈悲深く市井の民を思う政治家として描かれ、道隆がことさら自分の一家の行方しか考えない酷薄な政治家のように描かれていますが、「史実は違いますよ」「ここはかなり大胆な創作ですね」とは言っておきたいです。道隆と道長に、思想信条や政治上の関心事に大きな違いがあったという史料はありません。

水野:なるほど。
たらればさん:その一方で、中関白家びいきのわたしとしては、「道長は運がよかっただけ。身内相手だろうと残酷で意地悪な手も使う人間だし、とりたてて政治的な手腕が高かったわけじゃない」と思いたかったところがあるんです。「思いたかった」という自覚ですね。

でも、道長は働き者だったという記述も残っていますし、人心掌握や行政手腕に優れていたんだろうなぁ…と思える史料もたくさんあって、そういう史料や記録は、…こう、なんというか、中関白家ファンとして薄目で見ていました(薄目?)。その、あえて薄目で見ていたところを、今回の大河ドラマではっきりと見せつけられているよな、と(涙)。

すくなくとも道長は運がよかっただけではなく、父の兼家や兄の道隆がとってきた行政的な手腕や当時の人間関係の機微と仕組みをよく学び、最適解を叩き出し、それにのっとって権力を手に入れたんだろう、と。

水野:道長が年の離れた末っ子で、父の兼家が出世したときにまだ若かったとか、帝の母である姉の詮子さまと一緒にいた時間も長くて、それで取り立ててもらえた、という運の良さはあったんでしょうけど、それだけではない、ということですね。

たらればさん:はい。史料では、道長は今後、(伊周たちの自滅だけでなく)定子さまを追い落とすためにけっこうエグい手を打ってきます。それをどう描いていくかが楽しみ……というよりは泣いたり笑ったりまた泣いたりして見るんだろうなと思います。

水野:ドラマの道長は、出世にまるで興味がないように描かれていますが、現実はそうではないでしょうしね。

たらればさん:ドラマではあまり描かれていませんが、道長にも、定子さまのまわりにも、親兄弟だけでなく、育ててくれた人や使用人がおおぜいいて、当時の貴族はこの人たちを食べさせなければいけないんです。

自分が貴族社会で冷遇されればいまの家族も子孫も冷や飯を食らうし、雇っている人たちはみんな離れてゆきます。自分と一族の浮沈が、少なくとも数十人の人生を大きく左右するので、簡単に「出世やーめた」と放り出すわけにいきません。

権力を失っても輝き続ける〝美〟

水野:こうして凋落していく中関白家や定子さまたちを間近で見ていた清少納言ですが、輝いていた時を残そうと『枕草子』につづるわけですよね。

たらればさん:そこがまた、『枕草子』ファンであるわたしの胸を千々に乱れさせるんですよね…。

大河ドラマは創作世界を描いているのだから、もういっそ定子さまと一条天皇は手に手を取りあって80歳くらいまで仲睦まじく生きて、天寿をまっとうしてほしい。ききょうもまひろも、その姿をにこにこ微笑みながら眺めてほしい。でもそうはならなかった。そうはならなかったんです。そういうハッピーな世界では、おそらく『枕草子』も『源氏物語』も生まれえなかった。

道長が権力者として恐ろしく優秀であったからこそ中関白家は短期かつ悲劇的なかたちで終わり、その歴史的事実が『枕草子』を成り立たせ、輝かせている要素なわけです。
出典: Getty Images ※画像はイメージです
たらればさん:もうすこし抽象度を上げて説明すると、「光る君へ」の舞台である平安中期は、現代よりもずっと、「美」と「権力」が強く結びついていた時代です。権力があるものは美しいし、美しいものは権力がある、という等式だった。

そうした価値観が一般的だった時代に、『枕草子』は、「かつて権力に結びついて生まれた美は、文明という芽を吹き花を咲かせ、権力を失っても輝き続ける」と主張している、ある種の政治的文明論であるとも言えるわけです。

水野:なるほど…定子さまが権力の表舞台から姿を消しても、美しいものは美しいと…。

たらればさん:そうです。「誰々はいい人だった」とか、勝ち負けだとか、善悪だとかを越えたところに美はあるよね、ということですね。

そのうえで、そういった文明の勃興と衰退の過程で、読み手はどうしても、善とか悪とか、巧とか拙とか、バイアスをかけて読み取りたくなってしまうし、「そういう勝負」に持ち込んだ時点で『枕草子』は一定以上の成功を収めている、という話ですね。

これを平安文学研究者の山本淳子先生は「『枕草子』のたくらみ」と呼んでいて、この「たくらみ」は千年後の現代まで成功しているよなあ……と思っております。

水野:たしかに!

たらればさん:それと同時に、現時点(第18回「岐路」終了時)では、父や兄から苦労させられつつも定子さま(高畑充希さん)が政治的な手腕を見事に発揮されていて、賢く健やかに描かれており、その点についてはとても救われていて、心穏やかに見られています。

ファーストサマーウイカ納言さんのご尊顔や姿、立ち居振る舞い、ちょっとした所作や目線も解釈完全一致で、百点満点でいうところの二万点です。

平安中期 女性が政治的に活躍した時代

水野:自分の兄・伊周を天皇に推薦し、寵愛される定子さまもそうですが、道長の正妻・倫子さま(黒木華さん)の母・穆子(ぼくし/むつこ)さま(石野真子さん)が、女院と道長一家との同居を決めた、という政治的な決断も描かれていましたよね。

道兼が亡くなって、次の関白はどうするのか、というところで、伊周(三浦翔平さん)にしないように一条天皇を説得する詮子さま(女院さま/吉田羊さん)の迫力もすごかったですね。

たらればさん:はい。すごかった。東三条院詮子が寝所に乗り込んで、一条天皇に涙ながらに直訴した場面が「大鏡」(平安時代後期の歴史物語)に書かれています。

大鏡は史実ではない部分もありますけど、日本政治史上「女院」になったのは詮子さまが初めてなんですよね。それが関白の人事に影響する、天皇の宣旨に影響を及ぼす…というのは、帝の母親が政治に口を出していく制度の萌芽でもあります。

政治劇でもあるこのドラマで、詮子や定子や倫子が政治家としてしっかり描かれていて、とても嬉しいです。

平安中期という時代は、女性が女性として政治的に活躍した時代であり、その活躍ぶりを描いた作品はそれほど多くないので、良し悪しは別にして、とてもありがたいなあと思いました。

水野:そして次は、道長の娘の彰子さま(見上愛さん)が関わってくるわけですね。その彰子さまに紫式部が仕えることになる。

たらればさん:平安中期最高峰の権力体制を築いた藤原道長という人は、女性に支えられた政治家なんですよね。そうした作劇での「平安期最大級のグランドマザー」である彰子さまの描かれ方、楽しみです。

まだまだ出てほしい「枕草子」エピソード

水野:中関白家の栄華が描かれた回では、「枕草子」に登場するエピソード「香炉峰の雪」が描かれましたね。

たらればさん:放送まで百通りぐらい「こんな感じかなぁ」と考えましたが、「雪山づくり」と合わせるのは考えていませんでした。意表を突かれました。

とはいえNHKが本気で作ったセットで、御簾をかかげている清少納言のファーストサマーウイカさんが見られるとは……!

「これ、どういう意味?」というのを同席していた藤原公任(町田啓太さん)が解説する演出も、「おぉ~」と思いました。

『枕草子』の名シーンは、1000年間、いろんな人がいろんな解釈をして、「こういうシチュエーションだったんだろうな」と想像して……というなかで、「NHKが推しを受肉してくれた!」という感じでしょうか。

感動したし、「『枕草子』にはまだまだたくさん素敵なエピソードがあるので、そういうシーンも出てきていいんですよ」と思っています(笑)。

水野:わたしも、ききょう(清少納言)はまひろ(紫式部)と対照的な女性として、この物語に出続けてほしいなと思います。

たらればさん:まひろの家にききょうが訪れた時、作中の道長について、「権力で上を目指さない男ってどうなの?」という当時の女性の解釈をちゃんと入れているのがいちいちストライクなんですよね。

最終話まで出て、ちょいちょいまひろの家に遊びにきてほしい。そしてちゃんと「ウザい」と思われてほしいです。
◆これまでのたらればさんの「光る君へ」スペース採録記事は、こちら(https://withnews.jp/articles/keyword/10926)から。
次回のたらればさんとのスペースは、6月2日21時~に開催します。

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