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「元気になった姿を見てほしい」白血病の俳優が企画、骨髄移植の映画
「二つ目の誕生日」祝う俳優の思い
元気になった自分の姿を見てもらって誰かの希望になれたら――。白血病と診断され、骨髄移植を受けて回復した俳優の樋口大悟さん。骨髄提供をテーマにした映画「みんな生きている ~二つ目の誕生日~」を企画・主演し、各地で上映しています。映画に込めた思いを聞きました。(withnews編集部・水野梓)
「体がしびれて、何かおかしいなと思っていて。白血病と言われた時は、やっぱり病気だったんだ、と腑に落ちた感じでした」
都内のジムでインストラクターとして働いていた25歳のとき、樋口大悟さん(45)は白血病と診断されました。
体に違和感があった当初は、病院で検査しても理由が分かりませんでした。ジムのイベントで血液検査をして異常が判明しました。
「夜中に病院から電話があって『明朝、すぐに病院に来てください』と言われて。これは何かあったな、と思いました。翌日に受診したら『白血病だと思います』と言われたんです」
入院しての抗がん剤治療が始まり、半年ほどで寛解。しかし、2年後に再発してしまいます。
「なんとか日常生活は送れるものの、いつ体調が悪化するかが分からない状態でした。夢だった俳優になるための一歩も踏み出せませんでした」
毎月、病院で検査を受け、「問題なかった」と医師に説明されてから翌1カ月のスケジュール帳を埋める日々。「生きた心地がしなくて、このあたりの3年間が一番つらかったですね」と振り返ります。
また、急激に病状が悪化した30歳の時、医師から「骨髄移植しか助かる方法がない」と告げられました。
当時、成功率は半々とも伝えられ、移植を受けるかどうか葛藤もあったそうです。
「でも、受けると決めてからはスムーズに進みました。お医者さんからは、幸いにも数人、ドナーが見つかったと聞きました」
白血球の型が合致するかどうかは、数百から数万人にひとりという確率です。骨髄バンクには、年間に2000人ほどの患者が新しく移植を希望して登録します。
現在、骨髄バンクには54万人が登録しているものの、型の合う人が見つからなかったり、見つかってもさまざまな理由でコーディネートが中止になったりして、最終的に移植に至っているのは半数ほどという現状があります。
樋口さんは「いったん見つかったドナーさんの都合がつかず中止になって、次のドナーさんの手続きでは間に合わなくて亡くなったという患者さんも見てきました。僕は本当に恵まれていたと思います」と声を落とします。
移植して数週間後には、樋口さんの血液の数値は良くなっていきました。
「だんだんと体調が上向いてくる実感がありました。『きょうは起き上がれそうだ』とか『何か口にしてみようかな』とか、気力がわいてきて。そういうときは、血液の数値もいいんです」
「僕のドナーさんは、関西に住む同年代の女性だと聞いています。阪神大震災を経験された方なのかなぁとか想像しましたね。とても不思議なんですが、移植後に体質が変わって、髪の毛がやわらかくなって、お酒を飲むのが好きになったんです。今も髪の毛を乾かすたびにドナーさんの存在と感謝を強く感じます」と語ります。
闘病時から俳優として活躍したいと考えていた樋口さんの頭のなかには、移植を受けると決断した時から、「骨髄移植をテーマにした作品をつくりたい」という思いがありました。
「僕が病気になったときはSNSもなかったので、『元気になった人』の情報がありませんでした。病気から快復してこんなに元気になった自分がいると、多くの人に知ってほしかったんです」
しかし「今とは別のチームで動いていたのですが、なかなか製作が進まなかったんです」と話す樋口さん。
以前から飲み仲間で、樋口さんの思いをくんでくれていた両沢(もろさわ)和幸監督が「俺、一緒にやろうか」と声をかけてくれ、5年ほど前から新たに映画製作がスタートしたといいます。
スポンサー集めのまっただなかの2020年にコロナ禍になるなどハードルはありましたが、クラウドファンディングで資金の一部を募って、映画「みんな生きている ~二つ目の誕生日~」の製作と公開にこぎつけました。
映画では、白血病に苦しむ空手選手の主人公を樋口さん自身が演じています。脚本には、恋人との別れなど樋口さんの実体験も反映されました。
また、骨髄バンクのドナーは、患者とは見ず知らずの人のボランティア行為です。そんなドナー側の視点を盛り込もうと、映画ではフィクションでドナーの女性を登場させました。
新潟県糸魚川市に住む子どものいる女性を、俳優・松本若菜さんが演じます。「私がその人の命を握っている」と提供を考えるものの、周囲は心配して止めようとします。
樋口さんたち映画のスタッフ陣も、ドナーや骨髄バンクに取材を重ね、家族の反対があって骨髄提供が中止になった例があると知ったそうです。
実際に、「2016年度免疫アレルギー疾患等政策研究事業」の過去10年間の調査では、ドナー選定が終了した後の中止の理由として、半数が「家族の同意なし」だったと報告されています。
樋口さんは「ドナーさんのなかには『ようやく自分の出番が来た』と喜んで提供くださる人がいるとも聞きました。でも取材を経て、ハードルが高かった人もいるんじゃないかな、とも思いました。映画を観る人はドナー側に共感する人が多いと思うので、その葛藤を描けてよかったと思います」と言います。
ことし2月から公開し、各地で舞台挨拶をしている樋口さん。ある時は、夫を白血病で亡くした女性が見にきてくれて、ご自身の体験を話してくれたそうです。
「ドナーさんの都合で移植が中止になって、骨髄移植が間に合わなかったそうなんです。その時はやっぱりつらくて、なかなか向き合えなかったけれど、今回の映画を見て『ドナーさんにも事情があると改めて思えた』と話してくれました」
樋口さんは「実は、僕はこれまで『ドナー登録をしてください』と言ったことはないんです」と言います。
「さまざまな事情でドナー登録が難しい人もいますし、患者だった自分がそう呼びかけるのはちょっと違うかなぁという気がして」
それでも、映画を見た人のなかには、「ドナー登録しました」「適合通知書が来て、迷っていたけど提供します」と感想を伝えてくれる人もいるそうです。
秋が深まる頃、樋口さんは骨髄移植を受けた日である〝二つ目の誕生日〟を迎えます。
病気の自分を支えてくれた看護師の母とともに、毎年、ささやかなお祝いをしているそうです。
「ドナーにならなくても、まずは骨髄移植について知ってもらうことで、ドナーや患者をサポートできます。ぜひ映画を見てもらえたらうれしいです」
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