台風が来るとネット上には「不謹慎だけどワクワクする」などと書き込まれることがあります。時に人の命や財産に被害を与える災害に対して、そんな感情を抱くのは「不謹慎」だと理解しているのに「ワクワク」してしまうのはなぜなのでしょうか。社会心理学の専門家を取材すると、背景にはコロナ禍にもつながる心理があることがわかりました。(朝日新聞デジタル機動報道部・朽木誠一郎)
「台風が来ると不謹慎だけどワクワクする」
「台風が近づくとテンションが上がってしまう」
台風の接近情報のニュースが流れると、ネットにこうした内容が書き込まれることがあります。
ネット上では「台風コロッケ」などと呼ばれるように、「台風が来るとコロッケを買う」という“祭り”の風習が流行した経緯があり、最近の台風接近時もSNSにコロッケにまつわる投稿が複数ありました。
しかし、台風は言うまでもなく災害をもたらし、時に人の命や財産に被害を与えるもの。そうわかっているからこそ、「不謹慎だけど」と断りを入れるのでしょう。
では、なぜ不謹慎とわかっていても、台風接近のニュースにワクワクしてしまう人、それをネットに書き込む人がいるのでしょうか。東京女子大学現代教養学部教授の橋元良明さん(社会心理学)に話を聞きました。
研究者として長年に渡り災害時の情報発信の問題に取り組む橋元さんは「災害のような社会的危機状況下でワクワクしてしまうことは十分にあり得る」とします。
「台風により警戒を促すニュースが流れ、イベントごとが中止になったり、学校が休校になったりします。こうした非日常的なシチュエーションにみなが緊張することで、人間の集合は興奮状態に陥りやすくなります。その興奮をワクワクと感じる人もいるでしょう」
子どもの頃などは、休校の連絡にまさに「ワクワク」した人も多いことでしょう。しかし、大人になるにつれ、台風がもたらす災害やその被害を目の当たりにすることで、「不謹慎」という意識も芽生えます。
一方で、こうした状況下では「日常の規範意識が崩れ、人間は批判能力が下がります」と橋元さん。それゆえに「不謹慎だけどワクワクする」という心理状態になると考えることができる、と指摘します。
このときは、加えて他者に影響されやすくなることも知られ、「台風コロッケ」のような“祭り”も発生しやすくなるといえるでしょう。
また、こうした状況で人間は「自分の感情を昇華したくなる」と橋元さん。例えば興奮を共有することで、緊張や不安を解消しようとするのです。
「『運命共同体意識』と言われますが、社会的危機状況下では自分だけ特定の感情を持つのは寂しいと思い、人を巻き込もうとする心理が形成されます。そこに今は誰でも容易に発信できるネットがあり、書き込みへとつながっていきます」
こうした興奮に端を発する行動は、いわゆるコロナ禍、新型感染症の世界的流行という“災害”においても起きていると橋元さんは指摘します。そこで注意が必要なのが“デマ”“誤情報”の問題です。
「こうした心理から発生・拡散する新型コロナウイルスにまつわるデマや誤情報もあります。デマや誤情報は社会を混乱させたり、人を傷つけたりすることのあるもの。災害時にはデマが発生しやすく、ネット時代はその拡散も容易です。
自分の発信する情報が正確か、人を傷つける危険性がないか、災害時にネットに何かを書き込むときには一度、冷静になることをおすすめします」