「ダイエット」インフルエンサーがSNSやめた理由 体型の恐怖に支配
気軽に始めたダイエットは、どんどん過酷になっていって…
大学生になって「やせて自信を持ちたい」と本気でダイエットを始めた竹井さん。まさかダイエット中毒に陥るとは思わず、「もし戻れるならこの頃に戻りたい」と感じるそうです 出典: 竹井夢子さんのツイッター
ダイエット系インフルエンサーとしてインスタグラムで12万人のフォロワーを擁していた竹井夢子さん。過酷な食事制限や運動といったダイエットを続けた結果、心身のバランスを崩して原因不明の湿疹やめまいに苦しみ、家族やパートナーと楽しく食事をとることさえできなくなりました。それでも「早くやせればまたおいしく食べられる」とさらに焦りを募らせたといいます。当時の思いや、回復していく過程について話を聞きました。
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やっぱりみんな、ダイエットに興味あるんだ――。
竹井さんは3年前、「イラストを使ったPRでお小遣い稼ぎができたらいいな」という軽い気持ちでSNSのInstagramを始めました。
アカウント名も〝適当につけた〟という「プー子」。恋愛など大学生の「あるある」をアップしていましたが、1カ月ほどでネタに困って「1カ月で5kg痩せた話」を投稿しました。翌朝スマホを開くと、フォロワーは一気に3000人増加したといいます。
竹井さんが更新していた「プー子」のインスタグラムアカウント 出典:竹井さんのツイッター
「もしかしたら伸びるかも、くらいのつもりが一晩ですごいことになっていました。自分のダイエットが認められた気がしました」
美容や恋愛などのコンテンツとあわせてダイエットの投稿を続けていきますが、ほかの話題に比べてダイエット投稿には3~4倍の反応がくるようになりました。
インスタは拡散機能が少なく「バズる」現象が珍しくもあります。「だからこそ『ダイエット』というテーマがすごいんだと感じました」。それからはほぼ、ダイエットにまつわる投稿ばかりをするようになったといいます。
自己肯定感はプー子により形成され、プー子が存在するインスタに依存してしまったのです。
投稿に寄せられる「いいね!」や「保存」の数は、ただの数字に過ぎないのに、自分の価値のような気がして、そればかりを求めてしまいました。
「とにかく需要がある投稿」ばかりするようになっていくのです。
<竹井夢子著『ぜんぶ体型のせいにするのをやめてみた。』(大和書房)より>
最終的に竹井さんのインスタのフォロワーは右肩上がりに12万人まで増えていきますが、それとは逆に竹井さんは追い詰められていくことになるのです。
竹井さんがダイエットを始めたのは高校生の頃でした。月経がきて体つきが変わり、体重が数kg増えたといいます。
そのとき目にしたのは雑誌の「モデルのサイズ全公開」といったダイエット特集。自分と同じ身長で体重が軽い人がいるのを見つけては、どんどん体型がコンプレックスになっていきました。
写真を撮るのも、細い子の隣にいるのも嫌だったという竹井さん 出典:竹井さんのツイッター
「生理で血が出るのは習っていてびっくりしなかったけれど、体重が増えるなんて教わらないですよね。今なら当たり前のことと分かるけれど、当時は『食べ過ぎかも』『運動不足なのかな』と自分の行動を追及していました」
似合う服がない、写真に写りたくない、友人との関係がうまくいかない……「それもこれも全部、自分が太っていて自信がないからだ」と感じるようになりました。
「高校・大学時代のメインテーマがダイエットだった」と振り返る竹井さん。女子校だった高校から大学に進学すると、異性の目も気になるようになり、厳しい食事制限のダイエットを決意します。
半年間で体重が9kg減ると、「やせたね」「かわいくなったね」「どうやったの?」……さまざまな褒め言葉が押し寄せてきたそうです。
体重9kgを落としたあと、周囲の反応はがらっと変わりました 出典:竹井さんのツイッター
「このときは『やせることがイコール自分の価値』になっていました。周囲の反応からそれが確証になり、自分の成功体験になってしまいました」
褒められて嬉しい気持ちがある一方、「この体型を維持しなければ」「太ったら認められなくなってしまう」という恐怖に支配されることになりました。
「体重が1kg戻っただけで周りの目が気になって、『あいつ太ったね』と言われているんじゃないかと不安になりました」
当初は「反応があったらうれしい」ぐらいのつもりで更新していたインスタですが、就活が早めに終わってコロナ禍でアルバイト先もなく、「主にインスタでの活動をやっていこう」と考えるようになりました。
すると、ひとつひとつの投稿の「いいね」や「保存」の数字にこだわるようになっていったといいます。だんだんと、リアルな自分と「プー子」との乖離に苦しむようにもなったそうです。
最終的には4万件の「いいね」がついた「1カ月で5kg痩せた話」の投稿 出典:竹井さんのツイッター
就職活動でアピールしたフォロワー数の話はインパクトが大きかった反面、「プー子のフォロワーがすごいのか」「自分が認められているのか」が分からなくなってしまいました。
「フォロワーがいなかったらこの会社に受かってたのかな?この友達もフォロワーが多いから声をかけてくれたのかも……と思ってしまいました。プー子と離れて生きたいけど、プー子がいないと私の価値がないと感じて、依存していく状態になっていたかなと思います」と振り返ります。
「ポジティブな言葉はプー子、ネガティブなコメントは自分に帰属しちゃって、うまく処理できませんでした」
ダイエット系インフルエンサーとしてトークイベントの登壇の依頼がきたとき、竹井さんは「顔出ししたり体型を出したりしているインフルエンサーはもっと細い。私もシンデレラ体重を目指さないといけない」と思ったそうです。
シンデレラ体重とは:「この身長が目標とする体重」として〝美容体重〟などとともに、独自の計算方法が若い世代に広まっています。しかし体格指数のBMIにあてはめると「やせすぎ」に分類される結果になることが多く、生理が止まるなど体に危険な体重ともいえます。
「フォロワーが私の体型を見たらがっかりして、『中の人ブスじゃん』『残念』とか言われるだろうという妄想がわいてきちゃって……」
すでに9kg減量した体重を維持するためにダイエット中のような食事を続けていた竹井さんですが、さらなる食事制限と1日90分の筋トレ・有酸素運動を課しました。
それでも体重が減らず「何で」「何で」と自分を追い詰めていたとき、さらに厳しく糖質などを制限する食事法を取り入れます。
SNSでも見かける「シンデレラ体重」 出典:竹井さんのツイッター
蒸した鶏肉とブロッコリーだけが載ったお皿。母からは「なんか…エサみたいだね」と言われますが、「たしかにそうだな。でもやせるためだから」と受け止めていました。
しかし体は悲鳴を上げていました。ストレス性の発疹が全身に出たり、糖質が足りないため低血糖で手が震えたり……。眠れない夜があったかと思えば寝過ぎてしまって起きられない、そんな日々が続きました。
しかし、細身のパートナーや母に「ダイエットをお休みしよう」などと心配されても、当時は「食べても細い人はいいよね」としか思わなかったそうです。
周りが食べる量と比較して、自分の量が少ないことが何よりの安心。だから母やパートナーと食事するときは、執拗に「もっと食べなよ」「足りないでしょ」と迫っていたといいます。
無理に食べさせてしまった自分がいやになる――でも「やせれば心も安定してケーキも食べられる。とにかく早くやせないと」と焦る――。そんな負のループでした。
緊急事態宣言のさなかで息抜きもできず、一日中「食べ物」のことを考えていたといいます。
4カ月間、厳しいダイエットに取り組んでいた竹井さんでしたが、「もうやめよう」と決意したのは2020年の夏、母の誕生日の夜がきっかけでした。
おいしそうな料理が食卓に並ぶなか、食事制限をしていた竹井さんには食べられるものがありませんでした。
ひとりだけサラダチキンを手にして何もかもが投げやりな気分になり、父や母への態度も悪くなってしまいました。
「きょうママ、誕生日だよ」
母が寂しそうにそう言った時、ハッと我に返ったといいます。
朝、体重を測って増えていたら一日中不機嫌――。ダイエットを休んで2週間後、恐る恐る体重計に足をかけましたが、体重には変化がなかったといいます。「体重ってなんて虚無なんだ」と脱力したといいます 出典:竹井さんのツイッター
「自分が家族やパートナーにやっていたひどいことが一気によみがえって、『ふつうに食べたい』『心の健康を回復したい』という気持ちが、やせたい気持ちよりも勝った瞬間でした」と振り返ります。
「『おいしい』『楽しい』と感じる心がやせてしまった。目の前にある食べ物を一緒に食べて、おいしいと感じる心を取り戻したい」と痛感したといいます。
インスタでの発信も、からだの不調が出始めてからは「これを広めて大丈夫なんだろうか」と怖くなっていったといいます。「ダイエットをしていてもストレスのないプー子」を演じていたため、リアルの自分とかけ離れていることにも苦しみます。
いったんダイエット系の投稿をやめて、食レポや勉強した漢方のことなどを投稿しますが、反応が全然よくありません。一方で、「ダイエットがうまくいきません」「どうやったらやせられますか」とダイレクトメッセージが届きます。
「相談からも負の感情をもらってしまって、このアカウントが存在することが負担になってきていると感じていました」
投稿の質を高めてフォロワーを増やしていった竹井さん
ネガティブなコメントが投稿されたときにふと、「もうやめちゃおうかな」と「アカウントを削除」を押そうとしました。
そこで、「ボタンひとつでプー子って消えちゃう存在なんだ。今までの投稿も、フォロワーさんとのやりとりも」と気づきます。
「当たり前なんですけど、そのときは衝撃だったんです」
自己肯定感をプー子に依存していたけれど、それは危ういものだったんだ――。そう気づいてから、「プー子」を切り離してとらえられるようになったと振り返ります。
そうはいっても、すぐに「自分の体が大好き!」「自分の体を肯定しよう」と前向きに考えられないという竹井さん。2021年6月に『ぜんぶ体型のせいにするのをやめてみた。』(大和書房)を出版します。
「ダイエットをやめてからまだ1年。本の執筆中に『やっぱりやせていた方が幸せかも』『またダイエットするだろうから書くのをやめた方がいいかな』と揺り戻しがありました」と打ち明けます。
街中でもネットでもダイエット広告ばかりが目に入り、かわいい服が気になってサイトを見ると、モデルさんはみんな自分より華奢で――
「『自分が太っている』『やせていた方が幸せなんだ』と考えるタイミングが日常にいっぱいありますよね。ボディポジティブの考え方もすごく素敵だと思う一方で、自分の生きてきた価値観を一気に変えるのはすごく難しいです」
竹井さんは、「定期的に栄養のようにボディポジティブの考え方を摂取することが大事」と話します。
そうして「今をどう生きていきたいのか」と自分の感情を整理すると、ある程度「焦り」が落ち着くことがあるといいます。
「『自分を愛せていないからダメ』というのも呪いになると思います。考え方やとらえ方の『なにかひとつ』を正解にしない。もしかしたら、いつかまるっと自分の体型を肯定するところに達するかもしれないけれど、まずは自分の心と体の健康を第一にして、そこから進んでいきたいと思います」
ダイエットをやめてから、竹井さんはひとり出版社「ブルーモーメント」を立ち上げました。そのSNSのフォロワー向けにアンケートを実施。「韓国アイドルの体重が公開されていて目標にしちゃう」といった若い世代は多いといいます。
「やせてきれいになるとか、みんな明るい未来を想像してダイエットを頑張ると思います。成果が数字でみえるので快感になることもある。その先に、ダイエット中毒になる未来があるなんて思いませんよね」
だからこそ、ダイエットで心の健康が脅かされつつありながら、「ダイエットをやめる理由」を持てずにいる人に、自分の体験を届けたいと考えたそうです。
「ダイエットを推奨するような投稿をしていた罪悪感もあります。私と同じような苦しみを抱えているけれど言語化できない人もいると思います。それを代弁したいという気持ちでした」
幸いにも竹井さんには理解してくれる母やパートナーがいましたが、「ひとりでそのつらさと向き合っている人もいると思います」と言います。「この本で、その人の心を少しでも軽くできたらうれしいです」