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「女性ならではの…」NG発言してしまったら?瀧波ユカリさんに聞く

話題になったマンガの一コマ
話題になったマンガの一コマ 出典: 講談社提供

目次

「女性ならではの感性」という政治家の発言が批判にさらされました。一方で、典型的にしろそうでないにしろ、無意識の偏見や固定観念からは、誰もが容易には逃れられません。どのように向き合えばいいのか、最新の作品でこうしたテーマを盛り込んで描く、マンガ家の瀧波ユカリさんに聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
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「女性ならではの感性」への批判

9月13日、内閣改造の記者会見での、岸田文雄首相のある発言が批判されました。

「女性ならではの感性や、あるいは共感力、こうしたものも十分発揮していただきながら、仕事をしていただくことを期待したい」

感性や共感力は本来、性別によらない、個人の性質です。X(旧Twitter)では「女性ならではの感性」がトレンド入りし、ジェンダー平等の観点でアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)があるなどと指摘されました。

この内閣改造では、19人の閣僚のうち、過去最多タイとなる5人の女性が登用されていました。女性活躍をアピールしようとして、逆効果になった形です。

その後、15日に発表された副大臣と政務官の人事において、計54人がすべて男性議員で、女性議員が0だったことで、この話題が再度、取り沙汰されることに。岸田首相は19日にこの発言を「政策決定における多様性の確保が重要などとの趣旨を述べたもの」と説明しています。

この騒動の中で、あるマンガが話題になりました。『臨死!! 江古田ちゃん』(講談社)などの作者であるマンガ家の瀧波ユカリさんが現在、講談社のマンガアプリ「コミックDAYS」で連載中の『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』(同)です。

作者の瀧波さん自身が、この話題を取り上げたメディアの記事のURLと共に、『無痛恋愛』の1コマを貼り付け、13日にXに投稿。3000回以上リポストされ、1.1万以上のいいねが集まりました。

そのコマとは、女性が手を挙げ、『それって要は“女性ならでは”の「わきまえ力」を発揮しろってことですか?』と発言するというもの。
『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』 - 瀧波ユカリ/第2話(前編)『「女の敵は女」って言われすぎ問題』
『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』 - 瀧波ユカリ/第2話(前編)『「女の敵は女」って言われすぎ問題』 出典:『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』 - 瀧波ユカリ/第2話(前編)『「女の敵は女」って言われすぎ問題』
実は、このコマの前に当たるコマでは、前述の女性の上司に当たる人物(女性)が「このチームは女性が多いので ぜひ女性ならではの しなやかな感性と物腰と笑顔を活かしていただき…」と発言するシーンがあります。
『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』 - 瀧波ユカリ/第2話(前編)『「女の敵は女」って言われすぎ問題』
『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』 - 瀧波ユカリ/第2話(前編)『「女の敵は女」って言われすぎ問題』 出典:『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』 - 瀧波ユカリ/第2話(前編)『「女の敵は女」って言われすぎ問題』
このコマを含む話は、約2年前の、2021年12月に公開されていたもの。作中では発言者も、それに突っ込むのも女性であるものの、今回の騒動につながります。それだけよくあるステレオタイプ(固定観念)だとも言えます。

一方で、こうしたアンコンシャス・バイアスやステレオタイプは、典型的にしろそうでないにしろ、気づかないうちに多くの人が持っていて、時に露呈してしまうものでもあります。

どのように向き合っていけばいいのか、作者の瀧波さんに、フェミニズムやジェンダーをテーマにした『無痛恋愛』の制作の背景とあわせて話を聞きました。
 

啓蒙や善悪を教えるものではなく

――Xで瀧波さんの投稿が大きな話題を集めていました。2年前に公開された話が今こうして注目されたことをどう受け止めていますか?

そもそも、ふつうのマンガ家は、自分のマンガのコマをニュースに貼り付けて投稿したりはしないんですけどね(笑)。

(同席した担当編集者さんに『いい創作は予言みたいなところがありますから』と言われて)描いた当時は「もう、こういうことを(登場人物が)言うのは、ちょっと古いかな」くらいに思っていたんです。

このコマは、男性中心社会の中で、男性優位的な発想を内面化して、「わきまえる」ことで生き残ってきた、そうするしかなかった女性上司の発言に、女性部下が突っ込むという流れの中の一つです。

突っ込んだことで、同僚の男性から「女の敵は女」と、これも偏見や固定観念に基づいたことを言われる、そこまでを描きたくて描きました。
『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』 - 瀧波ユカリ/第8話『自分の気持ちに嘘をついてはいけない』
『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』 - 瀧波ユカリ/第8話『自分の気持ちに嘘をついてはいけない』 出典:『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』 - 瀧波ユカリ/第8話『自分の気持ちに嘘をついてはいけない』
『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』 - 瀧波ユカリ/第8話『自分の気持ちに嘘をついてはいけない』
『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』 - 瀧波ユカリ/第8話『自分の気持ちに嘘をついてはいけない』 出典:『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』 - 瀧波ユカリ/第8話『自分の気持ちに嘘をついてはいけない』
でも、政治の世界では現実の方がよほど遅れていて。このツイートをした後で、「副大臣と政務官54人中女性0人」というニュースが流れました。女性が0だったら、女性の上司と女性の部下のやりとり自体が発生しないですよね。こんなひどいニュースに貼るコマはありません(苦笑)。

そもそも「女性ならではの感性」という発言の方も、女性閣僚は19人中たった5人ですから。鬼の首を取ったように言うことでもないですよね。

――フェミニズムやジェンダーをテーマにした『無痛恋愛』を描く上で、どんなことを意識していますか?

実は、あんまり特別なことをしているというつもりもないんです。あくまで私の場合ですが、マンガは何かを啓蒙するものや、善悪を教えるようなものではないと思っています。

マンガは心を震えさせるもの。「自分が考えていることが描かれている」「整理できていなかったことがまとまっている」というのも、そうした反応の一つですよね。

「今ある問題に対峙している人」「同じことで悩んでいる人」を描くことで、救いになることもある。気持ちが上向く。これもいいことです。

もちろん、こうしたテーマを扱うことで、反感を買うことも承知で描いています。「男性をことさらに悪く描いていて、居心地が悪いからもう読まない」という声を聞くこともあります。

でも、何かしら残り続けて、10年後くらいにふと思い出すかもしれない。共感にせよ反発にせよ、まずしっかり読んで何かを感じてもらえれば、というスタンスです。

あとは、私は商業マンガ家としての意識が強いので、「面白さ第一」というのは何を描いても変わりません。

最近の更新分では「育児のつらさ」や「DV」といった問題を扱っていますが、こうしたシリアスな要素を入れ込みつつ、同時にマンガとして面白くなるようにバランスを取っています。

誰にでもある偏見との向き合い方

瀧波ユカリさん=2023年9月22日、朽木誠一郎撮影
瀧波ユカリさん=2023年9月22日、朽木誠一郎撮影 出典: 朝日新聞社
――『無痛恋愛』が初めてのウェブとアプリでの連載とうかがっています。想定されている読者層などはあるのでしょうか?

一応「女性向け」というのはあるのですが、ウェブやアプリである以上、誰でも読めます。いつでも新しい読者が入ってきてくれるようにはしたいですね。

『江古田ちゃん』のときから「身近な女性に勧められて」という理由で読んでくれる男性の読者もいました。女性の赤裸々なエピソードを描いていたので「男性パートナーにわかってほしい」「どう思うか知りたい」と勧めてくれる女性が多くて。

『無痛恋愛』も、優しくしすぎないようにしているので(笑)、男性には居心地が悪いエピソードもあるかもしれませんが、ちゃんと読んでもらえるようには心がけています。作中の男性の言動をひどいと感じたなら、「こんなことは女性には十分に起こり得ること」だと思って読んでほしいですね。

――男性読者として、『無痛恋愛』は特に過去の自分を振り返って、ハッとすることが多くあります。自分自身の偏見や固定観念とどのように向き合えばいいでしょうか。

誰でも偏見はたくさん持っています。私も振り返ればそうです。いかに気づいていくか、気づいた後でどうしていくかがターニングポイントになるんじゃないでしょうか。作中にも自分の行為の加害性に気づき、行動を改める男性のキャラクターが出てきます。変わることはできる。

私自身はマンガ家なので「こういう偏見を持っていた」という経験を大いに創作に活かします。

マンガを描いていると、難しいことがあって。例えば作中に「失敗を繰り返す職場の人」が出てくるのですが、その人はあえて、男性か女性かパッと見てわかりにくいように描きました。

「失敗を繰り返す職場の人」に、性別を紐づけたくなかったんですよね。美しくも、すごくうかつそうにも描けてしまう。偏見とか意地悪な気持ちって、絵に乗ってしまうんです。かと言ってへのへのもへじにするわけにもいかない。

なるべく読者に、私の要らん偏見を与えたくない。気づける限りは気をつけて描く。それは注意しています。

あとは、今は男女の話を中心に描いているけれど、「日本人の名前しかない」「健常者しか登場しない」という現状は自分でもイヤです。ただ、問題を扱うために要素を詰め込んでいくのは違うと思うので、バランスですよね。

「雑踏で難なく歩く人だけでなくベビーカーを押す人や杖をついた人などを描く」とかはするようにしています。読者を信用しているから。誰か一人くらいは気づいてくれるんじゃないかなって。

――10月に『無痛恋愛』の最新4巻が発売になりました。さまざまな課題がある社会の中で、今後どのようにマンガを描いていきたいですか。

少女マンガなどはまさにそうですが、もともとマンガは女性の生きづらさもテーマの一つとして扱ってきたと、私は感じています。時代によってはっきりと描けないこともあったけど、一方で伝わるものがあったり。

作家は昔から、こういうことが描きたいんですよ。今は抑えなくてもよくて、むしろ振り切れている方が話題になり、拡散されるようになりました。今の媒体では「大いに描いてくれ」と言われています。

『無痛恋愛』の反響からも、政治の世界はともかく、読者の意識は前に進んでいることがわかります。マンガは雑誌時代から、媒体に押されていないジャンルでも、作家と読者が切り拓いてきた歴史がある。そういう意味でも、読者と一緒に、前に進んでいきたいですね。

【プロフィール】瀧波ユカリ(たきなみ・ゆかり)
1980年北海道生まれ。漫画に『臨死!! 江古田ちゃん』『モトカレマニア』(ともに講談社)、コミックエッセイに『はるまき日記』(文春文庫)、『オヤジかるた 女子から贈る、飴と鞭。』『ありがとうって言えたなら』(ともに文藝春秋)など。『私たちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』最新4巻発売中。

『私たちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』最新4巻
『私たちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』最新4巻 出典:『私たちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』最新4巻

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