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働き方改革、大事だけど… こだわりのケーキ店主が閉店を決めた理由
「労働条件が、だいぶ職人の仕事と乖離しました」
子どもの頃から楽しみだった、誕生日のショートケーキ……。なじみのケーキ店が閉店してしまうと聞き、お店を訪ねました。なぜ閉店を決めたのか、店主に取材すると、「働き方改革」との向き合い方の難しさがみえてきました。(朝日新聞コンテンツ編成本部・南有紀)
「実家の母もわたしも子供たちも大ファン」
「一番の残念な閉店ニュース」
「ホントに残念」
昨年末、川崎市高津区の洋菓子店「パティスリーパーク」が、年内での閉店を発表しました。
この地に開業して28年。地元に愛される洋菓子店の閉店の一報が、地元の情報を交換するSNSグループに投稿されると、住民からコメントが相次ぎました。
年末には、店の前に50メートルを超える行列ができた日も。
私もそんなファンのひとりで、子どもの頃から、誕生日には店主の朴哲秀(チョルス)さん(61)の作るフレジェ(イチゴのショートケーキ)を食べるのが毎年の楽しみでした。
パークのケーキを愛した客の一人として聞かせてほしい。朴さん、どうしてお店を閉めてしまうんですか。
パーク最後のクリスマスの日は、ショーケースのケーキや焼き菓子はもうほとんど売り切れなのに、客足は途絶えませんでした。
「ついこの前閉店を知って慌てて来て……」と、わずかに残る焼き菓子を買っていく人や、朴さんと話し込む人。
10年来の常連という地元の親子は、最後のフレジェを味わいながら、「もう食べられないなんて」と肩を落としていました。
「この国の労働条件が、だいぶ職人の仕事と乖離しました」
店頭に朴さんが貼ったお知らせには、そんな一文がありました。
店を開いたのは1995年9月、32歳のとき。
精密板金加工の職人だった父譲りの職人気質で、「何でも自分でやらないと気が済まない」性分の朴さん。
店では30種類以上のケーキや焼き菓子を販売し、14席のイートインスペースもそなえます。
2号店を持った時期もありましたが、自分の目が行き届かない商品に納得ができず、3年で閉めました。
食材の仕入れや仕込みから、コーヒーの味まで、追求を重ねてきた朴さん。ケーキの飾りの1ミリのずれも、一目見れば分かるといいます。
いいものを作るために常に上をめざしてきたからこそ、28年間で「完璧と思う商品は一つも作れなかった」と振り返ります。
すべてにこだわるから、すべてを手作りにしたい。でも、それを貫こうとすると、どうしても従業員の労働時間は長くなる――。
開店当初と比べ、労働をとりまく環境は大きく変わりました。
「ワークライフバランス」重視の風潮が広がり、長時間労働で従業員から訴えられたという同業者の話を聞くことも増えたそうです。
しかし、労働時間が短いということは、経験を積む時間が短いということでもあります。
「職人の世界というのは、免許や資格を持っているだけでは意味がない。現場に出て、経験を積まないと何も生まれないんです」
もちろん、朴さんは昨今の「働き方改革」に対して文句を言いたいわけではありません。
より短い労働時間で、生活を豊かにすることができるのなら、それはいいことだと考えています。当然、過労死なんてあってはならない。
でも今の社会は、「一生懸命頑張って働いて、自分を磨くことすらできなくなってしまっている」と感じて、寂しさをおぼえるのも事実だといいます。
「僕が若い頃は、下手でも一生懸命やっていたら楽しかったんだけどな」
時代の求めに応じてスタイルを変えていくか、やりたいことを貫き通すか――。
悩んだ結果、店を閉じることを決めた朴さん。でもこれは「前向きな撤退」だといいます。
今は、いったん休み、態勢をととのえて、お店の大きさや品数も考え直し、またどこかでお店を開けたら、と考えているそうです。
「職人は、僕の人生」。だから若い人の見本になる生き方をしたい。次の店も、「一生懸命頑張ること」のできる店にするつもりです。
1月中旬、記者が取材のため閉店した店舗を訪れると、「少しだけ頑張ります!」という新たな貼り紙がありました。
年末に品切れが続いていた人気の「ココナッツメレンゲ」(税込み720円)に限って、2月下旬まで販売することにしたそうです。
水曜~日曜の午前10時から午後5時(変動の可能性あり)まで販売予定。問い合わせはパーク(044・813・6485)へ。
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