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「女王アリが死亡しました」 滅びゆく巣で働きアリが見せた社会性

「老い」と「死」をあえて展示した担当者の思い

葉をかみきり、運ぶ様子から「パラソルアント」とも呼ばれているハキリアリ=(公財)東京動物園協会提供
葉をかみきり、運ぶ様子から「パラソルアント」とも呼ばれているハキリアリ=(公財)東京動物園協会提供

目次

女王アリが死亡しました――。アリの群れが女王を失って衰退していく「終焉(しゅうえん)」をあえて見せている、動物園の展示が話題になっています。担当者に思いを聞きました。

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キノコを自分たちで育てて食べるアリ

話題になっているのは、多摩動物公園(東京都日野市)のハキリアリの展示です。女王の死亡が確認されたのは5月。そこから、徐々に巣は小さくなっており、今月いっぱいまでもつか、どうか、という状況になっているといいます。

この群れはもともと南米ペルーで生まれました。「Atta sexdens」という種類のハキリアリです。

「農業」を営む昆虫として知られています。

ハキリアリは「葉切りアリ」。葉っぱをかみ切り、葉を巣の中にもちこんで、細かくかみ砕き、キノコを栽培します。キノコといっても、茎があるわけではなく、白い塊のような菌類です。これがハキリアリの食糧になるのです。
多摩動物公園ニュース

「女王アリ」は、生まれた群れから巣立ち、イチから自分でこの群れを作り上げてきました。働きアリはすべて自分のこども(娘)。ペルーで巣作りを始めて半年程度経った時、巣ごと採集され、2014年12月に来日しました。

昆虫園飼育展示係の渡辺良平さんは、勢いがあった頃の群れを、こう振り返ります。
「歴代の群れに比べて、かなり菌園の成長が早く、働きアリの増加数も目を見張るものがありました。切る植物もあまり好みが偏っておらず、世話をする職員にとってもありがたい存在でした」

働きアリとともに巣を守りながら、長年、多摩動物公園昆虫園本館の「目玉」として活躍してきた女王。
来園から6年半たった今年5月、死亡しているのが確認されました。歴代女王アリの中で、一番、長く生きた女王でした。

長寿をまっとうし、亡くなった女王アリ=(公財)東京動物園協会提供
長寿をまっとうし、亡くなった女王アリ=(公財)東京動物園協会提供

「まるで社会を見ているようだ」

女王の死が意味するのは、群れの「終焉」です。

「働きアリはすべて女王のこどもなので、この先、働きアリたちが寿命(半年~1年)を迎えるにつれ、徐々に群れは衰退していくことになります」

女王の死後、巣の展示の前に、このような看板をかけました。

「女王アリが死亡しました。(中略)群れが衰退していく様子を見られる機会はなかなかありません。あえてこの群れを展示として継続していきますので、女王を失うことが群れにどんな影響を与えていくのか、巣はどのように変化していくのか、終焉を迎える群れの行く末を、ぜひ観察してみてください」

ツイッターでは、「まるで社会を見ているようだ」「とてもエモい」などの感想が寄せられています。

展示の前に掲げた「女王の死」を知らせる看板=(公財)東京動物園協会提供
展示の前に掲げた「女王の死」を知らせる看板=(公財)東京動物園協会提供

積極的に見せなかった「老い」と「死」

実は、過去にも、先代の女王が死亡したことありましたが、来園者に死亡の事実を知らせるのは、群れが衰退しきって消滅する寸前になってからでした。

群れに勢いがなくなると、バックヤードに待機している別の若い群れと交代していました。
「これまでは来園者には、『あまり葉を切らないと思っていたら交代した』程度にしか認識されてはいなかったはずです」

なぜ、あえて今回は「終焉」にスポットをあてたのでしょうか。

渡辺さんはこう話します。「個体の一生と同様に、群れの終焉も『老い』や『死』が当然セットです。しかし、この二つは、生き物を扱う飼育員側としてもネガティブに捉えてしまうことが多いですし、実際、他の昆虫展示では積極的に『老い』や『死』はお見せしてきませんでした」

「しかし、せっかくハキリアリの生態を紹介する展示なら、群れがどう生きて、どう生を終えていくのかまで見せなければ、もったいないと思いました」

ハキリアリの展示=(公財)東京動物園協会提供
ハキリアリの展示=(公財)東京動物園協会提供

「葉を切る」以外の担当アリたちへ

群れの終焉を展示するのは、ハキリアリの「社会性」を知らせるためでもありました。

普段は「葉を切る作業」だけが注目されやすいですが、「ハキリアリの展示は、高度に細分化された分業による暮らし(社会性)を間近で観察できることが大きな魅力です」。

しかし、群れが順調に生活できているときには、なかなか来園者の目が、「葉を切る」以外の担当のアリへ向きません。

実際に、働きアリは、大きさが10段階以上に分かれており、それぞれ、大まかに以下のような役目を分業しているといいます。

・巣の周囲を探索
・対象の植物~巣までの道を構築、保守、安全確保
・葉を切る、運ぶ
・葉に乗る
・葉を受け取り掃除、細断、加工
・菌園の増築
・菌園の保守
・巣の構築(穴掘り等)
・巣内の清掃
・菌糸体(エサ)の収穫
・古くなった菌園の解体
・卵、幼虫、蛹の世話、引っ越し
・働きアリの世話、清掃
・女王の世話

女王アリは「群れに指示、統率をしている」というイメージで見られがちですが、女王亡き後の群れは、すぐに滅びることなく、働きアリは「今までと同じ生活を維持するために、それぞれの作業をこなし続けていく」そうです。

一方で、すべての働きアリが女王のこどもであるため、女王の死後は半年から1年の寿命をまっとうすると、それぞれ徐々に欠けていきます。そして巣は「どこかの担当が欠け始めると総崩れ」を起こします。

7月10日時点で、すでに「葉を切る」「葉を細断、加工」「巣内の清掃」「菌園の増築」の担当の減少が目立っているといいます。

女王死亡後の巣の近況を知らせるパネル=(公財)東京動物園協会提供
女王死亡後の巣の近況を知らせるパネル=(公財)東京動物園協会提供

一匹一匹の動きが追えないから

あえて「女王を失って衰退していく」ということを告知したことで、群れ全体の担当にも目を向けさせた今回の展示。渡辺さんはこんな思いを持っています。

「葉を切る以外の働きアリの動きや、『統率役』のイメージが強い女王の本当の役割、ハキリアリの社会性と人間社会との違いなどを知ってもらいたいです」

展示の前には「女王死亡後の近況」というパネルで、最新の巣の状況を更新しています。

ツイッターでは「ライブカメラで観察したくなる」と期待する声もありましたが、展示自体がそれなりに大きな規模のため、「群れ全体を映そうとすると、働きアリ一匹一匹の動きを追うことや、巣に近寄って観察することが難しくなる」ということから、ライブ映像の公開などは予定していないそうです。

女王の死後も生活を営み続ける働きアリたち=(公財)東京動物園協会提供
女王の死後も生活を営み続ける働きアリたち=(公財)東京動物園協会提供

信頼できる相手と、いつも通り過ごす終焉

ツイッターでは「女王アリが死にそうなのを察知したアリが亡命したり、別の群れに転職したりはしないのか」と疑問も上がりました。

渡辺さんは、持論を含めてこう答えてくれました。

女王の死後も生活を営み続ける働きアリたち=(公財)東京動物園協会提供
女王の死後も生活を営み続ける働きアリたち=(公財)東京動物園協会提供
「女王の死のあとを追うように働きアリたちもそのまま滅びるハキリアリは、人間的な視点で見ると悲壮感もあります(真社会性の昆虫には繁殖せず他者に奉仕する個体がいるのが普通なので、むしろ向こうからすれば人間が異質ですが)。

しかし、彼らは会社や国家のように他者が集った共同体ではなく、母と娘で構成されている大家族です。そのため、個人的には家族全員で家事や農作業を分担して暮らしている、という感覚が近いのではと思っています。

いずれ寿命で皆いなくなるからと言って、家族と生まれ育った家を捨てるかといわれると、ちょっと迷いますよね。質問にあるように沈む船に巻き込まれないよう、チャンスを求めて外の世界に出ていくことも大切です。ただ、野生動物にとって『状況が悪化してから新天地を求めて外敵と危険で溢れる外の世界に出ていく』のはかなりのリスクも含みます。

今回の群れは、はたから見れば滅ぶ以外に選択肢がなく、将来性も全くありませんが、私自身も生活環境の変化は嫌いですし、人見知りもする人間なので、信頼できる相手(家族)と最初から最期までいつも通り過ごすという、安寧を求めるハキリアリ(の働きアリたち)の生き方もありではないかと思っています」



多摩動物公園は当面の間、事前予約が必要になっています。詳しくはホームページで確認してください。
多摩動物公園ホームページ


※情報を更新しました(7月16日10時)

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