マンガ
急死した愛猫との〝花見〟漫画に感涙 夢からさめて伝えた「またね」
「無理に立ち直らなくたっていい」
突然命を落としてしまった、最愛の猫。悲しみに暮れる飼い主が見た、ある夢を元に描かれた漫画が、ツイッター上で支持を集めています。喪失の痛みと向き合う中で、頭に思い浮かんだというメッセージについて、作者に尋ねました。(withnews編集部・神戸郁人)
「いやぁーー ごうせいごうせい」。焼き魚やおにぎり、お刺し身などのごちそうを前に、一匹の黒猫が喜びます。桜の下で、女性と一緒にお花見をしているようです。
「今日は雨のために用意したんだよ」。女性は「雨」という猫の名を呼び、ごちそうを食べるよう促しました。
うまいうまいと魚をほおばる雨を眺めつつ、女性はおちょこに入った酒を、幸せそうになめています。
「あねさま、ホントによく呑(の)まれますねェ」「肝の臓には気をつけてくださいやしよ?」
雨が心配の言葉をかけていると、かたわらに流れる川のほとりに、別の猫が漕(こ)ぐ一艘(いっそう)の小舟がやってきました。
もう行くんだね、もう少しゆっくりでもよかったのにねぇ――。女性が雨に話しかけます。二人には、別れの時が迫っていました。
「また会えるかなぁ」。そう尋ねつつ、女性が右小指を立てます。左手を巻き付けた雨は「会えますとも、この名の通り」「雨が降れば、また会えます」
やがて船が出発し、交わった手がするりとほどかれました。段々と遠ざかっていく雨を、女性は泣き笑いしながら見送ります。
豪雨の中で拾われた雨ときょうだい猫。哺乳瓶でミルクを飲む雨。窓の外で降る雪を見て、不思議がる雨。女性と一緒に猫じゃらしで遊ぶ雨……。
走馬灯のように記憶が流れた後、女性は笑顔で伝えたのです。「雨、たのしかったよ」「ありがとう」
最後のページに描かれているのは、小舟の上で手を振る雨の姿。遠方には、星々と月に照らし出された鳥居が見え、周囲を魚や亀が舞っています。そして一言、こう添えられていました。
「またね。」
野良猫が多い地域で暮らし、個人で保護・譲渡に取り組む弓家さん。自身も4匹の保護猫と暮らしてきました。ツイートした漫画に登場するオス猫・雨は、そのうちの一匹です。最近急死し、追悼の意味で、今回の作品を手掛けました。
雨との思い出は、語り尽くせないほどであると振り返ります。
出会ったのは、2020年7月26日のことです。一緒に保護活動を行っている近隣住民の飼い猫が、当日に出産しました。母猫は過去に自らの子どもを育児放棄し、死なせてしまった経緯があり、家主から相談されて引き取ることになりました。
「へその緒がついた2匹のオス猫を譲り受けました。連れ帰った日はすごい雷雨。夫婦とも、全身ずぶ濡れになりながら自宅まで運んだんです。保護猫は、しばらく一緒に過ごした後、里親に引き渡していて、そのときもそうするつもりでした」
しかし新型コロナウイルスの流行により、対面での譲渡会の開催が難しくなってしまいます。夫と話し合った結果、自分たちで責任を持って育てようと決意しました。
譲渡前に情が移ってはいけないと、猫のきょうだいを、身体の特徴で呼んでいた弓家さん夫妻。「てんてん(点々模様)の子」を「てんてん」、「黒い子」は雨の日に迎えたことにちなみ「雨」と名付けます。
2匹の性格は好対照です。飼い主の目を盗み、コーヒーやパスタの袋をやぶいてしまうなど、いたずら好きで活発なてんてん。一方の雨は、他の猫より常にワンテンポ遅れて行動する、のんびり屋でした。
「保護猫がやってくるたび、添い寝や毛繕いをしてあげるなど、優しい一面もありました。息子がよく絵本を読み聞かせていたのですが、嫌がらず、ふんふんと聞いているようなそぶりを見せたほどです。人間にも動物にも愛されていましたね」
雨の存在は、いつも無口で冷静な夫にも影響を与えました。赤ちゃんをあやすかのごとく話しかけたり、抱き上げて額にひげを擦りつけたり。他の猫に接するとき以上に「甘々」です。その変化ぶりに、弓家さんも驚きを隠せなかったといいます。
ところが昨年春、雨に異変が生じます。突然けいれんを起こし、失禁しながら倒れてしまったのです。獣医からは「突発性てんかん」と診断され、投薬をしながらの生活が始まりました。
「朝晩に薬を砕き、餌に混ぜて食べさせました。発作が複数回起きたときも服薬が必要で、毎回素直に対応してくれた。私は幸いにも在宅で働けたため、ラジオを聞きつつ作業する際、片耳にイヤホンをつけず雨の気配を探るようにしました」
その後、雨の病状は安定したかに思えました。しかし今年3月末、再び体調を崩し、入院することに。
4月3日の面会時、雨が見せた行動が、今も忘れられないと弓家さんは話します。
「帰宅の時刻が迫り、イスから離れようとしたときのことでした。ぼーっとしていた雨がすくっと立ち上がり、私の目を見つめたんです。一緒に帰ろうと思ったんでしょうね。『何で行っちゃうの?』と言われている気がしました」
そして翌日、雨は息を引き取ります。わずか1年9カ月ほどの生涯。病院から連絡を受けて駆けつけると、タオルの上で静かに横たわっていました。「眠るように亡くなった」という医師の言葉通り、とても穏やかな表情でした。
弓家さんには、飼い猫を看(み)取った経験がありません。遺体を火葬し、お骨になっても、当初は現実と思えませんでした。しかし猫たちのご飯の時間に「雨、おいで」と呼び、返事がないことで、この世にいないとの実感が強まったそうです。
日常の風景の中には、いつも雨がいました。目に見える景色は以前と変わらないのに、二度と埋められない空白ができてしまったのです。「何だか、間違い探しみたいだな」。弓家さんの脳裏に、そんな言葉が、ふと浮かびました。
雨と、きちんとお別れしたい。弓家さんが冒頭の漫画を描いたのは、そうした思いからでした。
桜の木の下で〝花見〟をしているシーンから始めたのは、「生」の実感を強調したかったから。飲み食いできるのは、生きていればこそ。元気だった頃の雨が、やがて天寿を全うするまでの一部始終全てを、絵に落とし込みたいと考えたのです。
別の理由もあります。趣味で通っている寄席で、噺家(はなしか)の何かを食べる演技を見たとき、食べ物の質感や匂い、温度まで感じられたことを思い出したのです。そこで漫画でも同じように、生き生きと宴(うたげ)の様子を表現しました。
読者からの反響が特に大きかったのが、1ページをまるまる使った、最後の大ゴマです。実は雨の死から数日後、弓家さんが見た夢がベースになっています。
「小舟に乗った雨が、手を振りながら遠ざかっていく。行く先には鳥居があって、周囲を魚や亀が飛んでいて。寄席帰りのように、寂しいけれど、めでたいものを見たという感覚でした。ぜひ漫画に入れたくて、逆算する形で物語をつくりました」
しめっぽい雰囲気にならないよう、雨のセリフは、噺家風の江戸っ子言葉に。「またね」というモノローグには再会への願いに加えて、地に降り注いだ後、水蒸気となって循環する自然現象としての雨と、輪廻(りんね)転生をかけました。
「ペットは親を選べない。同じように思ってもらえるよう接したい」「動物病院の待合室で見て号泣した」。漫画には6万超の「いいね」がつき、愛猫家とみられる人々のものを含め、内容を自分事として捉えるコメントが連なっています。
中には「最期に立ち会えず本当に後悔している」と、亡き動物へのかみ切れない思いを吐露する文章も。そういった声を受けて、弓家さんは、次のように話しました。
「悔しい気持ちは無くさなくて良いと思っています。大好きだった存在がいなくなった寂しさを甘受していく。その時間を過ごすのも、動物に寄り添うことです。無理に立ち直ろうとする必要は、全くないのではないでしょうか」
もっと早く異変に気付けていれば、雨は生きながらえたのではないか――。弓家さん自身、そう考えてしまうときがあるそうです。しかし漫画を描いたことで、少しずつ「楽しかったよ、ありがとう」と伝えたいと思える場面が増えたといいます。
とはいえ雨を失い、夫婦で泣きはらすことは少なくありません。きょうだい猫のてんてんも食が細くなり、息子はまだ雨が帰ってくると思っているそうです。でも、それぞれのペースで、いつか悲しみを受け入れられると信じています。
「どうせ漫画を描くなら『また会えたら良いな』という希望として、読者の中で涙が循環するようなものにしたかった。気持ちが伝わって、うれしいの一言です。もしペットとの別れを思い出したとしても、自分を責めずに読んで頂きたいですね」
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