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産後に「メンタルが…」〝ニューボーンフォト〟で母が得た「安堵感」
産後に体調を崩しメンタルが不調に――。そんな時、生まれたばかりの赤ちゃんを対象にした「ニューボーンフォト」の撮影で〝癒やし〟を得たとある母親は話します。
「ニューボーンフォト」は、おおむね生後28日未満の新生児を対象にした写真のことで、SNSでも「映える」と注目されています。当事者は、記録として残ることだけでなく、撮影自体が産後の〝癒やし〟になると評価します。一方で、撮影の際、赤ちゃんに無理な姿勢をさせてしまわないか、と懸念する声もあります。
母親はフリーランスの広報、永井玲子さん(40)。長女の凛ちゃん(0)を出産したのは今年2月でした。SNSにアップされた写真を見て、出産前からニューボーンフォトを知っていたそうです。
産後、友人から出張撮影のギフト券をプレゼントされ、実際に頼むことになりました。ギフト券が使える仲介サイトを通じて、女性のフォトグラファーを指名しました。
ただ、産後に退院してから体調を崩し、再入院を余儀なくされていました。「まもなく退院しましたが、第1子の育児でわからないことも多い上、ホルモンバランスの変化が影響したのか、いつもよりささいなことで落ち込みやすく、メンタルも不安定でした」
撮影当日。部屋を片付ける余裕もなく、「部屋着のまま」でフォトグラファーを迎えました。
フォトグラファーの女性は、慣れた手つきで準備を始めました。凛ちゃんが生まれた日付や時間を示した小物も持参。女性がやさしく布にくるみ、トントンと肩をたたくと、凛ちゃんはスヤスヤと寝入りました。
それまで永井さんは、凛ちゃんを常に間近で見ていたので、「大きい」と感じていました。
ただ、それは「小さな命を守るために24時間、向き合ってきたことも影響していたと思います」と振り返ります。
コロナ禍ということもあって、友人たちと息抜きに会うことも難しくなっていました。夫は育休を1年取り、日頃から気遣ってくれました。それでも、根を詰め接する中で、凛ちゃんという存在が、心理的にどんどん大きくなっていきました。それが、いつしか苦しさにもつながっていきました。
ところが、フォトグラファーの手に委ねた凛ちゃんを見た時に「小さい」と感じました。「あぁ、この子はこんなに小さかったんだ」
他人の手に任せたことで、客観的に小さく見えたことはもちろん、ほんのつかの間〝安堵感〟を覚えました。
撮影しながら、フォトグラファーの女性は自らの子育て体験を踏まえて、こんなことを口にしました。
「産後の1カ月って、ほんとうまくいかなくて…」
自身も子育てに悩んでいたこと、癒やしになればとニューボーンフォトの撮影を始めたことを話しました。
その瞬間、永井さんのほおを涙がつたいました。
「思った以上に、追い込まれていたんだと実感した瞬間でした。写真に残すことももちろんですが、人と触れあえること、子どもが別の誰かに大切にされること、そうした経験も尊いものでした」
撮影は1時間程度で終わりました。
永井さんが利用したのは、出張撮影「fotowa(フォトワ)」というサービスです。撮影してほしい個人と、フォトグラファーをつなぐサービスで、デジタル素材を提供する「PIXTA(ピクスタ)」(本社・東京)が提供しています。
フォトワのサービス提供開始は2016年。利用者のニーズ調査を踏まえ、17年から「ニューボーンフォト」をジャンルに加えました。17年当初に246件だった撮影件数は、21年に8957件まで右肩上がりで増えました。同社は急拡大の背景に「客観的に我が子を慈しめる時間になっていること」「初めての記念撮影をご家族も一緒に楽しめること」などを挙げています。
日本でニューボーンフォトを広めた先駆けとされるのは、写真家の片山しをりさん(37)です。
片山さんは08年、自らの写真スタイルを模索していた米国訪問中、著名な写真家の作品集のなかで赤ちゃんの撮影を知りました。
自身がそれまでに見知っていた子どもの写真とは異なる、美しいモノクロの作品に衝撃を受けたそうです。当時の日本では手がけている人が見当たらず、09年、ニューボーンフォトと名づけて活動を始めました。
撮影で多くの子どもと接するため、18年には独学で保育士資格も取得しました。
片山さんはニューボーンフォトの特徴を「参加型の撮影」だと言います。
家族自らが被写体となった親の汗をふいたり、時には率先してレフ板を持ってくれたり。「私一人での撮影なので、単純に手が足りず難しいという理由もありますが、産後間もない時期の喜びと不安の混じる独特の雰囲気が、『皆で作り上げる』撮影にさせるのだと思います。『お宮参り』『七五三』の撮影風景とは違っています」
そんな片山さんが心がけているのは、わずか1カ月程度しかない新生児の貴重な姿と、そこにある喜びや愛情をかたちにして残すことです。赤ちゃんの指を握ると握り返す「原始反射」など発育段階で見られる反応や、乳児湿疹も大切な記念として記録します。
「『ありのままでいいこと』や『家族の思い』が写真を通してその子に伝わったらと考えています」
ただ、ニューボーンフォトをめぐっては、安全面に懸念が示されることがあります。
片山さんは実施していませんが、ほかで人気のポーズの一つに、赤ちゃんがほおづえをついたり、立ったままおくるみに包まれていたりするシーンがあります。実際にはプロが合成して制作しているものの、知らずに無理な姿勢での撮影が広まってしまうのではないかという指摘もなされています。
ニューボーンフォトを撮影した永井さんも、安全面が気になり、配慮がある仲介業者か確認してから頼んだそうです。
フォトワは、フォトグラファー向けのセミナーを数カ月ごとに開催。新生児の体の構造の説明をした上で、無理なポージングをさせないことを徹底していると取材に説明しています。メールマガジンでも同様の呼びかけをしているほか、通常は60分で「75枚以上」としているデータ提供枚数を「40枚以上」に抑えることで、フォトグラファーが無理せずに撮影できるような環境を整えているとしています。
「危険なポーズの撮影は行いません」
そう打ち出しているのは、アイキッズ(本社・神戸市)の展開する「スリーピングニューボーンフォト」です。事業は17年にスタート。自宅への出張撮影のほか、提携する全国150以上の産科病院で撮影できるのが特徴です。年間約1万人が利用しています。
同社のフォトグラファーで、研修を統括する津幡えりかさんによると、赤ちゃんがほおづえをついたり、立ったままおくるみに包まれていたりするシーンの撮影を依頼された場合、安全面の説明をした上で断っているそうです。
「首のすわっていない赤ちゃんのほおづえの姿勢は、首への負荷が高いです。また、赤ちゃんを立たせることは転倒のリスクが生じるため、お断りしています」。ほかにも、窒息の危険が生じるうつぶせにもさせないようです。
アイキッズでは、提携する産科病院ごとに、産科医らの前で模擬撮影を行い、リスクを洗い出していると話します。
津幡さんは「実際に、『フォトグラファーが赤ちゃんを抱いて移動させることは転倒のリスクが生じる』といった指摘を受け、実施しないように改善したことがあります」と話します。
「赤ちゃんの撮影に『慣れる』ではなくて、そもそものリスクを避けることを徹底しています」
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