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#7 アフターコロナの課題

「空間除菌」の効果うたう根拠への「疑問」 専門家が論文を読むと?

2020年6月の消費者庁の注意喚起。
2020年6月の消費者庁の注意喚起。

目次

コロナ禍で何かと話題になる「空間除菌」。論点は多岐に渡りますが、記者としてそれらを追いかけていくと、やがて「実際に効果があるのか」という点に収束していくことを実感します。

そこで、薬剤師で医学論文の読み解きを専門にするメディカルライターでもある青島周一さんに、公開されている二酸化塩素による「空間除菌」の論文をチェックしてもらい、話を聞きました。(withnews編集部・朽木誠一郎)
 
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人の生活環境で再現できない

――二酸化塩素による「空間除菌」の効果をどう見ますか。厚生労働省など公的機関は認めていません。一方で、商品のメーカーは当然、効果があると主張します。

「効果」とは何に対するどんな効果なのか、という点が重要です。二酸化塩素による空間除菌の代表的な論文を読み解いてみて、結論から言うと、現時点で「人への感染予防効果は極めて疑問」。一方、「二酸化塩素濃度やその暴露時間、湿度・温度などが決まった実験環境ではウイルスへの不活化効果がある」ということは言えそうです。ただし、このような実験環境は人の生活環境とあまりに乖離があります。

例えば湿度が75〜85%と高かったり13.5Lの小さいチャンバー(実験装置)の中だったり。そもそも、こうした実験のウイルスは生物の体内にあるのではなく、シャーレと呼ばれる培養皿の上などにあります。これらは人の生活環境では再現できない条件です。

――二酸化塩素による空間除菌用品は法的には「雑貨」にあたり、人への感染予防効果をうたえば薬機法違反になるおそれがあります。科学的にもあらためて「人への感染予防効果は極めて疑問」ということですが、一方で商品はコロナ禍において「感染予防効果がありそう」なイメージにより売れ行きが上がっています。

空間除菌について、メーカーは前述した実験環境での効果を根拠に、商品の有用性を主張しています。しかし、このような条件は人の生活環境では再現できないもの。人に販売する商品の有用性を、人の生活環境で再現できない条件下の“効果”をもって主張するのは、誠実ではないと私は思います。

――その条件を人の生活環境で再現できないのであれば、それは本当に“有用”なのかということですね。

そうですね。加えて、2009年から現在までに発表された一連の実験的研究からは、実験環境の湿度がウイルスの不活性化に大きな影響を与える可能性が示唆されます。

具体的には湿度が高いほどウイルスが不活化しやすいようですが、これらの実験的研究には「そもそも湿潤な環境自体がウイルス量を大きく低下させているのでは」「二酸化塩素ガスはそれをわずかに上乗せさせる程度では」などの指摘もできます。

研究のデザインや手法の問題

――人を対象にした研究の論文はあるのでしょうか。

多くはありませんが、あります。代表的なものが、陸上自衛隊員を対象に、二酸化塩素による空間除菌用品と、インフルエンザのような症状との関係を調べている論文です。「二酸化塩素放出薬のインフルエンザ様疾患に対する予防効果」を検討した2010年の研究結果が報告されています。

二酸化塩素による空間除菌用品を設置した建物に勤務している群(=介入群、345人・平均43.2歳)と、設置していない建物に勤務している群(=対照群、442人・平均34.8歳)において、インフルエンザ様症状の発症(「38℃以上の発熱」「咳および咽頭炎の存在」「医師の診察および臨床検査によってもインフルエンザ以外の原因が確認されない」のすべてを満たす状態)を比較しました。

結果として、54日間の介入期間中、インフルエンザ様症状を発症したのは、介入群で8例/345例、対照群で32例/442例と、介入群で68%減少した(P<0.05)、というものです。

では、この結果が空間除菌用品によるものだと言えるかというと、因果関係を示すものではありません。介入群と対照群をランダムに割り付けていないため、比較している2群の被験者背景に偏りが生じている可能性もあります。つまり正しい比較ができていないということです。

また、盲検化(自分が介入群なのか対照群なのかわからなくする)や交絡因子(※1)の補正なども行われていません。さらにインフルエンザ様症状については、介入終了後に質問調査が行われており、想起バイアス(※2)の影響を免れ得ないからです。

※1 例えばコーヒーの飲用と心筋梗塞の関連をみる場合、「コーヒーを飲用していた集団」が「飲用していない集団」より心筋梗塞の発生が多かったとします。しかし、これにより「コーヒーの飲用が心筋梗塞を発生させる要因となった」とは言えません。「喫煙者がしばしばコーヒーを飲用するために、コーヒーの飲用と心筋梗塞が関連しているようにみえる」(喫煙と心筋梗塞に関連があることは自明とする)可能性があるからです。この場合、喫煙が交絡因子となります。

※2 喫煙と肺がんの関連を調査するとき、過去の喫煙本数を被験者に思い出させて回答する場合、肺がん患者には実際の本数より少なめの回答をする人が多い、という例があります。

二酸化塩素による空間除菌の人に対する研究は、このように、医学の臨床研究に本来必要な研究デザインや解析手法がとられていないものがほとんどです。そのため「人への感染予防効果は極めて疑問」というのが現時点での結論になります。

――この研究からは10年が経過し、2020年以降はコロナ禍です。その間も、妥当性の高い研究論文は出てこなかったのでしょうか。

私も意外だったのですが、論文自体がさほど増えていませんでした。本来、今こそ研究を推進するべきタイミングだと思うのですが。

ドラッグストア勤務時代の経験

――青島さんは以前から二酸化塩素による空間除菌用品の科学的根拠を検証しています。これはなぜですか。

私は現在、病院薬剤師ですが、ドラッグストアで勤務していた経験があります。そのとき、やはりお客さんから、二酸化塩素による空間除菌用品について「(特定の)ウイルスに効くの?」「防げるの?」と聞かれたんですね。そこで、薬剤師業務に論文情報を生かそうと、論文をチェックしました。そうすると、どうしても困るわけです。

――「人への感染症予防効果がありそう」なイメージに乗った展開をしていても、実際には人への効果はうたえないし、科学的にも人への効果は「極めて疑問」なわけですからね……。

はい……。「人に効果があるとは法的に言えません」「科学的にも人への効果は極めて疑問です」と伝えれば、どうしてそれを売っているのかという話にもなります。それに、そうした商品を求めるお客さんの気持ちもわかりますから、その気持を否定することにもなる。二酸化塩素による空間除菌用品については、そんなモヤモヤを抱えていました。

――「誠実」かどうかという冒頭の発言にもつながりますね。実際に商品が棚に並んでいて、CMなどで宣伝もされていれば、消費者は“効果”があると思ってしまう。あらためて“効果”という言葉は消費者にとって誤解を招きやすいと感じます。

冒頭で述べたように“効果”もそうですし、最近では「エビデンス(科学的根拠)」という言葉も同様ですよね。空間除菌用品についていえばむしろ実験的研究の論文報告数は多い方です。だから、“エビデンス”はあるといえばあるんです。

ただし、保健医療の分野におけるエビデンスとは、人を対象とした臨床研究の結果を指すことが一般的です。そして、臨床研究には前述したように、適切なデザインや解析手法が必要です。それがあって初めて、人の生活に影響を与え得るエビデンスとして重要性を帯びてきます。さらに複数の論文が発表され、それらの論文を統合的に評価して意思決定につなげていくのです。

残念ながら、二酸化塩素による空間除菌については、まだそこに至る前の段階で、保健医療の分野で評価されるような、適切なデザインや解析手法の研究が乏しい状態です。先行している消費者の期待に応えるためにも、ぜひメーカーの方々には、研究を推進していただきたいと思います。

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