連載
#13 金曜日の永田町
当たり前ができない…菅さんの「あまりに短すぎる」答弁の深刻さ
わかりやすく減った「政府答弁時間」
緊急事態宣言の元で初めてとなる国会が始まりました。新型コロナ対策を中心に与野党で活発な議論が交わされていますが、菅さんの「あまりに短すぎる」答弁が問題視されています。「当たり前ができない」事態の深刻さとは? 朝日新聞政治部(前・新聞労連委員長)の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。
1月20日、民主党のジョー・バイデンさんが第46代米国大統領に就任しました。
2週間前、トランプ前大統領にあおられた支持者に襲撃され、一時占拠された連邦議会議事堂で行われた就任式には、女性初、黒人初、アジア系初の米副大統領となったカマラ・ハリスさん、トランプ氏を副大統領として支えたマイク・ペンスさんらが出席。バイデンさんは「結束」を呼びかけました。
「結束について話すことは、いくぶん愚かな空想に聞こえるかもしれないのは分かっています。私たちを分断する力は深く、現実にあることを知っています。しかし、私はそれらが新しいものではないことも知っています。全ての人が生まれながらに平等だという米国の理想と、人種差別や移民排斥主義、恐怖、悪者扱いすることが、長い間私たちを引き裂いてきたという過酷で醜い現実の絶え間ない闘いが私たちの歴史だったのです」
バイデンさんは、虚偽の言説によって襲撃事件まで扇動したトランプ政治に決別するように、「私たちは事実がねじ曲げられたり、作り上げられたりする文化を拒絶しなければなりません」と演説。「相手に耳を傾け、顔を合わせることから始めよう。互いに敬意を示そう」と呼びかけ、自らも「すべての米国民の大統領になることを約束する。私を支持しなかった人のために、私を支持した人のためと同じくらい懸命に闘う」と誓いました。
昨秋の大統領選の候補者討論会で司会を務めた「FOX」のニュースキャスター、クリス・ウォレスさんは、就任式の様子を伝える番組で、「1961年のジョン・F・ケネディの演説以降、私が聞いた就任演説で最も素晴らしかった」と語りました。
トランプ前大統領から「過激左翼」「スリーピー・ジョー」(寝ぼけたジョー)などと中傷するレッテルを貼られてきたバイデンさんのもと、分断された民主主義社会の修復という、難しい課題への取り組みが始まりました。
敵・味方の分断と、虚実ない交ぜの言説の横行――。
トランプ政治の後遺症に苦しむアメリカ政治の状況は、日本の国会とも重なります。
1月18日に始まった通常国会。菅さんは冒頭の施政方針演説で謝罪を口にしました。
「一人ひとりが力を最大限発揮し、互いに支え、助け合える、『安心』と『希望』に満ちた社会を実現します。こうした社会を実現するためには、国民の信託を受け、国政を預かる立場にある政治家にとって、何よりも国民の皆様の信頼が不可欠であります。先の国会における『桜を見る会』前夜の夕食会に関する私の答弁の中に、事実と異なるものがあったことについて、大変申し訳なく、改めておわび申し上げます」
国会で、少なくとも118回の事実に反する政府答弁が繰り返された安倍晋三前首相の「桜を見る会」の問題についておわびでした。しかし、安倍さんは昨年末の国会出席で疑惑の核心を答えないまま、その直後に「国民の信を問いたい」と今年の衆院選への立候補を表明。真相を明らかにするために野党側が求めている領収書や明細書などの提出を拒んでいます。
そうした安倍さんを「できる限りの説明をしたと思う」と擁護している菅さんの言葉は、不信を払拭するものにならず、議場からは「お詫びになっていない」という声が上がりました。
1月21日に参院本会議で開かれた、菅さんの施政方針演説に対する代表質問では、自民党の武見敬三さんが、先進国が自国の利益の確保に走るのではなく、途上国にもワクチンを配分していく「COVAXファシリティー」などの重要性を指摘。「健康長寿国を実現した優位性」なども生かしながら、保健医療分野の持ち味を生かした協調外交を展開していくことなどを提案しました。
しかし、武見さんの30分弱の質問に対し、菅さんの答弁は30分の時間が確保されていたにもかかわらず、わずか11分半でした。武見さんの前に質問した立憲民主党の水岡俊一さんへの答弁も同じ30分が予定されていましたが、わずか9分半で終了しました。
代表質問は、各党の代表者が年頭にあたって、練り上げてつくったものです。
この答弁姿勢には「あまりにも短すぎる」と野党から批判が出て、参院議院運営委員会の水落敏栄委員長(自民党)から「丁寧に答弁するように」と官邸に申し入れる異例の事態になりました。
「私たちはこの間、コロナ収束は与野党協力して取り組むべき課題として捉えています。これまで積極的に政策提言を行ってきました。しかし、昨日の総理の答弁はとても誠実とは言えませんでした。質疑者に対してもそうですが、日々の生活に不安を抱いておられる国民の皆様に対してであります。あらゆる機会を通して、国民に誠実に説明する責任が総理にはあります」
翌22日の代表質問に立った立憲民主党の田名部匡代さんは質問に先立ち、菅さんにこう苦言を呈しました。
3日間の代表質問が終わった後、衆参両院が公開している動画を分析し、1月20~22日まで行われた今年の代表質問と、昨年1月の代表質問を比べてみました。
「民主党政権では『最低でも県外』という公約を掲げましたが、結局、辺野古に移設することを米国政府と再確認した上で閣議決定した」「民主党政権下ではデフレが進行しており、その時期の実質賃金の改善を持ち出すのは、デフレを自慢するようなものだ」
こうした野党への攻撃を織り交ぜた安倍さんのような答弁はなくなりましたが、質問時間に対する答弁の時間の比率が、なんと、前年から30ポイントも下がっていました。質問時間に応じた答弁時間が確保されているにもかか
わらずです。
参院の映像は前年のものまでしかさかのぼれませんが、国会会議録検索などを利用して、答弁の文字数でも比べてみました。
質疑者が年によって変化があるので単純比較はできませんが、安倍政権と比べて3分の1も減少。民主党政権だった野田政権と比べると、5万字以上少なくなっていたのです。
単純な時間の短さや文字数の少なさだけではありません。中身も素っ気ないものでした。
たとえば、政府が終了する方針を打ち出している持続化給付金。再び緊急事態宣言に踏み切ったことを受けて、野党の代表は継続を求めましたが、菅さんは「申請期限を延長した」という答弁を繰り返しました。
しかし、この「延長」とは、昨年の減収分の申請を2月15日まで1カ月延長したに過ぎず、制度を継続して、今回の緊急事態宣言で被った減収分の再支給を求める野党の質問とかみあっていません。
「政府が検討している飲食店の取引先を支援する新たな仕組みについては、今から事務局の入札をして、申請は早くても3月以降になるとのことです。しかも、持続化給付金に比べて支給額の上限は5分の1で、業種も限定されています。中途半端な新制度を今から作るより、持続化給付金と家賃支援給付金の再給付を行う方がはるかに早いし、制度の切れ目も生じません。 総理、持続化給付金 と家賃支援給付金の再給付を決断いただけませんか」
国民民主党代表の玉木雄一郎さんからより具体的に問われても、その答弁はまるでコピペのように変わらず、持続化給付金に変わる制度の詳細や支給の見通しについての説明もありませんでした。
菅さんの答弁能力をめぐっては、これまでも問題が指摘されてきました。
しかし、一問一答で丁々発止のやりとりになる予算委員会などでの答弁と違って、代表質問は前日に提出された質問通告に基づいて、あらかじめ用意した答弁書を読み上げる形式で進みます。
つまり、今回の問題は、菅さんの個人の資質を超えて、菅さんが率いる政府が、不安や疑問を抱える国民に対する説明ができなくなっているという深刻な問題なのです。しかも、代表質問の答弁書は、国会での政府答弁のベースとなり、その後の予算委員会などではこれに肉付けする形で、質疑が深められていきます。
歴代政権が当たり前に行ってきた、国民への説明の基本が揺らいでいるのです。
とりわけ、新型コロナ対応で「国民への説明不足」が指摘されていた政権にとって、NHKで中継されている代表質問での答弁は格好の説明の場でした。それを生かさなかったことは不可解です。
これは国会だけにとどまりません。
1月22日には、ワクチン接種の調整を担うことになった河野太郎行革担当相が、坂井学官房副長官の「6月までに接種対象となる全ての国民に必要な数量の確保は見込んでいる」という記者会見での説明を「まだ供給スケジュールは決まっていない」と否定し、「その部分、全部削除してください」と言い出したのです。これには、坂井さんも「(自身の答弁は)修正しません」と反論。最終的に、この日の夜になって、河野さんが「『6月に確保することを目指す』ということで齟齬はないと確認した」と記者団に説明して収束しましたが、官邸幹部と担当閣僚の発言の足並みが乱れるという事態が起きました。
「GoToトラベル」の追加経費として1兆円を盛り込んだ是非が問われている第3次補正予算案、緊急事態宣言前から罰則を設けようとする特別措置法の改正案などの審議が続き、菅さんが「1カ月後に必ず事態を改善させる」と約束した2月7日も迫っています。正念場を迎えるなか、菅さんは自らを支える足場が崩れかけているようです。
《来週の永田町》
1月25日(月)衆院予算委員会で新型コロナ対策などを盛り込んだ第3次補正予算の審議(26日まで)
1月27日(水)参院予算委員会で補正予算審議(28日まで)
1月29日(金)新型コロナ対応で罰則などを新たに設ける特別措置法の審議入り予定
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南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。
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