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コロナでも伸びた「ニッチすぎる道具」売り上げ前年比130%の謎
言われたら気づく「あの商品」が集めるひそかな人気
国内産業に大打撃を与え続けている、新型コロナウイルス。各所から悲鳴が上がる中、なぜか売り上げを伸ばした商品があります。「前年同期比130%」という驚異の成長率をたたき出したのは、普段はその存在を意識しづらい、「ニッチすぎる」道具です。消費者心理を熟知した、巧みな販売戦略について、製造元メーカーに話を聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
今回取材したのは、香川県善通寺市に拠点を置く「松浦産業」です。1932年、わら縄ロープを生産する企業として創業。現在は荷物を縛るためのポリプロピレン製テープや、同じ材質から作られ、紙袋の持ち手に使うひもといった資材を製造しています。
このうち主力商品である紙袋用ひもは、アパレルショップや和洋菓子店に紙袋を卸す、各地の製袋(せいたい)メーカーに出荷。業界ではトップレベルの実績を持ち、全国的な知名度を誇ってきました。
ところが、今年に入ってウイルスが流行すると、状況が一変します。外出自粛の広がりやテレワークの普及、インバウンドの喪失といった要因が重なり、各取引先からの需要が激減したのです。今年4~10月の業界別発注量は、昨年同期比で「大手化粧品」が96%減、「有名土産菓子」に至っては100%減と、大幅なマイナスを記録しました。
先が見えないかに思えた経営状況ですが、堅調に売れ続け、同社の屋台骨を形作ってきたアイテムがあります。「タックハンドル」と名付けられた、プラスチック製でシール型の「貼る」取っ手です。
商品の大きさは全長170ミリ×幅188ミリ。シール部分の長さは40ミリと50ミリの2種類があり、それぞれ10キロと15キロの重さまで耐えられます。一般になじみが薄い印象を受けるかもしれませんが、実は私たちの生活に溶け込んでいるものです。
スーパーや量販店などの棚に、プラスチック製の取っ手付き段ボールが並んでいる光景を見たことがないでしょうか。松浦産業によると、耐荷重が10キロを超える同タイプの製品中、実に95%ほどをタックハンドルが占めているといいます。
ウイルスの影響下で、タックハンドルは意外な強さを見せました。今年4月からの半年間に、紙袋用取っ手の売り上げが、前年同期比でほぼ半減したのに対し、何と30%ほど伸長したのです。
一体、何が起きたのか? 同社の松浦英樹副社長(48)に尋ねてみると、「商品がたどってきた歴史に鍵がある」という答えが返ってきました。
タックハンドルが生まれたのは1989年。大手ビールメーカーの一社が、当時主流だった24本入りの缶ビールパックを半分に切り、12本入りにした「半切りケース」を売り出したことがきっかけです。松浦さんは振り返ります。
「かつて、箱の切り口部分にはふたがなく、取っ手も付いてなかった。消費者は抱えて運ぶことになるのですが、箱が地面に置かれている場合もあり、衛生的とは言えません。そこでメーカー側から、箱に貼り付け、持ち上げるための器具がほしいと依頼があったんです」
そこで目を付けたのが、同業他社が手がけていた、猫のトイレ砂の包装袋でした。運搬しやすいよう、袋の内側に、タックハンドルと似た形状の取っ手がついていたのです。「これを生かせないか」。社員たちはひらめきます。
松浦産業では、タックハンドルの生産向けに、紙袋用持ち手の製造器を改良。さらに粘着素材メーカーと共同で、「ホットメルト」という接着剤を開発します。市販品より固着力が強く溶けにくいため、他社製の取っ手と比べ、耐久性を向上させることに成功しました。
国内の大手ビールメーカー4社に採用され、接着剤の特許も取り、シェアを拡大します。その後、箱の両側面に貼り付けた取っ手を交差させ、持ちやすさと強度を高めた「Xシリーズ」も登場。活躍の場を一層広げていきました。
近年はECサイトの普及などにより、受注数が漸減しつつあったものの、昨年1年間に約1千万本を出荷。取引先の約半数は清涼飲料やビール、栄養ドリンクなどを扱う企業ですが、家電量販店も3割ほどを占めています。
実は、ここにウイルス禍における「商機」の芽が隠されていたのです。
家電量販店の中には、「PP(ポリプロピレン)バンド」という荷造り用の運搬具を、会計済み商品に取り付けるところがありました。固くて丈夫な上、表面の凹凸による滑り止め効果が期待できる一方、レジでスタッフが設置しなければならず、手間がかかりました。
松浦さんによると、最近は人件費削減の流れや、安価な電化製品を自ら持ち帰るお客さんが目立つため、より扱いやすいタックハンドルを採り入れる企業が増えているといいます。この傾向が、ウイルス流行後、プラスに働くことになりました。
政府は今年4月、経済対策として、全国民に現金10万円を配る「特別定額給付金」事業の実施を決定。感染防止のため外出を控え、自宅で過ごす機会が増える中、家電や調理器具を買い求める人々が各量販店を訪れました。こうした状況を受け、タックハンドルの需要が高まった側面があると、松浦さんは語ります。
「箱に持ち手が付いていれば、つい手が伸びてしまう。一度つかんだ時点で、その商品をレジまで運ぶ可能性は高まります。つまり、お客さんの購買意欲の向上につながったのです。電化製品だけでなく、お酒などの飲み物についても同じことが言えます」
「また、『ついで買い』を誘発した部分もあるでしょう。たくさんの箱を両脇に抱え、手が塞がっていたら、他の商品を買おうという気持ちになりづらいものです。しかしタックハンドルがあれば、購入のハードルは下がります」
さらに、7月に始まったレジ袋有料化も追い風になりました。環境問題への配慮は必要だけれど、ユーザーの利便性を損ないたくない――。そんなジレンマを解決するための光明を、タックハンドルに見いだす企業が少なくなかった。松浦さんは、そう考えています。
年末にかけ、紙袋用取っ手の注文数は、徐々に改善しているそうです。松浦さんは今後、製袋メーカーとの関係を大切にしつつ、タックハンドルの販路開拓も並行して進めていきたいと話します。
「例えば通販サイトなどで商品を買う際、受け取り先にコンビニを指定する場合があります。大きな荷物が届いた場合、タックハンドルを付けて持ち帰ってもらう、というやり方は有り得るでしょう。サイト側に個人情報を知られたくない人々のニーズは高いと思います」
そして最後に、次のように決意を新たにしました。
「私たちは、取っ手を『把(と)っ手』と表記しています。幸せをつかみ、運ぶ存在でありたい。そんな思いで、これからもユーザーに寄り添っていけるよう、努めていこうと考えています」
※見出しとリード文に「前年比130%増」とあったのを「前年比130%」に修正しました(2020年12月4日)
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