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残業は少なく、諦めた資格取得…障がい児を育てる共働き夫婦の不安
筋力のピークは「5、6歳」といわれています
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筋力のピークは「5、6歳」といわれています
仕事と育児の両立支援制度は社会に浸透しつつありますが、障がい児や医療的ケア児を育てる親のなかには、働きたくても働けない人や、在宅勤務や時短勤務、休暇制度などを組み合わせながら、どうにか働いている人がいます。先天性筋疾患で知的障がいのある長女(1)を育てながら共働きをする20代の夫婦は、「2人ともフルタイムで定年まで働くことをイメージしていたが、難しいのかも」と将来を見通せないでいます。
千葉県に住む夫婦は、先天性筋疾患で知的障がいのある長女(1)を育てながら共働きの日々を送っています。夫(28)はエンジニア職として茨城県内の企業にフルタイムで勤務し、妻(28)は都内の団体職員として時短勤務をしています。
長女は寝返りをうったり、自分で座ったりすることはできません。筋力のピークは5、6歳で、寿命は10代といわれています。
成長しても歩ける可能性は低く、食べ物を自ら口に運んで飲み込むことも難しいため、介助が必要です。「ま」や「ぱ」といった赤ちゃんが発する言葉は出ますが、意味のある言葉を話せるようになるかは分からないといいます。
長女の笑顔に癒やされるという夫ですが、「筋力のピークを迎えた後に葛藤があるかもしれない。親としての自覚や決断がより求められる」と不安をのぞかせます。
長女は筋肉が固まらないよう、定期的なリハビリが必要です。週1回理学療法士が自宅を訪問するほか、月1回児童発達支援センターに、3カ月に1回都内の病院に通います。自宅でも日々、お風呂上りに5~10分のストレッチが欠かせません。
2022年9月に生まれた長女は、生後5カ月で病気の診断を受けました。夫婦はその後すぐにお互いの上司に状況を伝えたといいます。
妻は妊娠中から2023年5月に復職する想定で保育園を探していましたが、長女の病気が分かったためいったん白紙に。9月の復職を前提に4つの保育園に電話したところ、そのうちの一つが受け入れてくれたといいます。
ただ、「9月までには定員が埋まってしまうかもしれない」と言われたため、職場に相談の上で復職を7月に早めました。「障がいがあると入れる保育園が少なく、この機会を逃したら入れないかもと思いました」
夫は上司との面談で、「在宅勤務を多めにして、残業はあまりしたくない」と伝えていました。「娘は先が長くないので、娘との時間を優先したい」と話します。
夫婦ともに、週1、2回在宅勤務をしながら、訪問リハビリに対応します。夫は出勤の日もできるだけ定時で上がり、午後7時までには自宅へ戻って家事や育児を担っているそうです。
実家の両親にも長女の状態を伝えていますが、いずれも他県で遠方のため、頻繁に頼ることはできません。
妻が復職して数カ月、幸いにも長女が体調を崩して入院することはありませんでした。しかし、今後長期の入院が必要になった場合には、親の付き添いが求められることも考えられます。
そのときの状況に応じて夫婦どちらかが仕事を休み、場合によっては実家の両親にお願いすることも想定しているそうです。
長女が成長して介助がさらに大変になることを想定すると、夫は「今の会社で自分の等級や職位を保つのは難しくなるかもしれない」と感じています。
以前はAI関係の資格取得に関心がありましたが、受験資格を得るために土日を費やさなければならないため、諦めました。「資格がないと直ちに仕事に悪影響が出るということではありませんが、取りたかった資格なので残念な気持ちはあります」
上司は夫の状況に理解を示し、仕事を調整して振り分けてくれていると感じます。しかし、人事評価には一定の「仕事量」が関係してくるという認識もあります。
「絶対的な仕事量がほかの人より少ない私が、人並みのペースで昇進できるのか。同じ時期に入社した同僚が資格を取ったり、プロジェクトリーダーを務めたりする状況になったとき、同僚よりワンテンポ遅れたまま会社員を続けることに気持ちは耐えられるのか。娘の車いすや装具などにお金がかかるなかで、経済的にもやっていけるのか心配です」
フルリモート勤務やフレックス勤務を導入している企業への転職も頭をよぎります。
同じ病気の子を育てる家族会に参加した際、多くの親が「小学校に入ると夫婦がフルタイムで働くことは難しい」と話すのを聞きました。
障がいのある子を放課後や長期休暇中に受け入れる放課後等デイサービスは、開所時間が午後4~5時までという事業所もあります。その場合はどちらかが時短勤務にせざるを得ませんが、夫婦の会社ではいずれも、時短勤務を選択できるのは小学校3年生までです。
家計のことを考えると、年収の高い夫がフルタイムで働いて妻が時短にすることが現実的だといいますが、預け先次第では妻が仕事を辞めなければならないことも想定しています。
妻は、夫が育児に積極的に関わる姿をみていることもあり、「私が時短勤務にしなければならなくても、フラストレーションは感じません」と納得します。
一方で、母親側のキャリア形成には難しさを感じています。
「家族会にも、会社員としてバリバリ働く母親はなかなかいません。少しでも長く、細く働けるように時短などの制度を使って続けているという方が多い印象です」
「私は時短ですが、働いていると気持ちのオンオフを切り替えられて生き生き過ごせていると感じます。子どもの年齢に関わらず時短勤務にできたり、週休3日制を導入したり、少しでも働き続けられる環境を社会全体で整えてもらいたいと思います」
佛教大学社会福祉学部教授の田中智子さん(障がい者福祉)は、「共働きの父母双方の収入が家計維持に不可欠という家庭が増えています」と指摘します。
放課後等デイサービスの利用時間が短く、両親ともにフルタイムで勤務することが難しい現状について、「預かり時間が短いのは、主な目的が子どもの発達支援であり、親の就労保障という観点が抜け落ちているからです」と訴えます。
「親がきちんと働くためには、せめて一般の学童保育同様に午後6時ごろまでは滞在、利用できる制度に変え、それを支える報酬を確保する必要があります」
障がい児の親が働き続けるためには、企業の「配慮」だけでは限界があり、「多くのケアラーが働く社会になることを前提として、国が労働時間短縮など労働環境全般を設計し直していく必要がある」と指摘しています。
仕事と育児の両立のための制度は社会に浸透しつつありますが、健常児の育ちを想定して設計されたものがほとんどです。
育児・介護と仕事の両立支援に向けては、昨年12月に厚生労働省の審議会がまとめた制度の見直し案に初めて、障がい児や医療的ケア児を育てる親に配慮する視点が盛り込まれました。
見直し案では、個々の障がいの特性や家庭の状況によっては法律で定める支援制度では不十分なこともあるため、企業側は労働者の個別の意向について確認し、勤務時間帯や勤務地、業務量の調整など配慮することを求めています。
厚労省は見直し案を踏まえ、通常国会で育児・介護休業法などの改正案を提出する予定です。
国の政策変更に先行して、両立支援策を拡充したり、導入を検討したりする動きも出ています。JR東日本は4月から、障がい児や医療的ケア児、難病の子どもを育てる社員について、子どもの年齢にかかわらず時短勤務などを利用できるようにするそうです。
電機メーカーの労働組合でつくる電機連合は、2024年春闘で、障がい児や医療的ケア児を育てる働き手への両立支援や職場環境の整備を求め、経営側と協議する方針です。
※この記事は、withnewsとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。
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