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連載

#31 金曜日の永田町

安倍さんの「反日的」発言、批判に向き合えない〝未成熟〟な日本

せっかくの忠告にも「おまえがおかしい」

IOC総会で東京をアピールする安倍晋三首相=2013年9月7日午前、ブエノスアイレス
IOC総会で東京をアピールする安倍晋三首相=2013年9月7日午前、ブエノスアイレス 出典: 朝日新聞

目次

【金曜日の永田町(No.31) 2021.7.3】

安倍晋三前首相が、新型コロナウイルスの感染拡大が続くなかでの東京五輪・パラリンピックについて、「反日的ではないかと批判されている人たちが、今回の開催に強く反対している」と月刊誌の対談で主張しました。批判に向き合うことができない政治が招くもの――。朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

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#金曜日の永田町
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人権派弁護士への表彰

7月1日、アメリカの国務省で、人身売買と闘う「ヒーロー」への表彰式が行われました。8人選ばれたうちの一人が、日本で外国人労働者の権利保護に取り組む弁護士の指宿昭一さんです。

米国務省がまとめた今年の人身売買に関する年次報告書では、技能実習制度の悪用などを挙げ、「日本政府は人身売買撲滅の最低基準を完全には満たしていない」と指摘しています。そうした日本の状況のなかで、指宿さんの取り組みについて、「日本の技能実習制度における強制労働の被害者を支援し、虐待を防止してきた」と評価していました。

指宿さんは表彰式に寄せたメッセージ動画でこう訴えました。

「日本の技能実習制度は人身取引と中間搾取の温床になっています。私たちはこの制度を数年以内に廃止に追い込む考えです。そして外国人労働者が団結して、権利を主張できる状況をつくりだします。人身取引と闘う全世界の仲間と共に闘います」

【関連リンク】指宿さんのメッセージ動画(Secretary Antony J. Blinken at the 2021 Trafficking in Persons Report Launch Ceremony - United States Department of State)

その指宿さんに対し、日本政府はきちんと向き合おうとしません。

指宿さんは今年の通常国会に政府が提出した出入国管理法(入管法)改正案や現在の入管行政の問題点を指摘。3月にスリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が名古屋の入管施設で死亡した問題でも遺族の代理人を務めています。

5月17日、ウィシュマさんの遺族が名古屋入管の施設を訪れたときには、法務省・入管側は指宿さんら同行した弁護士の視察を拒否。翌18日夜にウィシュマさんの遺族と上川陽子法相が面会した際も、最終的に指宿さんの同席が認められたものの、指宿さんは面会後に次のように振り返りました。

「私は大臣に名刺を渡そうとしたが、名刺交換に応じないし、私の問いかけに返事もない」

出入国在留管理庁の調査の中間報告について問題点を指摘する指宿昭一弁護士(中央)=2021年4月9日午後2時34分、名古屋市中区
出入国在留管理庁の調査の中間報告について問題点を指摘する指宿昭一弁護士(中央)=2021年4月9日午後2時34分、名古屋市中区 出典: 朝日新聞

抗議を繰り返す日本政府

さて、指宿さんなどが問題点を指摘し続けた入管法改正案は、世論の批判の高まりを受けて、政府・与党は通常国会での成立を断念。事実上の廃案となり、秋の衆院選の後に仕切り直しとなりました。

司法のチェックや収容期限もなく、在留資格のない外国人を全員収容する日本の入管政策に対しては、国連の人権機関から繰り返し厳しい勧告がなされてきました。

今回成立が見送られた入管法改正案に対しても、国連人権理事会の3人の特別報告者と恣意的拘禁作業部会が3月末、連名で「国際的な人権基準を満たしていない」と改正案の再検討を求める書簡を日本政府に提出。国連難民高等弁務官事務所も同様の「懸念」を表明していました。

ところが、日本政府が取った行動は抗議です。

国連人権高等弁務官事務所に対して4月6日に行った申し入れでは、「(法案は)外国人の人権に十分に配慮した適正なものだ」と反論。「我が国から事前の説明を受けずに、本書簡において一方的に見解を公表したことについては、我が国として抗議せざるを得ません」と主張したのです。

近年、国連の特別報告者に対する日本政府の抗議や軽視が目立ちます。

例えば、安倍政権だった2017年5月。「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法(いわゆる共謀罪法)が国会で審議されているときに、国連特別報告者のジョセフ・カナタチさんが「法案はプライバシーや表現の自由を制約するおそれがある」と懸念を表明する書簡を安倍晋三首相(当時)あてに送りました。

日本政府は即座に国連へ抗議。菅義偉官房長官(当時)が記者会見で、「政府が直接説明する機会はなく、公開書簡の形で一方的に発出された。内容は明らかに不適切」と批判し、「特別報告者は国連の立場を反映するものではない」とまで主張したのです。

政府・与党は法案審議でカナタチ氏の指摘を顧みることなく、同年6月15日に国会審議を省略する「中間報告」という異例の手段を使って、採決を強行。共謀罪法を成立させました。

「法律上も運用上も国民への監視が強化されることはあり得ず、救済策は不要」

そのようにカナタチさんに回答したのは、法施行後の同年8月になってからでした。

講演する国連特別報告者のジョセフ・カナタチ氏=2017年10月2日、東京・霞が関
講演する国連特別報告者のジョセフ・カナタチ氏=2017年10月2日、東京・霞が関 出典: 朝日新聞

「王冠にのせる宝石」

「日本は長い期間、国連人権理事会の理事国を務めており、特別報告者の制度をつくってきた重要な担い手の一つです。それにもかかわらず、日本への勧告が出るたびに、『勧告は誤解に基づいている』『事実誤認だ』『不適切な内容だ』『一方的な声明だ』と拒絶し、否定しています。このような態度は世界中からどのように受け止められるでしょうか」

このように心配しているのは、イギリスのエセックス大人権センターフェローの藤田早苗さんです。

藤田さんは、特別報告者の権限は国連憲章に根拠があり、その手続きは人権理事会で定めた「行動綱領」に基づいて行われていることを解説。「特別報告者の勧告は、日本政府も実施義務を負う人権条約などの国際人権基準に基づくもので、個人的な意見ではありません」と指摘します。

「2006年に当時のアナン国連事務総長が特別報告者を『国連人権機関の王冠にのせる宝石』と評しましたが、それくらい重要な役割を担っているのです」

実際、国連特別報告者の勧告を受けて、法整備を改めるケースもあります。

藤田さんによると、2020年、フランスの治安対策法案に対し、5人の特別報告者が懸念を示す書簡を出し、フランス政府は法案の一部を改訂。2015年にはイギリスの監視法案を特別報告者が厳しく批判し、イギリス政府が法案の一部を修正しました。また、ブラジルでも2020年、問題が指摘されていた「フェイクニュース対策法案」の審議に際し、表現の自由に関する特別報告者を国会に招待し、意見を求めたといいます。

藤田さんは「これらはほんの一例で、特別報告者は法案や制度をよりよくするために喜んで助言してくれます。日本も特別報告者と『建設的対話』をすべきで、入管法見直しにあたっても、特別報告者を起草や審議に招くなど、積極的に活用すべきです」と訴えます。

藤田さんが危惧するのは、批判に背を向ける日本の姿勢が「悪い意味で目立っている」と感じているからです。

「2014年にジュネーブで行われた国連自由権規約委員会の審査でも、日本政府はきちんとした回答をせず、委員から『これでは時間の無駄』『翌日出直して来るように』と言われ、議長からは『日本は何度同じ勧告を出されても従おうとしない。日本政府は国際社会に対して反抗しているようにみえる』とまで指摘されました。こうした態度を続けていると、日本の国際的な評価を下げ、信頼も失ってしまいます」

特別報告者を「国連人権機関の王冠にのせる宝石」と評したアナン氏
特別報告者を「国連人権機関の王冠にのせる宝石」と評したアナン氏 出典: 朝日新聞

「批判もする友達」

藤田さんがキーワードとしてあげるのが、「クリティカル・フレンド」です。

「日本語では『批判もする友達』と訳されますが、大事な友達が、何か危険なことをして傷つきそうなときに、警告をする友達のことです。特別報告者はそうしたクリティカル・フレンドとして、多くの国に勧告を与えてきました。忠告してくれる友達に対して、『私は悪くない。おまえがおかしいのだ』という人がいたらどう思うでしょうか?忠告に対して『ありがとう』と受け入れ、建設的な対話を行い、改善するのが成熟した態度ではないでしょうか」

これは国際社会との向き合い方だけではありません。

先月末に発売された月刊誌の対談で、安倍さんが東京オリパラについて、「歴史認識などで一部から反日的ではないかと批判されている人たちが、今回の開催に強く反対している」と主張しました。新型コロナウイルスの感染拡大が進むなかでの開催に対し、「健康と命」を優先するよう求める訴えに対して、「反日的」という一方的なレッテルを貼っておとしめようとしたのです。まるでトランプ前米大統領のように、分断をあおるかのような言説です

安倍さんはこの対談のなかで、今夏のオリパラ開催を批判する野党に対し、「彼らは、日本でオリンピックが成功することに不快感を持っているのではないか」とも語っています。

「この道しかない」と訴える安倍さんが7年8カ月、首相を務めるなか、異論を軽視や敵視する政治が続いてきました。「クリティカル・フレンド」を大切にし、幅広い納得と信頼を得られる政治や社会にしていくにはどうしたらいいのか。このことがいま問われていると思います。

 

朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

〈南彰(みなみ・あきら)〉1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連の委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。

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