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「ももたろう」持っている家庭、36%に 絵本離れの先にある未来は?
玉手箱から…「ねづこ!」
昔話と家庭との関わりについて、家庭での絵本の所持率などの調査を続けている研究者がいます。昨秋、1990年から10年ごとに実施している調査の4回目が行われると、30年前には83%の家庭が所持していた「ももたろう」が、36%にまで低下しているという結果が出ました。紙の絵本を持たないことで生まれた新たな文化は、スマホなどのデバイスで「読み聞かせ」が行われるという令和の子育てでした。
調査をしているのは、筑波大学の徳田克己教授と水野智美准教授。子どもの発達支援や、教育問題など広く扱う子ども支援学が専門です。
徳田教授らは、1990年から10年ごとに「幼児のいる家庭における童話・昔話の絵本の所有率」と、「ももたろうが鬼退治に行くとき腰につけていたものは?」などの質問で「幼児の童話・昔話の理解度」の調査を行っています。
今回の調査は2020年9~10月、愛知・茨城・埼玉の3県と東京都の幼児(年少~年長)642人とその保護者を対象に行いました。
40年の変化を最も大きく示したのは、「ももたろう」や「おむすびころりん」「さるかに合戦」「白雪姫」など定番の昔話・童話(21作品)について、それぞれの絵本を自宅で持っているか持っていないかについての質問です。
1990年には所有率が40%を超える作品が20あったところ、今回、40%を超える所有率の作品は一つもありませんでした。
徳田教授は「下がるところまで下がっちゃったなと思います。電子書籍で持っている家庭もあるかもしれませんが、おじいちゃんおばあちゃんにとっては絵本の方が読み聞かせがしやすい。膝に乗って、紙を読ませてあげたい気持ちはありますね」と話します。
また、水野准教授は「紙であれば、お話の途中でめくり直してもう一度読み返したりでき、記憶の定着に役立ちますが、電子書籍だと記憶に残りにくい」と指摘しています。
一方、紙の絵本を所有している家庭の割合よりも、絵本を読み聞かせた経験のある家庭の割合が多かった作品は、21作品中20作品にのぼりました。
徳田教授は「絵本を購入するのではなく、子育て支援施設で読み聞かせたり、保育施設の貸出を利用したり、ウェブ上のコンテンツを利用していることが想定できる」と話します。
また、これまでの調査では「読み聞かせ経験」が減り続けていたお話もありましたが今回、電子絵本や、映像を見ながら読み聞かせをすることで、読み聞かせ経験が回復している作品がいくつかあったそう。
「コロナ禍で在宅時間が延びたことが理由かもしれません」と徳田教授。
「前回の調査までは『童話・昔話離れ現象が進んでいる』と判断してきたのですが、貸出制度の充実や多様なコンテンツの利用で童話・昔話が身近なものに回帰してきているのではないでしょうか」
DVDやデジタル絵本の台頭で、「身近なものに回帰しつつある」という童話・昔話。その一方で危惧されるのが、作品内容の理解度だといいます。
「誤答のバリエーションを見るとわかるのですが」と話すのは水野准教授。「誤答が映像に引っ張られているものがあるんです」
例えば、「ももたろうが鬼退治に行くときに腰につけていったものは?」という質問に対して、「これまでは全く関係のない『ケーキ』や『パン』などの回答がありましたが、今回は『丸いもの』や『もち』など、『惜しい回答』があったんです」。
つまり、正解である「きびだんご」がどういうものなのか理解しないまま、雰囲気で覚えている可能性があるという見立てです。
保護者が読み聞かせをする場合は、子どもがわからないものについては保護者が説明することがありますが、動画など、対話が生まれないツールだと話の細部を理解することが難しくなるのだといいます。
「ももたろうと一緒に鬼退治に行ったのは?」の問いに対して「カラフルな鳥」と答えたり「ケーンと鳴く鳥」「口が長い鳥」といった回答があったのも、同じ理由だといいます。
徳田教授も「『目で見た情報』が優位になり、それに引っ張られているのだと思います。動画は一方的に流れてくるだけで、絵だけを見ているという状態になり、語彙が増えない弊害があります」と指摘。
「子どもたちは、これから成長する中で思考を重ねていくわけですが、思考するには日本語が必要です。語彙が増えないということは、思考力に限界があるということになってしまいかねません」
これまで40年にわたって、子どもと童話・昔話との関係性を調査してきた徳田教授ですが、実は「昔話を全部残す必要があると考えているわけではない」と話します。
2000年の第2回目の調査結果を発表したとき、ネット上で「(調査で取りあげている)童話・昔話って大事にする必要ある?アンパンマンだって50年たったら昔話じゃないか」といった反響があったそう。
徳田教授は「新しいお話、新しい物事も生まれてくる中で、昔話を全部残す必要はないと私は考えています」「『こうなったら、こうなっちゃうよ』と教訓的な内容が含まれているものもありますが、それが新しく出てきたお話に置き換わったって全然いいんです」
「ただ、私は『ももたろう』の世界観を知って育ってきました。初回の調査では、『ももたろう』の絵本だけで3種類を家に持っているという家庭もありました。そういう文化が少なくなっていくのは、個人的には残念ですけどね」
今回、調査の結果をうかがって一番関心を持ったのは、保護者が読み聞かせをしなくても、お話自体は知っているという子どもたちの存在でした。
その背景にある、タブレットやスマホなどのデバイスを介しての動画視聴がもたらすものについてお話については、日頃から毎日1,2時間テレビアニメに子守をさせてしまっている4歳児の親として考えるところが多分にありました。
長時間、動画を見せ続けることで、視力の低下を心配する親の声はよく聞きますが、コミュニケーションの低下については「親にも休息が必要だ」といった声にかき消されることもあったように思います。私自身も「楽がしたい」というときほど、子どもにはアニメなどを見させてしまいます。
「なんで親は動画をたくさん見せちゃうし、子どもは見ちゃうんでしょうね」とお二方に投げかけたとき、「動画はおもしろいから、親が他の遊びをちょっと工夫したところで勝てないっていう難しさはありますよね」(水野准教授)、「おやつか動画を与えていれば子どもは静かになりますもんね」(徳田教授)と、何かと忙しい保護者への理解を示します。
その上で徳田教授は「動画を見させないのではなく、動画から離れた日常はもっとおもしろいということを教えてあげたい。一緒に遊んだ方がおもしろい、そういう世界を見せてあげたいものです。ただ、そのためには、準備が必要です。子どもを育てるっていうのは、その準備を含めてのことだと思います」と話してくれました。
蛇足ですが、童話・昔話の幼児の理解度を調べるために聞いたいくつかの質問への誤回答の中には微笑ましいものもたくさんありました。
中でも、調査が行われた昨秋、大流行していた「鬼滅の刃」の影響から、「浦島太郎が玉手箱を開けたらどうなったか」という質問に対する「ねづこ(主人公の妹で兄が背負う木箱に入っている)が飛び出してきた」というかわいい誤答には、思わず笑ってしまいました。
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